第四章 新たなる拠点
第432話 新たなる拠点①
「……そうか」
ホライゾン山崎の十階層。
執務室にて、真刃はその報告を受けていた。
真刃の《
それを報告したのは獅童だった。
蒼火たちはダメージが大きく、まだベッドから動いてはいけない状態だった。
三人とも自身の不甲斐なさに呻いており、そんな三人を無理やりベッドに括りつけて、獅童が代わりに報告に来たのである。
そして、この場には、たまたま居合わせた桜華の姿もあった。
桜華は桜華で、別件で報告に来ていたのである。
流石に彼女は表情を険しくしていた。
「申し訳ありません」
獅童が深々と頭を下げた。
「特務隊のメンバーを増員していれば……」
「いや、それでも無理だっただろう」
指を組んで真刃は言う。
「扇は決して弱者ではない。島津と高崎もだ。相手が悪すぎた」
そこで双眸を細める。
「……あの男の後期作品ということか」
そして、真刃にとっての弟ということでもある。
その実力の高さは容易に想像できる。
それに対抗できる者は、相当に限られていた。
「霊具を奪われたのは痛いが、あれはあくまで現時点の
真刃はそう語る。
少なくとも、今以上に何かしらのハンデを受ける訳ではない。
久遠刃衛の目的は分からないが、現状は変わらずだ。
「霊具は奪われたとはいえ、生き延びてあの男に関する情報を持ち帰ったのだ。成果としてはそれで充分だ。扇たちは労ってやれ」
「―――は」
獅童は一礼した。そして「失礼します」と告げて退室した。
執務室に残ったのは真刃と桜華だけだった。
真刃は執務席に座っているが、桜華は席の前に立ち、腕を組んでいた。
「まさか、
「……真刃」
真刃の独白に、桜華は眉をひそめた。
「それでどうするのだ?」
桜華は問う。
「霊具を奪い返すのか? それなら自分が動くが……」
「いや、その件は保留だ」
真刃は即答する。
「餓者髑髏と対峙している今、あの男の一派とまで関わるのは悪手だ。下手をしたら二つの勢力を同時に相手しなければならなくなる」
「だが、それでは――」
バンッと桜華は両手で机を叩いて身を乗り出した。
「お前は《制約》で縛られたまま、あの餓者髑髏と戦うことになるのだぞ!」
「あと一度ぐらいならば強引に解くことも出来る」
淡々とした様子で告げる真刃に、
「それはお前にどんな代償が来るのか分からないのだろう!」
桜華はギリと歯を軋ませた。
「自分のせいだ。自分との決闘でお前は《制約》を解いてしまったから……」
「……桜華」
眉根を寄せて、真刃は席から立ち上がった。
そのまま歩いて桜華の隣に立つ。
桜華は顔を上げて真刃を見やる。
普段は凛々しく気丈な彼女の顔は、今はどこか泣きだしそうだった。
真刃は嘆息する。
「あれに後悔はない。判断に間違いもなかった。お前の百年の想いに応えるためにはな」
「だが……」
桜華は視線を落とす。
「実際の結果を鑑みれば、お前は別に《制約》を解かずとも良かったのではないか? 解かずとも自分をねじ伏せることは出来たのではないか?」
「……桜華。そこは重要ではないぞ」
真刃はかぶりを振って答える。
「重要なのは全力を尽くすことだ。あの戦いはそうでなければ意味がなかった」
そして真刃は桜華の頬に片手をやって、こちらに向くように彼女を立たせる。
「お前の想いには、それだけの価値がある。だが、逆に言えば、あの道化相手にはそこまでしてやる義理もない」
一拍おいて、
「《制約》解除に変わる手段はまた考えよう。だからそのような顔をするな」
そう告げる。
しかし、桜華の表情は曇ったままだ。
真刃は「……すまないな」とかぶりを振った。
「百年も放置してしまった弊害だな。言葉程度では不安を払えんか」
言って、桜華を引き寄せて強く抱きしめる。
桜華は「あ……」と声を零した。
「お前をこの腕に抱くためならばあの程度の痛みなど些末なものだ。桜華」
真刃は告げる。
「多少遅くなるかもしれんが、今宵はお前の部屋に行く。待っていてくれ」
そうして彼女の髪を撫でた。
桜華は頬を朱に染めつつ「……うん」と頷いた。
「……ん。だがな」
が、すぐに真刃の胸板に手を置くと押しのけて、
「芽衣も、六炉も、自分も、杠葉も」
桜華はジト目で告げる。
「愛されるのはいい。幸せだ。だが、少しはエルナたちにも気を遣え」
「……なに?」
真刃は眉根を寄せた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
今度は、ブスッとした表情で桜華は言う。
「特にエルナ、かなた、刀歌だ。三人ともあと半年もすれば十六だ。あいつらをお前が大切に想っていることは分かっているが、いささか以上に子供扱いしすぎだ」
一呼吸入れて、
「これでも自分もお前の女だからな。お前の感覚ではまだエルナたちを幼いと感じていることも理解できる。しかし、そろそろ愛情を態度で示してやれ」
率直に言えば、と続け、
「早く抱いてやれ。せめてすべての妃に対してはそれを確約してやれ。お前の態度が煮え切らないから自分たちはとんでもなく酷い目にあったのだぞ」
「……いや。それはどういうことだ?」
真刃はますます眉根を寄せた。
すると、桜華は深々と嘆息して、
「あの夜。刀歌など自分が師であることを忘れている勢いだったぞ。まさかあの子に馬乗りされて両頬を引っ張られる日が来るとは思わなかった」
あの夜を思い出す。
幼い頃から刀歌を知っているだけに実に衝撃だった。
時に愛は人を暴走させるということか。
「まあ、直近では西條からかもしれないな。あの娘も何かと過去と闇を抱えていそうだが、それはともかく」
桜華は言葉を続ける。
「妃たちには分かりやすい愛情を示せという話だ。まずは今宵の自分からな」
言って、真刃に身を寄せて、胸板にトスンと額を置いた。
真刃は未だ困惑していたが、
「何があったかは知らんが、まあ、心に留めておこう」
そう返して、桜華の髪を撫でた。
桜華は幸せそうに微笑んだ。
と、その時だった。
――コンコン。
執務室のドアがノックされた。
桜華は、慌てて真刃から離れると、平然とした顔で両腕を組んだ。
真刃は少し苦笑を零しつつ、
「誰だ? 開いているぞ」
と、来客に告げた。
『おお~、失礼するわ』
ドアの向こうからそんな声が返ってくる。
そうしてドアが開かれて入ってきたのは糸目が特徴的な和装の青年。
千堂晃である。
彼の後ろには妻の千堂琴音と戦闘
「ん? なんやろ? 部屋がピンク色に見える気がするけど?」
入ってくるなり、千堂はそんなことを言った。
なかなかに凄い直観力である。
しかし、愛する者を愛することに、何ら恥じ入ることのない真刃は動じず、真刃の前以外では凛々しい桜華も顔色を変えなかった。
「気のせいだろう。それより千堂。お前が来たということは例の件か」
「うん。そやで」
パンっと。
千堂は扇子を開いた。
「ついこだわって大幅に時間はかかってもうたけど、ようやっと完成したで」
細い眼差しをうっすらと開き、千堂は言う。
「ボクらの新しい拠点のお披露目の時や」
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