第433話 新たなる拠点②

 ――《久遠天原クオンヘイム》の新たなる拠点。

 それは四方すべてを購入して、私有地とした広大な山間に建造された。

 戦場の舞台として指定された街からはそこまで離れてはいないが、少しでも不便さを解消するために山道を開拓して私道まで整えた。

 同時に、常時、人払いの術式を私有地すべてにかけている徹底ぶりだ。


 そうして正門まで続く長い道。山間の景観を損ねないように石畳で造られた広い道を、三台のセダンと、二台のリムジンが通っていく。


 セダンには近衛隊を中心にした護衛たち。

 リムジンには、真刃と妃たちが乗車していた。


 正妃と準妃たちの人数は、実質的に準妃入りを承諾した綾香も含めると十三人もいる。

 それに加えて、今回は案内人として千堂と妻の琴音。護衛の阿修羅姫も同乗している。

 特注の大きなリムジンではあるが、流石に一台に全員は乗れない。

 結果、真刃の乗るリムジンには五人の妃が同乗することになった。

 エルナ、かなた、刀歌。燦に月子。

 そして茜と葵の姉妹である。


 メンバー的に若い。

 というよりも年少組が揃っていた。

 実のところ、これは合宿後の影響の一つだった。

 大人組に対し、不満を大爆発させた年少組。

 最後の夜に勃発した壮絶なるキャット戦争ウォーズの結果、もう少し年少組を配慮して優遇しようという話に落ち着いたのである。

 今回のリムジン同乗も、すんなりとメンバーが決まった。

 まあ、杠葉たちが大人の態度を見せたとも言える。

 見た目だけなら少女であるホマレは最後まで文句を言っていたが。

 ともあれ、これはエルナたちが拳で勝ち取った権利なのである。


 リムジン内は広い。

 車体前後で、コの字型のシートが向かい合うように設置されている。

 前方には千堂たちが座っており、後方のシートには、真刃が中央に、両隣にはエルナとかなたが座っていた。右側には刀歌と茜。左側には燦と月子、葵がいる。

 エルナは何故か少し緊張した顔。

 かなたはいつもの無表情だ。だが、心なしか嬉しそうだった。

 刀歌は腕を組んで不満顔だ。ジャンケンで席が勝ち取れなかったからだ。

 その隣の茜は膝の上に手を置いてずっと黙り込んでいる。不機嫌ではなく、真刃の前に立つと緊張してしまう癖がついているのだ。

 燦は今日も元気だ。窓の外の光景を覗いてワクワクしている。

 元々性格の相性もよく、ほぼ同い年である月子と葵は「どんなお家なんだろ」「楽しみだね」と楽しそうに談笑している。


「なんかピクニックでも行くみたいやなあ」


 千堂が苦笑を浮かべた。

 差し詰め、真刃は引率の先生か。

 まあ、それを口にしたら、壱妃と弐妃、それと参妃に睨みつけられそうだが。


「ふむ。千堂」


 真刃が口を開く。


「そろそろか?」


「ん。そやね」


 千堂は懐から懐中時計を取り出した。


「そろそろ到着していい時間や」


 そう告げた時。


「おじさんっ!」


 ドアの窓に張り付いていた燦が叫んだ。

 そうして真刃の膝の上に移動してキラキラとした眼差しで、


「見えたよ! 大きな門!」


「そうか」


 真刃は燦の頭を撫でた。燦はネコのように「にゃははっ!」と笑った。

 この無邪気さは燦の持ち味だ。

 無邪気なスキンシップ。

 エルナたちも以前なら多少嫉妬はしたが、今は逆に不安を抱く。

 何と言うか、本当にお父さんと娘のようだった。


(きっと、この状況がダメなのよね)


 エルナがかぶりを振って小さく嘆息する。


(私も似たようなところがありますから反省しないと)


 かなたが表情を変えずに反省する。


(主君は私が抱き着いても似たような反応をするからな)


 刀歌が眉をしかめて思い出す。

 エルナたち年少組は、これを脱却してこそ次の段階に進めるのだ。

 特にJK三人組はそれを強く実感した。

 ややあって、リムジンは停車する。

 燦の言う大きな門が開いて再び進んでいく。

 門の中に見えるのは広い庭園だ。

 そうしてさらに進むこと五分。

 真刃たちは大きな館の前に到着した。

 はしゃいだ燦が真っ先にリムジンから降りて、続けて月子や葵、茜。エルナたち。千堂たちが降りて、最後に真刃が降り立った。

 少し遅れて杠葉たちも到着した。

 彼女たちも、徐々にリムジンから降りていく。


「……ふむ」


 一方、真刃は双眸を細めていた。

 目の前の建造物は、いわゆる洋館だった。

 煉瓦造りの三階建ての建屋。だが、入り口であるこの位置からは端が見えない。建造物自体が緩やかに弧を描いているような気がする。


「洋館にされたのですか?」


 かなたが千堂を見て尋ねる。


「少し意外でした。あなたは和装を好んでいたようですから」


「ん? まあ、どっちか言うたら『和』の方が好きやで」


 千堂は扇子を振って答える。


「だから、今回は無茶くちゃ趣味に走らせてもろたわ」


「……? どういうことです?」


 かなたが眉根を寄せる。と、


「それは見た方が早いかもな」


 真刃がそう呟いた。

 それからエルナを見やり、


「エルナ。九龍を借りてもよいか?」


「え? あ、はい。九龍。出てきてくれる?」


 エルナは自身の専属従霊に話しかけた。

 直後、エルナのブレスレットを依り代にして巨大な黒い龍が顕現した。


『ガウ。アルジ、呼ンダカ?』


 黒い龍――九龍が頭を垂れてそう尋ねた。

 真刃は「ああ」と頷き、


「全容が見たい。上空に飛んでくれ」


 そう告げて、真刃は九龍の頭の上に跳び乗った。

 九龍は『ガウ。ワカッタ』と応えて鎌首を大きく上げた。


「あ! こら! 九龍! 私も!」


 と、エルナが言うが、その前に九龍は飛び立ってしまった。

 ほぼ一瞬で数百メートルの高さに至る。

 九龍はゆっくりと旋回し、眼下を視界に納めた。


「……これは」


 その光景に、真刃も流石に驚いた。


「千堂め。また想定外のモノを築いたな」


 そう呟く。

 真刃の眼下に広がる光景。

 エルナたちがいる洋館は円状になって繋がっていた。

 あの洋館は、いわゆる城壁だったようだ。

 円状の洋館の内側。内縁こそがこの場所の本質だった。


 そこには街が広がっていたのだ。

 石畳の道が多く、古都を思わせる都市である。

 所々に人の姿も見える。恐らく《久遠天原クオンヘイム》のメンバーか。

 車が走る光景も見かける。

 景観は古都であるが、インフラ自体は最新鋭のようだ。

 他にも様々な施設があるようだが、最も目につくのは中央にある、大きな堀に囲われた荘厳な武家屋敷だった。

 察するにあれがこの街の本丸だろうか。


「なるほど。時間がかかる訳だ」


 真刃は嘆息した。

 全権は委ねていたが、まさかこんなモノを造ろうとは。

 すると、真刃の傍らに、ボボボと鬼火が現れる。

 猿忌である。

 従霊の長も感嘆の息を零した。


『これは千堂を見くびっていたか』


「ああ。そうかもな」


 真刃は苦笑を浮かべた。

 この地こそが《久遠天原クオンヘイム》の新たなる拠点。

 その名も――。


「これこそがボクが考案した力作」


 パンッと扇子を叩き。

 地上にて千堂が自信満々に告げた。


「循環独立都市・天雅楼てんがろうや」




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