第441話 その者の名は—―。②
同時刻。
真刃は天雅楼の一角。近衛隊の隊舎にて報告を受けていた。
円卓が置かれた会議室にて。
この場にいるのは近衛隊隊長の芽衣と、副隊長の獅童。部隊長の一人の武宮。最高幹部の綾香に、同じく最高幹部であり、報告をする千堂だ。
内容を端的に言えば、天雅楼にいる人員と、その稼働率に関してだった。
報告自体は特筆すべきモノはない。
簡潔に言えば順調に増員されて、稼働率も上がっているという話だ。
意気揚々と語る千堂に、綾香と芽衣が苦笑を見せているのが印象的だった。
――が、その時だった。
「―――なに」
真刃が唐突に顔色を変えたのだ。
特に問題のある報告がされた訳ではない。
全員が真刃に注目した。
「どうしたん? シィくん?」
芽衣がそう尋ねると、真刃が険しい表情で立ち上がった。
「
「――え?」
芽衣が目を丸くする。
「それも相当な量だ。感覚では10000ほどだ」
険しい表情のまま、真刃は呟く。
第一段階で13万。
第二段階で65万。
妃たちは、真刃からいつでも魂力を借りることが出来る。
しかし、体の負担や魂力酔いなどを考慮して妃たちにはそれぞれ上限を設けていた。
エルナ、かなた、刀歌、燦と月子、芽衣と綾香、ホマレは5000まで。
六炉は
桜華と杠葉は自前の
この条件だと、今回徴収しているのは、ここにいる芽衣と綾香。そして桜華と杠葉以外であることぐらいしか分からない。
その時だった。
『――主よ!』
――ボボボ、と。
鬼火と共に猿忌が姿を現した。
『狼覇と赫獅子が五将の権限を使用している! それぞれが10000の魂力を他の従霊より徴収しているぞ!』
猿忌が報告する。緊急時のみ、五将は自身の判断によって、他の従霊より合計10000までの魂力を徴収する権限を与えられていた。
『あやつらがそこまでの魂力を望む事態。よほどの危機的な状況ぞ!』
『――ご主人ッ!』
スマホから金羊も声を張り上げた。
「分かっている! 燦と月子か!」
真刃は、魂力を徴収している相手を理解した。
ここに至って全員が立ち上がった。
「まさか火緋神家が!」
獅童が叫ぶ。
火緋神家が二人を拉致しようとしている。
獅童のみならず全員がそう考えた。
しかし、
「……いや。狼覇たちのみならず、燦たちまでが魂力を上限まで徴収している。二人が火緋神家相手にそこまで警戒するとは思えん」
真刃はギリと歯を鳴らした。
「道化め。約定を違えたか」
その時、隊舎の窓に巨大な黒龍が姿を現した。
九龍である。
真刃は窓を開けて、九龍の額に跳び乗った。
「シィくん! ウチも行くよ!」「若ッ!」「ボスッ!」
近衛隊の隊長でもある芽衣と、獅童や武宮が駆け寄るが、真刃は手で制した。
「全力で飛ぶ。お前たちでは体が持たん」
そう告げた。
「九龍よ」
真刃は乗騎に命じる。
「
『――ガウ!』
九龍は天高く上昇する。
そして、
――ゴウッ!
黒い龍は音速にも等しい速度で飛翔した。
◆
場所は変わって寂れた商店街。
炎と黒煙に包まれた純喫茶にて。
――ドンッ!
立ち昇る黒煙を貫いて人影が飛び出してくる。
それは火緋神耀だった。
彼は地面に転がって立ち上がった。
直後、店の爆炎が歪み、炎の鳳となって彼の背後にて控える。
あの爆発の中でも大きな怪我はないようだ。
「耀お兄さま!」
異母兄の無事な姿にホッとしつつ、燦が叫ぶ。
耀は視線を店から逸らさず、視界の隅に燦と月子の姿を捉えた。
巨大な狼と、獅子僧に抱えられる二人に一瞬息を呑むが、自身も炎雷術と式神の混合術式の使い手だけあって、それが式神の一種であるとすぐに見抜く。
「燦! 月子!」
そして、耀は異母妹たちに叫び返した。
「二人とも早く逃げなさい! ここは私がどうにか抑えます!」
ギリと歯を鳴らす。
「敵は、恐らく
「――え」「そんな……」
燦と月子が目を見張る。
その可能性は考えていたが、まさか敵の頭目が自ら出向くとは――。
赫獅子も狼覇も表情を険しくした。
「じゃあ餓者髑髏がここに来ているの!」
という燦の声に、
「……餓者髑髏?」
耀は眉根を寄せた。
「どうしてここで第陸番の名が? いえ、違います。奴は恐らく――」
と、耀が言いかけた時だった。
「ひっどーい」
炎の中から人影が姿を現した。
次いで暴風が吹き荒れて、炎を瞬く間に散らした。
コツコツと靴音を鳴らして人影は近づいてくる。
炎に巻かれても燃えることのない黒いゴシックロリータドレス。
髪は逆立つようになびく白髪であり、腰には黒い鉄仮面を抱えていた。
それは十六歳ほどの少女だった。
「え?」「だ、誰?」
燦も月子も困惑する。
餓者髑髏の風貌は聞いていた。出て来た少女とは全く似ても似つかない風貌だ。
しかし、放つ圧力はこれまでの我霊とは別次元のモノだった。
その証拠に、狼覇と赫獅子の警戒が尋常ではなくなっている。
狼覇は牙を剥き出しに、赫獅子は腕の筋肉を軋ませて、六角棍を構えていた。
一方、彼女は耀に対して微笑を浮かべて、
「綺羅綺羅くん。いきなり爆破はないんじゃないかな?」
「……あなたにとっては些細な攻撃でしょう」
耀が表情を険しくして返す。
「ん。そだね」
そう言って、黒い鉄仮面を被る。口元だけが解放された鬼の仮面だ。
「けど、結界領域って現実世界にダメージを反映しないと言っても例外はあるんだよ」
一拍おいて、人差し指を左右に振る。
「例えばさ。壁に剣を突き刺したまま解いたら現実世界にも反映したりするよ。現実に戻る際の異物混入って感じかな。剣の分の辻褄合わせをしちゃうんだよ。まあ、炎みたいな現象はまず影響はしないんだけど、それでも万が一もあるし、燃やし続けたまま放置ってのはお勧めしないよ。もし反映したりしたら、あの店は大惨事だったよ」
「……そうですか」
耀は右腕から炎の鳳――迦楼羅を召喚しつつ、言葉を返す。
「ご助言をどうも。今後は気を付けましょう。どうせならこの便利な結界領域の術式まで教えていただけるとありがたいですがね。まあ、それよりも」
そこで微かに喉を鳴らした。
「……『U』。あの日、あなたは次に会った時、名乗ってくれると言っていましたね」
「あ。そうだったね」
彼女は頬に指先を当てて笑った。
「偉い。偉い。ちゃんと生き延びたんだね。君も、妹ちゃんも」
そこで月子に目をやって、さらに嬉しそうに口角を上げる。
「あの日の愛娘ちゃんも」
「………え?」
何故か背筋に悪寒が奔り、月子は眉をひそめた。
「うん! いいよ!」
それには構わず、彼女はポンと手を打った。
「約束だしね! さてさて!」
くるりくるりと彼女は回転する。
直後、
――ガガァンッ!
天より幾つもの白い雷が降り注ぐ。
それは、まるで神殿の支柱のように整列された落雷だった。
そうして、
「では、改めて名乗りましょう」
恭しく頭を垂れて彼女は言う。
次いで、両手でハートのマークを造り、
「うん。綺羅綺羅くんの指摘通りだよ。Uは
一拍おいて、
「《
天に雷雲を従えて、彼女はそう名乗った。
耀は、予め予想していたその名に歯を軋ませて。
燦たちは、全く予想もしていなかった名前に言葉を失っていた。
そんな中、
「綺羅綺羅じゃない名前だけど よろしくね!」
ハートのマークを裏返して。
彼女――U改めて
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