第254話 変化する日常➂

 一方その頃。

 最年少の妃たちの日常にも変化はあった。


「ご、ごめんなさい」


 校舎裏。昼休みに呼び出された月子はそう答えた。

 相手は中等部三年生の先輩だ。

 それぐらいしか知らない少年だった。

 なにせ、今日初めて会話をしたのだから仕方がない。


「次は俺だ!」


 落ち込む先輩をよそに、そう叫ぶのは別の少年だ。

 最初に告白した少年と一緒に月子の教室まで来たもう一人の先輩である。

 彼は手を差し出して一言。


「蓬莱さん! 俺と付き合ってくれ!」


「ご、ごめんなさい」


 まるっきり同じ返答をする月子。

 その先輩も崩れ落ちた。

 すると、


「……はン。やり方がガキだな。おままごとかよ」


 不意に別の声が背後から聞こえてきた。

 月子が驚いて振り向くと、そこには少し年上の少年がいた。

 恐らく十七ぐらいか。高等部の生徒のようだ。

 髪を茶髪に染めた見るからに柄の悪い雰囲気だ。

 彼は太々しい態度で月子に近づき、


「ここで会ったのは幸運だな。月子」


 いきなり呼び捨てにされた。

 月子はムッとする以前に唖然とした。


「喜べ」


 高等部の先輩は不敵に笑ってさらに告げた。


「お前を俺の隷者ドナーにしてやるぞ」


「…………」


 月子は表情を変えずに少年の顔を見上げた。

 少年はふんと鼻を鳴らし、目を細めて。


「今月の武舞会に出ろ。お前も瑠璃城学園の生徒なら中等部からエントリー出来ることは知ってんだろ。初等部じゃ禁止だった《魂結びソウルスナッチ》も解禁されることもな」


「…………」


 月子は未だ無言だ。静かに少年を見据えていた。


「返事は『YES』しか聞かねえ。わざわざ面倒な校則に従ってお前が中等部に上がるのを待ってやってたんだ。なんならこの場で《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》をしてもいいんだぜ?」


 肩を竦めてそう続ける高等部の少年。

 すると、


「お、おい、あんた!」


 中等部の先輩の一人が割り込んできた。


「蓬莱さんは中等部だぞ! 高等部がなんで出てくんだよ!」


「は? オイオイ、あのな」


 茶髪の少年は、中等部の先輩の頭を鷲掴みにした。


「や、やめろ!」と顔を掴まれた少年が暴れるが、茶髪の少年は鼻を鳴らしてそのまま軽々と持ち上げた。中等部の少年の両足は宙に浮いた。


「こいつの魂力オドは別格だぞ。そんでこのガキとは思えねえスタイルだ。中等部も高等部も関係なくこいつは誰もが狙ってんだよ。まあ、火緋神家の後ろ盾は気にはなるところだが、学校は一種の治外法権だ。隷者ドナーにさえしちまえばどうにでもなんだろ」


 そう言って、少年を大きく投げ捨てた。

 しかも、わざわざもう一人の少年に向けてだ。

 二人はぶつかり、そのまま校舎の壁まで吹き飛ばされてしまった。


「……あ!」


 打ち所が悪かったのか、二人とも気絶したようだ。


「大丈夫ですか!」


 月子が心配して彼らに駆け寄ろうとするが、


「おい。待てよ」


 高等部の先輩に右腕を掴まれてしまった。


「離してください!」


 そう告げるが、少年は下卑た笑みを見せるだけだ。

 月子の顔や胸元へと不躾に目をやり、


「間近で見るとマジですげえな。こんなガキどもまで擦り寄ってくるし、うかうかしてもらんねえか。こいつはこの場でGETした方がいいな」


 そんなことを呟く。

 月子は眉をしかめた。

 ――弱肉強食。奪い奪われる。

 引導師ボーダーの世界ではこういうことは多いと聞くが、本当に不快だった。


「……離してください」


「はン。ヤだね」


 ますます腕の力を強める少年に、月子は嘆息して言う。


「離した方がいいです。だって」


 一拍おいて。


「そろそろ彼女も限界のようですから」


 そう告げる。

 茶髪の少年は「あン?」と眉根を寄せた、その時だった。


「……おい」


 不意に背中から声を掛けられた。

 不快に思ったのは月子だけではなかった。

 少年の背後に、もう一人、人物がいたのである。


「……そこの変態。月子に何をしてるの」


 月子の親友にして相棒でもある少女。

 火緋神燦である。


「てめえは!」


 振り向いた少年の反応は素早かった。


「火緋神か!」


 身の危険を感じ、反射的に拳を繰り出した!

 しかし、その拳が届く前に、

 ――パチン、と。

 燦が指先を鳴らした。

 途端、数メートルにも及ぶ猛烈な火柱が少年を包み込んだ。

 猛火の中、少年は悲鳴も上げれない。

 が、それは数瞬で止んだ。


「殺しはしないわ」


 隣を通り過ぎて燦は告げる。


「けど、社会的には死になさい」


 火柱が消えた場所。

 そこには茶髪の少年がいた。

 あれほどの猛火に包まれたというのに火傷一つもない。

 だが、その代わりに、


「………な」


 思わず少年は青ざめて呻いた。

 彼の制服は燃え尽き、ブーメランパンツだけの姿になっていたのだ。

 燦は不敵に笑った。


「これぞ燦式マッパの術よ」


 堂々とそう告げる。


「……燦ちゃん」


 月子は何とも言えない顔をした。

 高火力の反面、何事にも大雑把な燦としては感嘆するぐらいに見事な精度なのだが、明らかに壱妃に対抗心を燃やした術だった。


「パンツは情けよ」


 両手を腰に当てて、燦はさらに告げる。


「さっさと失せなさい。さもないと」


 ほぼ全裸の少年の最後の衣類を指差して。


「次はそれも焼くわ」


 そう宣告した。

 少年は一気に青ざめた。

 そうして転がるようにその場から逃げ出した。


「二度と来るんじゃないわよ!」


 燦は慎ましい胸を張り、ドヤ顔をしていた。

 そんな親友に、


「……燦ちぁゃん」


 やはり何とも言えない顔をする月子だった。



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