第七章 王と戦士とおしゃべりな猫

第144話 王と戦士とおしゃべりな猫①

あけましておめでとうございます!

本年度も、本作をよろしくお願いいたします!


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 ……ズキン。

 軋むような体の痛みに、金堂岳士は目を覚ました。

 むくり、と体を起こす。

 彼の腕や肩には、痛々しい包帯が巻かれていた。


「……痛てえ……」


 と、呟きつつ、まだ明瞭ではない頭で、周囲を見渡す。

 大きな和室だ。

 この四日間、寝床にしている寄合場の一室だった。

 そこには、岳士と同じように傷の手当てをされた男たちが眠っていた。

 布団は敷かれていない。それぞれが、そこら中で横になっている。中には壁に背中を預ける者と様々だ。ただ、全員が泥のように眠っていた。


 人数は……少ない。

 昨夜から、十五人も減っている。

 岳士を含めても、たった二十四人しかいなかった。


(……こんなにも……)


 岳士は、歯を軋ませた。


(……先生。あんたまで……)


 この事件を通じて、出逢った青年。

 岳士とは正反対の風貌と性格でありながら、不思議と気が合った人だった。

 そんな友人も、昨夜、帰らぬ人になった。

 あの人にも大切な人がいたというのに。

 遺体さえも、昨夜のあの世界と共に消えてしまった。


「……先生」


 拳を強く握りしめて、岳士は押し殺せない怒気を吐き捨てた。

 と、その時だった。


「……金堂さん」


 不意に、声を掛けられる。

 顔を上げると、そこには黒田信二がいた。


「黒田の坊ちゃんか」


 亡くなった先生同様に、この事件で友人になった青年だ。


「坊ちゃんも目を覚ましたのかい?」


「ええ」信二がこくんと頷く。「つい先程ですが」


 信二は、顔を外に向けた。

 この部屋は、ガラス戸で廊下と仕切られている。

 そこから、日の光が差し込んでいた。


「どうやら昼近くまで寝ていたようですね」


「……そうみたいだな」


 岳士は、立ち上がった。


「昨夜は色々ありすぎたからな。相当に疲れてたみたいだ。何より、これまで以上に失ったモンが多すぎる夜だったからな」


「……はい」


 信二も、辛そうに唇を噛んだ。

 先生――武宮志信を友人と思っていたのは、岳士だけではない。


「……先生とは、もっと話がしたかった」


「……俺もだよ」


 岳士は、天井を見上げた。


「先生だけじゃねえ。他の連中とだって……」


 言葉を詰まらせる。

 怪異に見初められるという、あり得ない事態に翻弄されて出逢った者たち。

 こんなことがなければ、彼らとは一生出逢わなかったかもしれない。

 けれど、どこか、気の通じ合う連中だった。

 きっと、あいつらと呑む酒は楽しい。

 そう思わせてくれる連中――大切な仲間たちだった。


「………」


 岳士は、無言のまま歩き出した。

 信二もそれに続く。

 岳士が向かっている先を、信二は察していた。

 恐らく、これから先、自分たちが生き延びる鍵を握る相手の元だ。

 岳士と信二は部屋を出て、玄関へと向かった。

 そこから寄合場を出て、裏庭の方へと移動する。

 周囲が木々に覆われた裏庭。

 そこに着いて、岳士と信二は軽く息を呑んだ。


 がここにいることは知っていた。

 だが、それでも、その威容を前にすると緊張を隠せない。


 ――そこには、巨大な獅子がいた。

 しかも、ただの獅子ではない。人の形をした獅々だ。

 真紅の鬣に三眼。両腕は、丸太よりも太い。両手首には黒い数珠を、下半身には袈裟を纏っている。傍らには、支柱のごとく、太い六角棍が地に突き立てられていた。

 上半身をはだけた獅子の僧は、座禅を組んで瞑想をしていた。


(なんつう巨体だよ)


 座っていてなお、巨漢の岳士が見上げるほどの巨躯。

 豪胆な岳士であっても、こればかりは肝を冷やさずにはいられない。

 その上、驚くべきことに、体毛もあって、どう見ても生物にしか見えない獅子僧なのだが、その巨躯は土塊で出来ているのである。

 この獅子僧が生み出される瞬間に立ち会っていても、疑ってしまう。

 と、その時、


『……見覚められたか。黒田殿。金堂殿』


 獅子僧が目を開いてそう告げた。


「あ、は、はい」「お、おう」


 少し緊張しつつ、信二と岳士が答える。


「起こしてしまいましたか? えっと、あ、あか……」


あか獅子じしである』


 獅子僧は名乗る。


『我が主より賜った名である。拙僧の誇りである。努々ゆめゆめお忘れなきよう』


「す、すみません」


 信二が、慌てた様子で頭を下げた。


「……まあ、そんで赫獅子さんよ」


 岳士が尋ねる。


「あんたが眠ってたってことは、今は安全だってことなのか?」


『眠ってはおらぬ』


 獅子僧――従霊五将の一角、赫獅子が答える。


『この屋敷を中心に悪鬼の気配を探っておった。お主らの守護は我が主の勅命なり。一瞬たりとて油断は許されぬ。ましてや眠るなど言語道断である』


「そ、そうですか」


 信二は、息を呑んだ。

 それから岳士に「……金堂さん」と耳打ちする。


「(その、どうも気難しそうな人ですから、言葉は選んで)」


「(あ、ああ。すまねえ。坊ちゃん)」


 人語こそ話しているが、不機嫌になると、ばっくり喰われそうだ。

 いずれにせよ、言葉は選んだ方がいい相手だろう。


(……とはいえ、世間話をしにきた訳じゃないけど……)


 信二は、改めて獅子僧を見据えた。


「あの、赫獅子殿」


『……何用であるか?』


 赫獅子が、三眼で信二を見下ろした。

 信二は一瞬だけ委縮するが、彼もまた絶望の夜を四夜も乗り越えた男だ。

 すぐに、赫獅子の視線を正面から受け止めた。


「実は、あなたの主である久遠ご夫妻にお話があるのですが……」


『む』


 赫獅子は、眉間にしわを寄せた。


夫妻ふさい、であるか。ぬう、我が主の見初めた者であるのならば、拙僧としては従うのみであるが、紫子さま、杠葉さまを差し置いて、あやつ・・・が奥方を名乗るのは……』


 と、ブツブツと呟き始める。


「……? 赫獅子殿?」


 信二、岳士の方も眉をひそめた。


「何か問題が?」


『……いや。何事でもない』


 赫獅子は、かぶりを振った。


『すまぬ。用件は、我が主への謁見であったな』


「あ、はい」


 信二は頷く。


「ご夫妻とは、出来れば、すぐにでもお話がしたいのですが」


『それならば案ずるな』


 赫獅子は、ふっと笑って告げた。


『我が主ならば、すでにこちらへと向かっておられるところだ』

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