第七章 王と戦士とおしゃべりな猫
第144話 王と戦士とおしゃべりな猫①
あけましておめでとうございます!
本年度も、本作をよろしくお願いいたします!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……ズキン。
軋むような体の痛みに、金堂岳士は目を覚ました。
むくり、と体を起こす。
彼の腕や肩には、痛々しい包帯が巻かれていた。
「……痛てえ……」
と、呟きつつ、まだ明瞭ではない頭で、周囲を見渡す。
大きな和室だ。
この四日間、寝床にしている寄合場の一室だった。
そこには、岳士と同じように傷の手当てをされた男たちが眠っていた。
布団は敷かれていない。それぞれが、そこら中で横になっている。中には壁に背中を預ける者と様々だ。ただ、全員が泥のように眠っていた。
人数は……少ない。
昨夜から、十五人も減っている。
岳士を含めても、たった二十四人しかいなかった。
(……こんなにも……)
岳士は、歯を軋ませた。
(……先生。あんたまで……)
この事件を通じて、出逢った青年。
岳士とは正反対の風貌と性格でありながら、不思議と気が合った人だった。
そんな友人も、昨夜、帰らぬ人になった。
あの人にも大切な人がいたというのに。
遺体さえも、昨夜のあの世界と共に消えてしまった。
「……先生」
拳を強く握りしめて、岳士は押し殺せない怒気を吐き捨てた。
と、その時だった。
「……金堂さん」
不意に、声を掛けられる。
顔を上げると、そこには黒田信二がいた。
「黒田の坊ちゃんか」
亡くなった先生同様に、この事件で友人になった青年だ。
「坊ちゃんも目を覚ましたのかい?」
「ええ」信二がこくんと頷く。「つい先程ですが」
信二は、顔を外に向けた。
この部屋は、ガラス戸で廊下と仕切られている。
そこから、日の光が差し込んでいた。
「どうやら昼近くまで寝ていたようですね」
「……そうみたいだな」
岳士は、立ち上がった。
「昨夜は色々ありすぎたからな。相当に疲れてたみたいだ。何より、これまで以上に失ったモンが多すぎる夜だったからな」
「……はい」
信二も、辛そうに唇を噛んだ。
先生――武宮志信を友人と思っていたのは、岳士だけではない。
「……先生とは、もっと話がしたかった」
「……俺もだよ」
岳士は、天井を見上げた。
「先生だけじゃねえ。他の連中とだって……」
言葉を詰まらせる。
怪異に見初められるという、あり得ない事態に翻弄されて出逢った者たち。
こんなことがなければ、彼らとは一生出逢わなかったかもしれない。
けれど、どこか、気の通じ合う連中だった。
きっと、あいつらと呑む酒は楽しい。
そう思わせてくれる連中――大切な仲間たちだった。
「………」
岳士は、無言のまま歩き出した。
信二もそれに続く。
岳士が向かっている先を、信二は察していた。
恐らく、これから先、自分たちが生き延びる鍵を握る相手の元だ。
岳士と信二は部屋を出て、玄関へと向かった。
そこから寄合場を出て、裏庭の方へと移動する。
周囲が木々に覆われた裏庭。
そこに着いて、岳士と信二は軽く息を呑んだ。
だが、それでも、その威容を前にすると緊張を隠せない。
――そこには、巨大な獅子がいた。
しかも、ただの獅子ではない。人の形をした獅々だ。
真紅の鬣に三眼。両腕は、丸太よりも太い。両手首には黒い数珠を、下半身には袈裟を纏っている。傍らには、支柱のごとく、太い六角棍が地に突き立てられていた。
上半身を
(なんつう巨体だよ)
座っていてなお、巨漢の岳士が見上げるほどの巨躯。
豪胆な岳士であっても、こればかりは肝を冷やさずにはいられない。
その上、驚くべきことに、体毛もあって、どう見ても生物にしか見えない獅子僧なのだが、その巨躯は土塊で出来ているのである。
この獅子僧が生み出される瞬間に立ち会っていても、疑ってしまう。
と、その時、
『……見覚められたか。黒田殿。金堂殿』
獅子僧が目を開いてそう告げた。
「あ、は、はい」「お、おう」
少し緊張しつつ、信二と岳士が答える。
「起こしてしまいましたか? えっと、あ、あか……」
『
獅子僧は名乗る。
『我が主より賜った名である。拙僧の誇りである。
「す、すみません」
信二が、慌てた様子で頭を下げた。
「……まあ、そんで赫獅子さんよ」
岳士が尋ねる。
「あんたが眠ってたってことは、今は安全だってことなのか?」
『眠ってはおらぬ』
獅子僧――従霊五将の一角、赫獅子が答える。
『この屋敷を中心に悪鬼の気配を探っておった。お主らの守護は我が主の勅命なり。一瞬たりとて油断は許されぬ。ましてや眠るなど言語道断である』
「そ、そうですか」
信二は、息を呑んだ。
それから岳士に「……金堂さん」と耳打ちする。
「(その、どうも気難しそうな人ですから、言葉は選んで)」
「(あ、ああ。すまねえ。坊ちゃん)」
人語こそ話しているが、不機嫌になると、ばっくり喰われそうだ。
いずれにせよ、言葉は選んだ方がいい相手だろう。
(……とはいえ、世間話をしにきた訳じゃないけど……)
信二は、改めて獅子僧を見据えた。
「あの、赫獅子殿」
『……何用であるか?』
赫獅子が、三眼で信二を見下ろした。
信二は一瞬だけ委縮するが、彼もまた絶望の夜を四夜も乗り越えた男だ。
すぐに、赫獅子の視線を正面から受け止めた。
「実は、あなたの主である久遠ご夫妻にお話があるのですが……」
『む』
赫獅子は、眉間にしわを寄せた。
『
と、ブツブツと呟き始める。
「……? 赫獅子殿?」
信二、岳士の方も眉をひそめた。
「何か問題が?」
『……いや。何事でもない』
赫獅子は、かぶりを振った。
『すまぬ。用件は、我が主への謁見であったな』
「あ、はい」
信二は頷く。
「ご夫妻とは、出来れば、すぐにでもお話がしたいのですが」
『それならば案ずるな』
赫獅子は、ふっと笑って告げた。
『我が主ならば、すでにこちらへと向かっておられるところだ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます