第二章 王と妃と精兵と

第291話 王と妃と精兵と①

 ……ブロロロッ。

 黒いタクシーが走行する。

 数は四台。それが直列になって進んでいた。

 走る場所はごく普通の繁華街沿いの一般公道である。

 どこの街にでもあるような光景だ。

 それを、後部座席の車窓から彼女は見つめていた。


 年の頃は十三歳ほどか。

 生まれながらの赤みがかった瞳に、赤い髪。

 常に何かを警戒するような勝気な眼差しと、ボーイッシュなショートヘア。そしてスレンダーな体格のため、どこか少年のようにも見える少女。

 今は近衛隊の灰色の隊服を着ているので尚さら中性的に見える。


 彼女の名は、神楽坂茜といった。

 かつては強欲都市グリードにて《黒い咆哮ハウリング》というチームに所属していた少女だ。

 ただ、そのチームも今は壊滅してしまったが。


「…………」


 彼女は朝からずっと険しい顔をしていた。

 すると、


「……茜お姉ちゃん」


 声を掛けられる。

 とてもか細い不安げな声だ。

 茜は、視線を声の方へと向けた。

 同じく後部座席。そこには一人の少女がいた。


 茜と全く同じ顔。髪型も同じだ。ただし、瞳と髪の色は青。

 眼差しが不安げなこともあるが、大人しい性格から茜よりも柔和な顔に見える。

 同じ隊服を着ているが、スラックスの茜と違い、彼女はスカートと、黒いストッキングを履いているので中性的な印象はしない。


 神楽坂葵。

 茜の双子の妹である。


「……どうかした? 葵?」


「……お姉ちゃん」


 葵は茜の手を掴んだ。


「……もうじき到着なんだね」


「……ええ。そうね」


 茜は頷く。無意識に手に力が籠る。


「……茜お姉ちゃん」


 双子ゆえか、葵にも茜の緊張は伝播する。


キングってどんな人なんだろう?」


 眉をひそめて茜は問う。


「トカゲさんは優しい人だって言ってたけど……」


 キングとは強欲都市グリードを初めて平定した強欲都市の王グリード・キングのこと。

 トカゲさんとは今回、同行している近衛隊の一人である武宮宗次のことだ。

 粗暴な口調だが、実は面倒見がよい青年であり、茜たちの命の恩人の一人である。現在、彼女たちが所属することになった《久遠天原クオンヘイム》の創立メンバーでもあるそうだ。


「私たち、ほとんど喋ったこともない……」


 挨拶程度はしたことがある。

 しかし、当時は近衛隊でもない彼女たちが、多忙なキングとゆっくり会話をする機会などそうそうあるはずもなく、茜たちにとっては全く知らない人物だった。


「大丈夫かな……」


 葵は不安を口にする。


「私たち、ちゃんとキングのお役に立てるのかな……」


 それは忠誠心の吐露ではない。

 役に立たない者は容赦なく捨てられる。

 そして捨てられれば、その後、自分たちはどうなってしまうのか……。

 そんな不安からの呟きだった。


「……葵」


 そんな妹の手を茜は強く握る。


「大丈夫。《黒い咆哮ハウリング》でも私たちはちゃんと活躍できていたでしょう。結局のところ、リーダーが変わっただけよ。今回だって大丈夫よ」


 そう言い聞かせる。


「……お姉ちゃん」


 葵はまだ不安そうだが、微笑んだ。


「うん。お役に立つのなら捨てられたりしないよね。頑張ろう」


「ええ。そうね」


 茜も微笑んで頷く。

 だが、内心では別の覚悟も決めていた。


(……葵だけは絶対に守る)


 茜は、再び車窓へと目をやった。

 脳裏には、西條綾香の言葉がよぎっていた。

 確かにあの女のいうことには一理ある。

 今はまだ未成熟であっても、自分は女なのだ。

 ならばそれを武器にすることも念頭に入れた方がいい。

 ただ、


(……葵だけは)


 妹だけはそういった事と無縁でいて欲しい。

 妹だけは真っ当に恋をして愛する人を結ばれて欲しい。

 引導師ボーダーの世界において、それがどれほど大変なことだとしてもだ。

 そのためには――。


キングには私一人だけを捧げる)


 車窓に映る自分が、キュッと強く唇を噛んだ。

 懸念すべきは、それを行えば、自分たちの最大の能力アドバンテージを失ってしまうことだ。

 だが、それを失ってなおキングに葵の後ろ盾になってもらうには――。


(よほどキングに気に入ってもらわないと。私は……)


 彼のドナーの一人になる。

 綾香の言う通り、それが葵を守る最も堅実な手段だった。

 けれど、それにも困難は多い。

 恐らく自分は成長しても芽衣や《雪幻花スノウ》ほどの魅力は備わらない。


 果たして、自分は妃になれるのだろうか……。

 そもそもどんなタイミングで、どんな手段で臨めばいいのだろうか……。


 それが全く分からなかった。


(……いずれにせよ、まずはキングに会ってから)


 すべてはそこからだった。

 コツン、と車窓に頭を置いて。

 悲壮な覚悟の少女を乗せて、タクシーは進むのだった。












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