幕間一 招かざる訪問者

第299話 招かざる訪問者

 ――それは、前日の夜にまで遡る。

 夜の九時を少し過ぎた頃か。


 静寂な夜。

 月明かりが差し込む自宅の道場にて。

 紺の胴着姿の彼女は、木刀を横に正座していた。

 年の頃は十八ほどか。短い黒髪の活発そうな少女である。

 彼女の対面には、少しだけ年上の青年が同じく胴着姿で座っていた。


 二人とも少し息が荒い。

 お互いに一礼をする。

 顔を上げると、二人はしばし見つめ合っていた。

 ややあって、


「……お嬢さま」


 青年の方が口を開いた。


「お考えは変わりませんか?」


「ええ」


 彼女は頷く。


「あなた以外の隷者ドナーなんていらない。他の隷者は全員第一段階で構わないわ」


「…………」


 青年は無言だった。

 二人は隷主と隷者の関係。すなわち男女の仲であった。

 初めて結ばれたのは一年前。

 それ以降、彼女は彼以外の異性の隷者は作っていない。


「お父さまは説得するわ。私は――」


 彼女は、自分の素直な想いをはっきりと告げた。


「あなた以外の人に抱かれたくないの」


「……お嬢さま」


 男として嬉しくないはずもない言葉だった。

 しかし、魂力の量は、戦場において死活問題に繋がる。

 第二段階を一人だけに絞ることは、あまりにもリスクが高かった。

 我霊に対してだけではない。他家の引導師相手にもだ。

 それを理解しない彼女ではない。

 ましてや、彼女はいずれ一族を率いる当主となるのだから。


「……本気なのですね」


「ええ。本気よ」


 彼女は自分の胸に片手を当てて告げる。


「私が愛するのはあなただけ。だから……」


 彼女は、年相応の愛らしい上目遣いを見せた。


「あなたが私を守ってくれる?」


 青年は一瞬言葉を失うが、


「分かりました」


 遂には覚悟を決めた。

 愛しい少女にここまで願われて奮い立たなければ男ではない。


「お嬢さまは、俺が必ず守ります」


「ありがとう」


 彼女は微笑んだ。

 惚れた弱みか、青年は苦笑を浮かべた。

 ――と、その時だった。

 ――ドクンっと。

 二人の背筋に悪寒が奔る。

 青年は険しい表情で片足を立てた。


「ッ! お嬢さま! これは!」


「……結界領域ね」


 彼女は虚空を開いて一振りの刀を取り出した。

 想定外の奇襲だが、幸いにも物質転送の術は封じられていないようだ。

 青年も同じく虚空から刀を抜いていた。

 二人はすぐさま道場から飛び出した。

 離れにある道場から庭を抜け、本邸へと到着する。

 そこにはすでに十数人の一族の者たちがいた。


「――お父さま!」


 その中に帯刀する和装の父の姿を見つけた。


「お前たちか。気を付けよ」


 父は簡潔に告げる。


「大胆不敵にも正面からの訪問者のようだ」


 そう警告されて、彼女と青年は当主の視線の先を追った。

 そこにいたのは一人の男だった。

 逆立った髪が印象的な人物。

 夜の庭園にて佇む、金髪碧眼の青年である。

 その青年は少女を見やると「おおっ!」と声を上げて。


「ターゲット発見ッ!」


 言って、ピストルでも打つような仕草を向けた。

 少女は、刀を片手に眉をしかめた。


「何用だ? 貴様」


 父が問うた。

 すると金髪の青年は、


「いやいや。用があんのはそっちの子だけさ。お父さん。娘さんをどうか頂いてもよろしいでしょうか?」


 そう告げて、仰々しく一礼した。

 当主である父。隷者ドナーである青年。他の一族の者たちも。

 全員が静かなる怒りと殺意を見せた。


「おお~、こわっ」


 一方、金髪の青年は肩を竦めた。


「……この下郎が」


 父が吐き捨てる。


「結界領域を張ったということは、貴様は人ではないな。名付き我霊ネームドエゴスか。しかし、これだけの数の引導師ボーダー相手に勝てるつもりか?」


 一族の者たちは今も続々と集まっている。

 その人数は三十にも届くほどだ。

 彼らは一切の油断もなく、金髪の青年を包囲していた。


「おお~。確かに人数は重要だよな。数ってのは一番シンプルな力だ」


 青年はそう言って笑う。

 そして、


「俺もそれは熟知している。だからこそのこの術式だ」


 両手の人差し指を十字に組んで厳かに告げた。


「――忍法・・。《門開もんびらき》」


 途端、庭園に数十にも至る影が生まれた。

 マンホールよりも少し大きい程度の影である。

 引導師たちは目を瞠った。

 何故なら、それぞれの影の中から人間が浮かび上がってきたからだ。

 影から現れ出た人物たちは十代の者から青年や女性、壮年の人物と様々だ。

 だが、全員が虚ろな眼差しを見せていた。しかも四肢が欠損している者や、明らかに致命傷を負っている者たちもいる。その中には李たちの姿もあった。


 まるで死者の群れである。

 実際に、彼らの中に呼吸をしている者は一人もいない。

 いきなり現れた不気味な軍団に誰もが息を呑む中、当主たる父がハッとした。


「すべて死人しびと……貴様ッ! 悪名高き《死門デモンゲート》かッ!」


「……うええ~」


 すると、青年は極めて不本意そうな顔をした。


「やめろよなあ。それ。俺、この国ではニンジャでいたいんだよ。にんッ!」


 指を絡めて立てて言う。


「だからさ。そこは《死門しもん》でいいじゃねえかよ。ルビ振んなよ。折角、おっさんって和風っぽい雰囲気全開なんだからさ」


「……戯言を」


 当主は刀を抜いた。少女たちもそれに倣う。

 それに反応するかのように死者の群れもゆっくりと前進し始める。

 相対する二つの勢力。


「気をつけよ」


 刀を構えた当主は険しい顔で一族に告げた。


「こやつは死体を操る。だが、それらは屍鬼などではない。ほとんどが生前の系譜術クリフォトを使うことが出来る引導師ボーダーの死体だ」


 一拍おいて、青年を見据える。


「こやつは死者を弄ぶ冥府の魔人よ。ここで討たねばならぬ相手だ」


「ははっ、そうかい」


 一方、青年は陽気に笑う。

 そして、


「いいぜ。なら今夜は派手なパーティと行こうじゃねえか」


 そう告げた。










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