第四章 ジョーカーは気まぐれに
第300話 ジョーカーは気まぐれに①
とあるホテルの一室。
最上級のスウィートルームにて、彼はゆったりとくつろいでいた。
年齢は四十代半ばほどか。小柄な男性である。
明るい茶色の
極上のソファーに身を預け、右手にワイングラスを、左手にスマホを持っていた。
「……ああ。会談は上手くいきましたか」
男性は双眸に細める。
「ええ。承知をしております。確かにまだまだ時間はかかりましょう。十数年か、ええ。その時こそは。ふむ。では……」
そう告げて、男性は通話を切った。
コツン、とスマホを
「彼もなかなかにエンターテイナーであるな」
ソファーに背中を預けて、ふふっと笑みを零す。
すると、
「――お館さまっ!」
不意に、両腕を首に回されて抱きしめられた。
目をやると、そこには女性の顔があった。
頭頂部で冠状に結いだ黄金の髪に青い瞳。その身には白い
服装こそ時代に合わせて変化もするが、その美貌は文字通り百年経っても変わらない。
彼――この国における七つの邪悪の一角。
「お電話は終わりましたの?」
エリーゼは子供のような笑顔で問う。
「ああ。終わったよ」
一方、餓者髑髏はワイングラスを呑み干して言う。
「定期連絡さ。順調に顔見せが済んだそうだ」
「そうですか。しかしあの男……」
愛する夫に抱き着いたまま、エリーゼは眉をひそめた。
「不敬にも、お館さまを利用する気でいますわ。人間如きが」
「フハハ。彼が人間かどうかは疑わしくはあるがね」
ポンポンと妻の肩を叩いて離れさせてから、
「しかし、彼の話が興味深かったのは事実だ」
餓者髑髏は、ワイングラスをローテーブルに置いた。
それを見届けてから、エリーゼは再び餓者髑髏の首に抱き着いた。
「吾輩と彼は全く思想が違う。だが、お互いに人道から堕ちた者同士だ。
ふっと笑う。
「まあ、いずれにせよ、それはまだまだ先の話だな。彼の方は、ようやく種まきに入ったばかりだ。今回の顔見せに対し、天堂院家がどう動くのかもまだ分からないしね。しばらくは気長に待つことになるだろうな。さて、それよりもだ」
そこでエリーゼに目をやった。
「エリー。例の件の進捗はどうかね?」
そう尋ねると、彼の愛妻はすまなそうに眉をひそめた。
「申し訳ありません。秘匿を重視しているため、やはり時間はかかっていますわ。確保したのは十五名。マッチングしたのは三名ですわ」
「……そうか。思いの外少ないな。これは言わば吾輩の新たな
「ふふ、ご心配ありがとうございます」
エリーゼは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ですがエリーなら大丈夫です。頑張りますわ。危うくなれば早々に見切りをつけて他の街へと場所を変えればよいだけのことですから」
それで一拍おいて、
「それとお館さま。他にも頑張っている者もいますのよ」
エリーゼはそう告げると、夫の首から離れて、視線を部屋の一角に向けた。
そこには一人の女性がいた。
真紅のドレスを纏った女性。ルビィである。
彼女はずっと緊張した面持ちで、そこに控えていた。
「ルビィも凄く頑張ってくれているのですよ。実はマッチングした三名は、あの子が見出した者たちですの」
「ほう。そうなのかね」
餓者髑髏はルビィに目をやった。
「来なさい。ルビィ」
「は、はい」
ルビィはガチガチに緊張したまま、主人の元へと向かう。
そしてソファーの前で立ち止まるが、
「ここに来なさい」
言って、餓者髑髏は自分の膝の上を叩いた。
ルビィは一瞬息を呑むが、すぐに恐々とエリーゼの方に目をやった。
「いいのよ。ルビィ」
エリーゼは微笑む。
「忠勤には褒賞を。それにあなたもすでにお館さまの寵愛を受ける身なのだから」
「は、はい。ではお館さま。失礼いたします」
そう告げて、ルビィは恐る恐る餓者髑髏の膝の上に乗った。
しかし、緊張は隠せないようだ。
まるで初めて閨を共にする乙女のように――。
表情は強張り、両手は膝の上、姿勢は真っ直ぐに座っている。
「フハハ。そんなに緊張しなくともよいのだよ。ルビィ」
餓者髑髏は、彼女の頬に触れて笑う。
「今や君もエリーゼと同じく吾輩の妻なのだから」
「そ、そんな……」
陶然とした表情でルビィは言う。
「私如きがお姉さまと同じなんて……」
「あら。当然、序列はありますわよ。ルビィ」
そこだけは譲れない。
エリーゼは
「私が第一位。あなたが第二位ですわ。けれど……」
エリーゼは、名残惜しそうに餓者髑髏に頬擦りしてから立ち上がった。
「今宵は頑張ったあなたの時間ですわ。存分にお館さまに愛でてもらいなさい」
「……お、お姉さまァ……」
ルビィはエリーゼの顔を見上げた。
エリーゼは、ニッコリ笑うと手を振って出口に向かった。
そうして退室する。
ドアを閉まる際、ルビィがお館さまの首にしがみつくのが見えた。
これから
嫉妬がないといえば嘘になる。
しかし、元々、ルビィを回収してきたのは自分である。
本来はお館さまに捧げるプレゼント程度に考えていたのだが、一晩かけて仕込んでみると、思いのほか、拾い物であったと知った。
お館さまの寵愛を何度も受けるなど、害獣に過ぎない人間には許しがたいことだが、ルビィはすでに人間とは呼べない存在へと進化も果たしていた。
お館さまのお役に立つために、自ら人を捨てたのである。
ならば、愛妾として受け入れるのことも、正妻としての度量というものだろう。
「まあ、明日の夜は私が可愛がっていただければいいだけですわ」
そう割り切る。
それにエリーゼにはこれから大きな仕事があるのだ。
実は先日、想定外の行動をした者がいるのである。
今回の計画に、彼が大いに興味を持っていることのは気付いていた。
だが、あの坊やはあまりにも破天荒な性格をしているため、あえて関わらせないようにしていたのだが、やはり無理があったようだ。
本来ならば、この件もお館さまにご報告すべきだった。しかし、それをしなかったのは、お伝えしても、お館さまはきっとあの坊やを許してしまわれるからだ。
――人間に対しても、同胞に対しても。
すべてにおいて寛大すぎることが、不敬ながらもお館さまの唯一の悪いところだ。
その慈悲深き御心に、最近、あの坊やは甘えている節がある。
どこまでなら許されるのかを勘で憶えたようだ。
「……本当に困ったものだわ」
額に手を当てて、溜息を一つ。
「……
エリーゼは重々しくその名を零した。
「お館さまのお言葉ゆえに、天の七座の眷属として認めましたが、相も変わらずなんて無計画な子なのでしょう。しかも、あんな雑な真似をしておいて、私にまだ気付かれていないとでも思っているところなんて、本当に頭が痛くなりますわ」
言って、額を押さえたまま、かぶりを振った。
「ともあれ、これ以上、狩場を荒らさないように釘を刺しておくべきですわね。でないと、あの坊やにはまた舞台を台無しにされてしまいそうですわ」
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