第195話 王の審判②

 場所は変わって夜の国ミッドナイト

 怪物が徘徊し、無人の遊具だけが不気味に動き続ける王国。まるで巨大なホラーハウスのようになったそのエリアで、御影刀真は、ガチガチに緊張していた。

 その理由は、繋がれた手にある。


(うわあ、柔らかい……)


 自分の手の平を掴む温かい手。

 それは、蓬莱月子の手だった。


「怖くない? 刀真君」


 柔らかに笑って、月子が尋ねる。

 刀真は、真っ赤な顔でブンブンと顔を振って、「だ、大丈夫です!」と答えた。


「その子は大丈夫そうですか?」


 少し前を歩いていたかなたが、足を止めて月子に問う。

 月子は「はい」と答えた。

 偶然に出会った三人は、行動を共にしていた。

 かなたが少し先行して辺りに注意し、月子が刀真の手を引いて進んでいる。


 これは、刀真にとっては少し不満だった。

 二人とも自分よりも年上で、多分、自分よりも強い。

 まだ子供である自分を守ろうとするのは当然かもしれないが、刀真も引導師として訓練を受けている者だ。守られてばかりなのは、戦士の誇りが傷ついてしまう。


 ましてや、二人とも本当に可憐な人だから……。


(僕がしっかりしないと)


 刀真は、左手に持つ刀の柄を強く握りしめた。


「……赤蛇」


 その時、かなたが自分の首元のチョーカーに手を触れた。


「やっぱり真刃さまとは連絡が取れないの?」


『悪りいが無理だ』


 赤いチョーカーが答える。


『ご主人の声は聞こえるが、オレからは届かねえ』


 一拍おいて、


『分かっていることは、刀歌嬢ちゃんはご主人と合流できたこと。それと、ご主人が従霊たちを全エリアに散開させたってことぐらいだ。お嬢たちや一般人を守るためにな』


「……そう」


 かなたは眉をひそめた。

 あの人が、自分の身を案じてくれるのは妃の一人としては嬉しい。

 だが、かなたは、真刃の《制約》のことを知っていた。

 その《制約》が発動するのを見たという刀歌から聞いていたのだ。

 全従霊の戦闘許可。恐らく、すでにあの人の《制約》は発動している。

 それを思うと、胸が締め付けられそうだった。


「かなたさん?」


 すると、月子が尋ねてきた。


「どうかしましたか? とても辛そうです」


 心中はともあれ、かなたの表情には変化はない。

 けれど、月子はそう言った。

 エルナでさえも、かなたの無表情からそこまで心情は読めないというのに。

 どうやら、彼女とはとても相性が良いようだ。


「いえ。大丈夫です」


 かなたはかぶりを振った。


「この件に関しても、月子さんには後でお伝えしましょう。ですが、今は真刃さまやエルナさまたちと合流することに専念すべきです」


「はい。かなたさん」


 月子は頷いた。手を引かれる刀真も首肯する。


「まずはドーンタワーに向かいましょう。あそこは各エリアへの中継地点でもあります。真刃さまたちも目指している可能性は高いはずです」


 言って、かなたは再び歩き出す。

 月子と刀真も、後に続いた。

 黙々と進む三人。そんな中で、かなたは思う。


(真刃さま)


 トクン、と心を鳴らして。


(どうか、無理をなさらないで)



       ◆



「があああああォああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 絶叫と共に、地表に激震が奔った。

 遊具の一角が粉砕される。蛙擬きの巨体が降り立ったせいだ。

 蛙擬きの我霊は、四肢で遊具の残骸を踏みつけ、人面が浮かぶ両眼で敵を睨み据えた。

 銀の髪を持つ美しい敵だ。

 彼女は、紫色の龍を操っていた。


龍鱗ド・ラ・ゴ・ン……」


 彼女――エルナは、神楽の紫龍を振りかぶった。


散牙シューターッ!」


 横に薙ぐ。直後、紫龍の鱗が逆立ち、無数の弾丸となって我霊に襲い掛かる!

 対する蛙擬きの我霊エゴスは、重心を低く構えると跳躍した。

 龍鱗の弾丸をかわした怪物は、十メートルほど先で着地した。


「逃がさないわ!」


 エルナは、紫龍をさらに舞わせる。

 巨体とは思えない敏捷性だが、この我霊の回避は跳躍だけで単調だ。そろそろ動きも読めてくる。エルナは追撃しようとする――が、

 ――むくっと。

 突如、蛙擬きが二本の脚で立ち上がったのである。

 そして両腕を大きく振って、アスリートのごとく走り出したのだ。


「――なっ!?」


 流石に目を剥くエルナ。

 今までとは全く違う動きだ。動揺するエルナに直立した我霊は迫り、低空から掬い上げるように拳を叩きつける!


「――くあッ!?」


 咄嗟に龍体を盾にしたが、エルナは吹き飛ばされてしまう。

 彼女は、近くの店舗の壁に叩きつけられた。

 そんなエルナに我霊はさらに迫るが、


『このお化けガエル!』


 燦の炎獣が、横から炎の拳を叩きつけた!

 今度は我霊エゴスが大きく吹き飛ばされる。


『いい加減しつこいのよ!』


 燦は両腕を突き出し、炎獣の中から飛び出した。

 瞬時に赤いドレスが燃え尽き、その代わりに炎のドレスを纏う。


「終わらせるよ!」


 燦は両手を重ね合わせて、指先を我霊に向けた。

 直後、彼女の背に大きな炎輪が出現する。それは燦の両腕を伝うように前へと移動し、直径を小さくしていく。彼女の指先の前で停止した時は三十センチほどになっていた。

 炎輪は、そこから前方に二つ数を増やした。


「行っくよお!」


 直列に三つ並んだ炎輪が、激しく放電する!


「――炎輪雷霆えんりんらいてい!」


 ――バリィッッ!

 三つの炎輪から、雷纏う熱閃を撃ち出した!

 我霊は咄嗟に右手で射線を遮るが、その腕さえも焼失させて熱閃は胴体を貫いた。

 ぐらり、と巨体が傾くと、


龍王ド・ラ・ゴ・ン……」


 我霊の上空に、巨大な黄金の龍頭が現れた。

 直径にして十メートルはある、エルナの龍だ。

 空高く跳躍して龍頭を構えるエルナは、雄々しく叫んだ!


天鎚バンカ―――ッ!」


 ――ズズゥンッッ!

 黄金の龍頭は、容赦なく我霊を圧し潰した。

 地響きと共にエルナは着地する。

 少しの間警戒するが、我霊エゴスはもう反応を見せない。

 完全に決着がついたようだ。


「どうにかなったわね」


 神楽の龍を元のサイズに戻して、エルナが言う。


「このお化けガエル、本当に強くてしぶとかったよ」


 炎のドレス姿の燦が、少し息を切らせてそう呟いた。

 実に二十分近くも戦い続けたのである。


「ええ。そうね」エルナが頷く。「多分、危険度カテゴリーBの我霊エゴスだったわ」


 神妙な眼差しで、我霊エゴスが沈んだ瓦礫を見つめる。

 本当に手強かった。エルナ、もしくは燦一人では手に負えなかった相手だった。


「こんなのがゴロゴロいるのなら、ヤバいわね」


 そう呟きつつ、燦に目をやる。


「燦。こっちに来なさい」


「? なぁに?」


 燦は、近づいてきて小首を傾げた。


「その姿って、維持するだけで魂力オドを消耗し続けるんでしょう?」


 そう切り出して、エルナは虚空から予備の帯を取り出した。


「服を作ってあげるから、タイミングを合わせて炎を解きなさい」


「え? ホント?」


 燦が目を丸くする。その前でエルナはシュルシュルと布を操る。

 薄紫の帯は、燦を包み込むように円を描いた。

 そして燦が炎を消すと同時に体へと巻き付き、瞬時にドレスに変わる。

 色こそ薄紫だが、燦が着ていた赤いドレスと同じモノだ。


「おお~、凄い」


 燦は目を瞬かせて、自分の姿を確認した。


「エルナの術って便利よね。人間クローゼットだ」


「誰が人間クローゼットよ」


 コツン、と燦の頭を叩くエルナ。燦は両手で自分の頭を抑えた。


「ともあれ、ここは切り抜けたわ。先を急ぎましょう」


「うん。けど、どこに行くの?」


 そう尋ねる燦に、エルナはここからでも見えるドーンタワーに目をやった。


「まずあそこに向かいましょう。あそこからならどのエリアにも行けるし」


 そう告げる。


「うん。そうね」


 燦もドーンタワーを見据える。


「おじさんや月子もいるかもしれないし」


 そう言って、燦は歩き出した。

 その後ろ姿を、エルナは少しだけその場で留まって見つめた。


(……うん。とりあえず、大丈夫みたいね)


 完全に立ち直ってはいないだろうが、少なくともあの子は前を向いている。

 妃の長として、肆妃の様子に少しホッとした。

 それから、我霊を倒した瓦礫の地を見やり、数秒間だけ黙祷する。

 我霊に対してではなく、犠牲になった二人に対してだ。

 彼らを救えなかったことは、エルナにしても辛いことだった。


(せめて、これ以上、犠牲者が出なければいいんだけど……)


 そう祈りつつ、エルナも歩き出した。

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