【第11部まで完結!】骸鬼王と、幸福の花嫁たち

雨宮ソウスケ

第1部 『骸鬼王の館』

エピローグ0

第0話 エピローグ0

 ――大正十二年。九月一日。

 青年は、瓦礫の中で目を覚ました。

 歳は二十代半ばか。黒い外套と、軍服を着た青年だ。


「……グッ」


 倒れていた青年は、自分に被さっていた瓦礫をどかして立ち上がった。

 体中から鈍い痛みを感じる。

 どうやら、自分は衝撃で飛ばされたようだ。

 額からも血が滴り落ちている。

 青年は周囲を見渡した。


 そこは、どこかの館の通路だった。

 いや、館の場所は分かる。自分の同僚に誘われた館だ。

 ただ、今は原型が分からないほどに崩れているが。

 青年は、ギリと歯を鳴らした。


「……何が親睦会だ……」


 温和な顔に、明らかな怒りを浮かべる。

 同僚の甘言を信じて、こんなところまでやってきた自分に心底腹が立つ。

 ――自分は一体、何をしているのか!


「――くそッ!」


 ドンッ、と壁を殴りつける。

 どうして、同僚の言葉を真に受けた。

 どうして、奴らの言葉をあっさりと信じたのか。


 ――自分の甘さのせいで。

 自分の愚かさのせいで、妹と、彼女が愛した自分の親友は……。


「……くそ」


 最後に見た光景は、脳裏にはっきりと焼きついている。

 妹に向けられた無数の銃口。

 次の瞬間に現れた、妹を抱きしめる親友の姿。

 銃声が聞こえた。


「……ああ」


 青年は、苦悩に顔を歪めて額を押さえた。

 あれでは助からない。

 少なくとも妹は――。


「……すまない。すまない。全部、私のせいだ」


 後悔の言葉が口をつく。

 青年はグッと瞳を閉じてから、壁に手を添えて歩き出した。

 後悔は後だ。

 今は、親友の安否を確認しなければならない。

 それこそが、妹が望むことのはずだ。

 妹は心から彼を愛していたから。

 青年は、瓦礫と化した館の中を歩き続けた。

 元々は二階にいたのだが、衝撃で一階が崩れ落ちたのだろう。瓦礫に邪魔をされて思うように先に進めない。青年は焦っていた。


「……真刃しんは


 親友の名前を呟く。

 自分の従兄弟でもある不愛想な青年だ。

 あの親友が、簡単に死ぬとは思っていない。

 たとえ、最後に見た光景が、無数の銃口に囲まれた状況であってでもだ。

 青年が不安に思うのは、先程から続く振動だった。

 定期的に、大地が鳴動しているのだ。

 まるで巨大な生物が闊歩しているかのように。

 振動のたびに館が揺れた。


「……真刃。君はまさか……」


 静かに息を呑む。

 ともあれ、今は急がなければならない。

 一階から外に出るのは難しいと思った青年は瓦礫の山を登り、二階へと上がった。

 ここから、どこかの部屋の壁を砕いて外に出る。

 そう考えた矢先のことだった。


 ――ズガンッッ!


「――ッ!」


 青年は目を剥いた。

 突如、目の前の壁が破壊されたのだ。

 濛々と上がる土煙。

 そこから現れたのは、一頭の獣だった。

 蝙蝠のような翼と、蛇の尾を持つ虎。


「……式神か」


 青年は、双眸を細めた。

 壁を撃ち抜いた異形の虎は、前脚を失っていた。

 目も虚ろで、今にも消えてしまいそうだった。

 事実、十数秒ほどで虎は消えた。

 注がれた魂力オドが尽きたのか、もしくは術者が死んだのか。

 いずれにせよ、わざわざ壁を破壊する手間が省けた。

 青年は、穿たれた壁から、外を覗き込んだ。

 そして唖然とする。


「なん、だって?」


 茫然と呟く。

 そこは、まるで別世界だった。

 華やかさで謳われていた帝都。その街並みが無残に破壊されていたのだ。

 しかも、ただの破壊ではない。

 建屋を呑み込むように、灼熱の溶岩流がなだれ込んでいるのだ。

 その上、街の十数か所には、天を衝くような巨大な灼刀まで突き出ている。

 だが、それ以上に唖然としたのは、遥か遠方にいる巨影だった。

 街並みよりも、灼刀よりも遥かに高い。まるで山のような巨影だ。

 巨影は地響きを鳴らして歩き続けている。

 時折、慟哭のような哀しい咆哮も上げていた。

 青年は、すぐに気付いた。


「……真刃?」


 あの巨影こそが親友なのだと。


「――真刃ッ!」


 青年が叫ぶ。

 しかし、彼の声は、親友には届かなかった。

 ここからでは遠すぎるのだ。

 青年は、人間離れした跳躍力で溶岩流を飛び越えて、隣の建屋の屋上に飛び乗った。


「――真刃あッ!」


 そして、青年は次々と建物を越えて走り出す。

 激しい怒りと絶望を顕現させる親友の背中を追って。

 そこに待ち受けるのが、永遠の別離と絶望だとは知る由もなく。

 それでも、青年は走り続けるのであった。


「――真刃ああッ!」


 青年の声が、灼熱に包まれた帝都の夜に響く。


 これは、今より百年前の話。

 終わりにして、始まりの物語だった。







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