第八章 雪解けの夜
第236話 雪解けの夜①
時刻は夜の十二時過ぎ。
その日、彼女たちは少しだけ夜更かしをしていた。
リビングで、燦が刀歌相手に格闘ゲームで惨敗していたからだ。
初心者だった刀歌に最初は燦が圧勝していたのだが、途中で刀歌がコツを掴んでからは戦況が一変した。惨敗に次ぐ惨敗で燦は完全に意地になっていた。
「もう! 次こそは勝つ!」
「私はそろそろ疲れたのだが?」
五人の中で一番子供っぽい――実際に子供――燦に、刀歌が付き合って、この時間になってしまったのだ。エルナたちも時折刀歌に代わって付き合っていた。
性格は違っても、やはり仲の良い少女たちだった。
(平和な光景だなあ)
その様子をキッチンから瑞希は見守っていた。
彼女の隣には山岡もいる。
エプロンを着けた彼はホットココアを六人分用意していた。
その姿も、ちらりと横目で見やる。
(辰彦さんは何をしてもカッコいいなあ)
思わずふやけそうな顔を抑えて瑞希は思う。
とあるお洒落な純喫茶。
そこは歳の離れた夫婦が営むお店で――。
そんな妄想が頭に浮かび、瑞希が「うふふ」と笑みを零していると、
「瑞希君」
「ひゃっ!? は、はいっ!」
山岡に声を掛けられ、瑞希の声は裏返った。
山岡は「おや? 驚かせてしまいましたか?」と首を傾げつつも、
「これをお
言って、六つのカップが乗ったトレイを瑞希に渡した。
「一つはあなたのです。あなたもお疲れ様です」
「い、いえ。僕はあまりお役に立ててないようで」
「そんなことはありませんよ。君がいてくれてとても心強いですから」
山岡は優しい眼差しでそう告げた。
瑞希は顔を赤くしつつトレイを受け取るが、ふと表情を曇らせた。
「けど、久遠さんは本当に大丈夫なんでしょうか? 最近の
初日。偶然知った
「久遠さまならご無事でしょう」
山岡は優しく笑った。
「先日ご連絡した時は予定より出張が長引くかも知れないと仰ってましたが、特段焦っておられるご様子もありませんでした」
「長引くんですか! どれぐらい!」
瑞希が食い付いた。山岡はかぶりを振る。
「それは未定です。ですが、もしかすると瑞希君に護衛の延期を依頼するかと――」
「お任せください!」
瞳をキラキラさせて瑞希は即答する。
「幾らでも延長OKです! 頑張ります!」
「……そうですか」
瑞希の圧に少し押されつつも、山岡は微笑んだ。
「ありがとうございます。君は相変わらず優しい子ですね」
言って、瑞希の頭を撫でる。瑞希は「ふわわ」とその場で蕩けそうになるが、
「と、とりあえずこれをお姫さまたちに持っていきます!」
そう告げて、慌てて山岡から離れる。
あのままでは抱きついてしまいそうだったからだ。
(まだ早い。まだ早い)
呼吸を整えて、瑞希はホットココアを一人ずつ渡した。
まずはソファーに座るエルナに「ありがとうございます」と返ってきた。
次に同じくソファーに座るかなた。淡々としてはいるが、彼女も感謝してくれた。
三人目は刀歌だ。ローテーブルにココアを置くと、燦の相手をしている彼女は、手はコントローラーから離さず「ああ。ありがとう」と返してきた。
次いで燦。彼女は夢中になってコントローラーと格闘していたが、それでも「ありがと!」と元気に返してきた。この子も良い子だ。
それから月子にココアを手渡すと、「ありがとうございます」と言ってくれた。
瑞希は微笑む。彼女の未来の義娘は本当に可愛かった。
そうして瑞希は自分用の最後のココアをローテーブルに置いた。
すると、
「あ。どうぞお構いなく」
そう告げられた。
当然のようにソファーに座っていたその人物に。
「「「「―――ッ!」」」
全員の表情が一変した。
まず誰よりも早く動いたのは山岡だった。
近くにあった果物ナイフを手に取って投擲する。
それは「クワッ!?」と、慌てて頭を下げた男のシルクハットに突き刺さった。
次に動いたのはエルナとかなただ。
エルナは燦の首根っこを掴んで後ろへと跳躍した。一方、かなたはカップをその場に落とすことも厭わず月子の体を全身で抱きかかえると、ソファーを飛び越える。
それと入れ代わるように、刀歌と瑞希も動く。
刀歌は触媒の柄を取り出す間も惜しみ、直接手から炎刃を噴き出した。狙うは男の胴だ。瑞希は全身をしならせて、男の顔面めがけて神速の蹴りを繰り出した。
「NOッ!? 緊急回避ッ!」
直撃の前に男の姿が掻き消える。
瑞希の蹴りは空を切り、刀歌の炎刃はソファーだけを斬り裂いた。
トスンっと果物ナイフが落ち、次の瞬間には男は少し離れた場所に現れた。
「全く容赦がないな!? 妃たち! 何より真っ先にナイフを投げつける
「招かざる客人には武力で応じると決めておりますので」
淡々と山岡が告げる。
すでにキッチンから移動し、拳を固めていた。
「……クワ。本当に怖い一般人だ」
ガクガクと男は震えた。
「あなたが……」
虚空から羽衣を取り出してエルナが言う。
「
壱妃の言葉に、他の妃たちも動いた。
かなたは巨大なハサミを二刀に分けて構え、刀歌も虚空から柄を取り出し、改めて炎刃を顕現させた。ようやく事態を把握した燦と月子も身構えている。
無論、護衛の瑞希も拳を構えていた。
この場には赤蛇と蝶花もいるのだが、専属従霊たちは沈黙していた。
ただ静かに、敵の動き、一言一句を警戒していた。
そんな中、
「いかにも。我が名は
ランタンを片手に、黒衣の男は恭しくお辞儀する。
「以後、お見知りおきを。妃の方々」
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