第14話 強欲なる者たち③

「……ふむ」


 同じ夜。杜ノ宮かなたの自宅。

 古い一軒家の寝室にて、ベッドに腰をかけたゴーシュは双眸を細めた。

 手に持つのは、かなたのスマホだ。


「……骸鬼王の館か」


 大門から送られたメールのタイトルには、そう記されていた。


「《千怪万妖センカイバンヨウ骸鬼ガイキノ王》。かつて帝都を壊滅寸前にまで追い込んだという、伝説級の怪物の眷属が棲む館か。危険度カテゴリーはA。ふん、あの食えない教師め。大家の当主をドサクサに紛れて有効活用するつもりだな」


 言って、ゴーシュはスマホを放り投げた。

 ぱしっと両手で受け取ったのは、部屋の隅で待機していたかなただ。


「しかも、お前とエルナも同行させろとはな。奴としては俺たちを引率に利用して、未熟なお前たちにA級の体験をさせてやりたいといったところか。俺とお前。あの男とエルナ。先に館の核となる我霊を始末した方が勝者ということらしい」


 そう告げるが、かなたは無言だった。

 以前にも増して人形じみてきたな、と思いつつ、ゴーシュは身につけていた白いスーツの上着を脱いだ。床に放り捨て、次いでシャツの方も脱ぐ。上半身が裸になった。スーツの上からでも分かっていたことだが、異様なまでに鍛え上げられた肉体である。

 ゴーシュは、ムン、と力を込め、バンプアップした上腕二頭筋に目をやり、


「流石は俺の肉体。今日も絶好調のようだ。さて」


 かなたを一瞥して告げる。


「何をしている? お前も早く脱げ」


「…………」


「景品だから、あの男に遠慮して、俺がお前に手を出さないとでも思っていたのか?」


 ゴーシュは言い放つ。


「お前は俺の道具だ。早く主人を喜ばせろ」


 かなたは顔を上げた。そして「……はい」と告げて頷いた。

 まず制服のスカートから取り外す。革の鞘に収まったハサミを太股から外す。次いで腰を屈めて、すっと黒いタイツも脱いだ。

 続けて上着を。黒い下着だけの姿になった後は、それさえも取り外す。一分も経たない内にかなたは首のチョーカーだけを除いて一糸纏わぬ姿になっていた。


「……ほう」


 粉雪のごとくきめ細かい肌。

 未成熟の少女とは思えないほどに凹凸のある肢体のライン。

 傷一つないかなたの裸体を凝視し、ゴーシュはニヤリと笑う。


「大輪の花だったお前の母に比べれば、流石にまだ蕾だな。だが、それでも想像以上の美しさだ。これを今から蹂躙できると思うと、存外興奮するぞ」


 喜色満面でそう呟き、「こっちに来い」と、かなたに命じる。

 かなたは抑揚なく「はい」と答えて、ゆっくりと歩き出す。

 そして、ゴーシュの前で止まった。


「……どれどれ」


 ゴーシュはおもむろに、かなたの胸元へと手を伸ばした。

 ――が、そこで。


「…………」


 どうしてか眉をしかめる。ゴーシュは手を伸ばしたまま、動きを止めた。

 しばしの沈黙。それは、二十秒、三十秒と続く。

 そして、


「……ふん」


 不意に、ゴーシュは自嘲気味に口角を崩した。


「止めだ。お前に手を出すのは止めた」


「……ご当主さま?」


 かなたは、わずかに眉をひそめた。すると、ゴーシュは自分の足の上に肘を乗せて、


「ここでお前に手を出せば、どうしてもあの男との遺恨となるからな。やはり、男は初物が好きなものだ。もちろん、寝取るのは良いものだぞ。とても良いものなのだが、無垢を自分色に染め上げるのも存外楽しいものだしな。俺も最近経験したばかりだ」


 まあ、あいつは相当な跳ねっ返り娘でもあったがな。

 と、自身のろくでもない経験談を語りつつ、かなたに目をやった。


「さて。今回の《魂結びの儀》。勝敗に関係なく、お前は奴にくれてやるつもりだ」


 ゴーシュの顔が、少し真剣なものに変わる。


「……それは、どういうことでしょうか?」


 自分の裸体を隠そうともせず、かなたが尋ねてくる。

 ゴーシュは「ふん」と鼻を鳴らした。


「わずかな時間、相対しただけで分かったぞ。あの男は強い。下手をすれば、俺と互角か。あれほどの引導師はお前の父以来だぞ」


「……恐縮です」無表情のまま、かなたが言う。ゴーシュは皮肉気に笑った。


「お前の父は、どうにも世渡りが下手すぎた。あの実力ならば、大家相手に《魂結びの儀》など挑まずともやりようはあったはずなのにな。まあ、それは今さらか」


 一拍置いて。


「ともあれ、奴は強い。俺の腹心にもなれるほどの器だ。出来ることなら、奴とは決闘後も信頼関係を築きたい。となれば、身内に加えるのが定石なんだが、隷者相手にエルナを――妹をくれてやるのは、俺の沽券に関わる。だからこそのお前なんだ」


 ゴーシュは、かなたの裸体を再度まじまじと観察する。

 その間も少女は無反応だった。やはり裸体を隠そうともしない。


「ふむ。これならば『贈呈品』として充分だろう」


 ゴーシュは、ニヤリと笑った。


「奴のお気に入りであるお前をくれてやれば、エルナを取り上げられても少しは奴の溜飲も下がるだろう。そしてお前は奴の子を孕め。出来れば娘をな」


「……娘、ですか?」


 わずかに眉をひそめるかなたに、ゴーシュは「そうだ」と満足げに頷く。


「お前の娘を、お前の代わりとして俺が貰うことにしよう。なに。二十年ぐらい待つさ。それぐらいなら俺もまだまだ現役だろうしな。その自信もあるぞ。そして、お前の娘に俺の子を産ませるんだ。そうすれば、俺が認めた二人の男の血がフォスター家に宿る」


 ゴーシュは大きく両腕を開いた。


「フォスター家の未来は安泰だということさ」


「…………」


 かなたは再び無言になった。

 いつしか腹部の前辺りで組んでいた指が、わずかに震える。

 まるで感情の名残が抵抗するように。だが、それでも――。


「返事はどうした?」


「……はい」


 やはり、かなたが断ることはなかった。


「承知致しました。ご当主さま」

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