第315話 蒼い夜➄
――ガッッ!
真紅の棍と、灼岩の巨腕が交差する!
膂力、質量で分があるのは灼岩の巨腕だ。
巨腕に払われて、真紅の棍ごと
しかし、空中で回転して音もなく着地する。
と、同時に刺突を繰り出した。
間合いはまだ遠い。が、真紅の棍はギュンっと勢いよく伸びた。
「……ほう」
真刃は興味深そうに双眸を細める。
次いで、棍を受け止めるべく巨腕を突きだした。
しかし、そこで棍は驚くべき動きを見せた。
灼岩の巨腕の掌を避けるように軌道を変えたのだ。
棒状のはずの棍に、突如、関節が一つ増えて軌道をずらしたのである。
流石に真刃も驚くが、半身を横にずらして刺突を回避する。
真紅の棍は、そのまま伸びて後方のコンテナに突き刺さった。
途端、棍が大きく波打った。まるで鞭か縄のようなしなり方だ。
真刃が振り返ると、そこには真紅の
「……面白い武具だな」
真刃が言う。
「形が定まらぬ。お前の意志に合わせて変化しておるのか?」
「ああ。そうさ」
「俺の意志に従って自在に姿を変える。『
そこで、ニヤリと口角を上げた。
「あんたを倒すために《
「……そうか」
真刃は動じることもなくそう返す。
すると、その時。
『……主よ』
巨腕から声がする。
猿忌の声だ。
『あの武具。多彩な変化も厄介ではあるが、それ以上に信じ難き強度だ。恐らくはヒヒイロカネの武具とみた方がよい』
「……なるほどな」
真刃は双眸を細めた。
「桜華は龍泉の巫女になったという話だったな。ヒヒイロカネは龍脈と縁深き金属。桜華がお前にくれてやったというのは事実なのだろうな」
言って、
「だが、それだけではまだ
「そいつはやってみねえと分かんねえだろ――っと!」
台詞を言い終えると同時に、
横から大きく弧を描く一撃だ。
通常ならば届く距離ではないが、紅如意は変幻自在の武具。第二棍が数倍の大きさへと変化する。第三棍に至っては十数倍の大きさである。
迫る棍は、まるで真紅の壁のようだった。
真刃は大きく頭上に跳躍して攻撃を回避した。
棍はそのまま周囲のコンテナや荷物を粉砕すると、濛々と土煙を巻き起こした。
視界を完全に覆うような煙幕である。
着地した真刃は追撃を警戒するが、
(……どういうことだ?)
一向に攻撃が来る気配がない。
真刃が眉根を寄せている内にも煙幕は晴れていった。
惨状となった周囲を見渡す。
(……なにッ!)
そして真刃は驚きで目を瞠った。
十数メートル離れた場所。コンテナの上に
そこで彼は片膝をつき、新たに変化した
真刃は、その武具の正式な名を知らない。
しかしながら、その形態は知っていた。
真刃の生きた時代にもあった、
――正確には、
その弾速は時速にして約3000キロ。
対人としても最速を誇る
「言っただろ? 俺の意志で自在に姿を変えるってな」
音さえも置き去りにする速度。
咄嗟に弾道に巨腕を置いていたのは、真刃の戦闘勘の成せる技だった。
弾丸が巨腕の掌に直撃する!
巨腕が並みの強度ならそのまま貫かれただろう。
しかし、巨腕は耐えた。
だが、そのために衝撃がどこかに逃れることもなく、真刃の両足は床を削り、後方へと火線を引くことになった。
それでも弾丸の威力が衰退することはない。
巨腕の掌に亀裂が奔り、遂には貫かれた。
その光景を遠方で
「……おいおい」
思わず冷たい汗を流す。
弾丸は、確かに巨腕を貫いた。
しかし、その陰で構えた、装甲で覆われた左腕によって防がれたのである。
流石に無傷ではない。
弾丸を受け止めた装甲の掌からは、出血もしている。
だが、その程度の負傷で、あの男は戦車すら貫通する弾丸を防ぎ切ったのだ。
「……化け物かよ」
驚愕を覚えつつも、
――が、その瞬間、相手の姿は視界から消えた。
(―――な)
確認の間も惜しんでコンテナの上から跳び下りた。
直後、
――ドゴンッッ!
コンテナが粉砕される!
灼岩の巨腕が上空から振り下ろされていた。
信じ難いことに、十数メートル以上の距離を一瞬で詰めたのである。
(マジで人間か! お前!)
――ズドンッッ!
その前に左の拳を叩きつけられた。
咄嗟に
「確かに便利な武具だ」
そんな
「
真刃は淡々とした声で告げる。
「銃器を使うのは悪手だぞ。
そう言って、深く帽子をかぶり直した。
「それを使う者は、思わず殺してしまいそうになる」
「……何か知らんが、逆鱗に触れちまったか?」
血の混じった唾を吐き捨てて、
紅如意は、棍の姿に戻っていた。
「流石にもう通じねえか。所詮は奇手だな」
言って、カツンと棍の石突きで床を打った。
「小細工に頼ったところでどうにもなんねえってことか」
そう告げる
すると、同時に彼の真紅の髪が波打ち、それは徐々に金色へと変わっていった。
変化は頭髪だけではない。
手の甲や腕、頬にも黄金の体毛が生えてくる。
瞳は白目まで赤く染まり、歯は牙と化す。獣のようにアギトも浮き出てきた。
「こっから先は一段階上げるぜ」
全身の黄金の体毛を波打たせて
「じゃあ、第二ラウンドと行こうぜ」
だが、その時だった。
――ドクンッ、と。
世界が脈動する気配を二人は感じた。
「………は?」
変貌しつつあった
真刃は天井を見上げた。
まるで巨大な怪物の腹の底にいるようなこの違和感。
幾度となく感じたことがある気配だ。
『……主よ』
猿忌が言う。
『これは結界領域ぞ』
「ああ。分かっておる。小僧」
そこで真刃は
「これは貴様の策略か?」
そう問い質した。
「いや、知んねえよ」
しかし、
「こいつは結界領域だろ? 流石に
「…………」
真刃は無言だった。
探る限り、嘘をついているようには見えない。
「……なるほどな」
真刃は再び天井を見上げた。
そして、
「では、どこぞの化け物気取りが水を差してくれたということか」
そう呟くのだった。
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