エピローグ

第453話 エピローグ

 ――深夜。

 激動だった一日も終わり、真刃は一人、縁側で佇んでいた。

 服装は白いシャツと、黒のジーンズというラフなスタイルだ。

 前髪も降ろしている。プライベートの姿である。

 最近は紳士服スーツ姿であることが多く、こういった格好は本当に夜だけになっていた。


(……やれやれだ)


 真刃としては少し不満ではある。


オレとしては平穏を望んでいたのだがな……)


 ボリボリと頭をかく。

 だが、それも仕方ない。芽衣、そして綾香を妻にすると決めた以上、彼女たちの背負うモノもすべて受け入れてこそ夫というものだ。

 強欲都市グリードを掌握した以上、この忙しさは避けられないことだった。


 元々、真刃の望みは二つあった。


 一つは今代にて目覚めた時。

 右も左も分からなかった真刃を助けてくれたエルナ。衣食住まで用意してくれた恩人である彼女を一人前の引導師に育てることだった。

 そちらは順調だった。というよりも達成している。

 元よりエルナには才がある。彼女は出会った頃よりも格段に成長した。

 同年代では群を抜いている実力である。

 すでに一人前と言っても差し支えがないだろう。


(しかし、免許皆伝とは何を以て伝えればよいのだろうな……)


 何か彼女のための霊具でも贈ろうか。

 そんなことを思う。


 そして、もう一つは自分の伴侶となる女性を見つけることだ。

 身も蓋もなく言えば、花嫁探しである。

 その件についても順調と言える。

 前述した芽衣と綾香。

 そして杠葉と桜華。彼女たちのことは流石に想定もしていなかったことだったが、あの総隊長の娘である六炉も想定外だった。

 本当に運命とは分からないものである。


 芽衣と、綾香と、六炉。

 三人とも本来は出会うことのなかった女性である。


 そもそもエルナも、かなたも。刀歌、燦、月子もだ。

 他にも強欲都市グリードを通じて出会った千堂や獅童。武宮も。茜と葵。桜華との奇縁で出会うことになったホマレもだ。

 本来ならば出会うはずのない運命だった。


(……思えば)


 真刃は夜空を見上げた。

 山奥のおかげか、あの頃と変わらない月が輝いている。

 もっと大規模な街中では、こうもいかないだろう。


(とても遠くに来たものだ)


 時代を越えて。

 自分は今、この場所に立っている。

 そう思うと実に感慨深いことだった。

 ただ、余計な因縁もあるのだが。


(……あの道化とはここで決着をつける)


 真刃は双眸を細めた。

 まさに因果か、この時代でも対峙することになった最悪の化け物。

 さらには、あの外道を尽くす父まで存命だということだ。

 親子の情などないつもりだったが、あの日、見逃したことは痛恨だった。

 あそこで因果を断っていればとやはり思ってしまう。

 今となっては詮無きことだが。


(いま気にかけるべきことは月子だな)


 あの後、狼覇と時雫に連れられて月子は戻ってきた。

 目を赤く腫らしていたが、それ以外は変わらない。

 時雫が諭してくれたようで、月子はとても落ち着いていた。

 かなたたちは心から安堵し、燦は月子を抱きしめて大泣きした。

 真刃は、月子が眠るまでずっと傍にいた。


(時雫のおかげで心も異能も少し安定したか。だが……)


 真刃は物思いに耽る。


(月子と第漆番の因縁が消えた訳ではない。やはり憂慮すべきことだな)


 月子の傍には時雫がいた方がいい。

 やはり専属従霊の担当を考えた方がいいかも知れない。

 綾香たちにはまだ専属従霊もいない。

 それに特に悩みどころは九龍だった。

 従霊五将の一角である九龍は、真刃の乗騎を担う。

 刃鳥が代わりを務める時もあるが、速度においては九龍には遠く及ばない。

 緊急時には、やはり九龍に頼ってしまう。


 だが、そうなると九龍はエルナの護衛が出来ないということだ。

 それは大きな問題だった。

 この問題があるので、真刃はいわゆる人事異動を考えていたのだが……。


(エルナと九龍の仲は親密だ……)


 エルナはドラゴンが大好きだった。

 愛用の蒼いジャンパーには、黄金の龍が刺繍されているほどだ。

 今さら専属を変更したいと申し出れば、きっと不機嫌になるに違いない。

 どう説得したものかと、真刃が悩んでいた時だった。




「……月が綺麗ですね」




 不意に声を掛けられた。

 真刃が横を見やると、そこにはエルナがいた。

 ただ、珍しく和装だった。

 寝所用の白装束を纏っている。

 銀色の髪が月光で輝いて、とても大人びて見える。


「……ああ。そうだな」


 真刃は頷く。

 それから再び月を見やり、


「今宵はとても月が映える」


「ふふ」


 すると、エルナが微笑んだ。


「そういった意味だけじゃないです。相変わらずですね。真刃さんは」


「……? どういう意味だ?」


 真刃はエルナの方に顔を向けた。

 彼女はゆっくりと歩いてきていた。

 そこでわずかに違和感を覚える。

 エルナの歩き方にだ。


(……エルナ?)


 真刃は微かに眉をひそめた。

 エルナは体術を主体にした引導師だ。

 彼女の《天衣骸布ヴェール》は遠距離攻撃も可能だが、体術があってこその術式である。

 だからこそ真刃も体術を徹底して教え込んできた。

 その成果か、エルナの歩法は戦士のものである。流石に山岡のような達人にはまだまだ及ばないが、最近は無意識に正中線を維持するようになっていた。


 しかし、今のエルナは違う。

 明らかに素人の歩き方だ。

 真刃の前だからつい気が抜けているのか。

 そんなふうにも考えられるが、真刃には違和感の方が強かった。


「……お前は」


 真刃は直感に従って問う。


「誰だ? エルナではあるまい」


 すると、


「………え?」


 彼女・・は目を見開いて足を止めた。


「エルナとは歩法がまるで違う。とは言え、変装の類でもない。エルナのことを見誤るほどオレは愚鈍ではないつもりだ」


 真刃は彼女・・の正面に体を向けた。


「恐らくは憑依の類か。だが、悪霊でもなければ、ましてや我霊ではないな。お前からは一切の悪意ある気配を感じない。むしろ――」


 一呼吸入れて、


「エルナ自身がお前を受け入れたのか。もう一度問うぞ。お前は何者だ?」


 そう告げた。

 対し、彼女・・は両手で口元を押さえて、


「わ、私は……」


 言葉を詰まらせる。


「答えよ」


 真刃は前へと踏み出した。

 片手を伸ばし、


「エルナに害をなす気がないのは分かるが、万が一もある。返答次第では……」


 そう告げたところで足を止めた。

 彼女・・がビクッと肩を震わせたからだ。

 それから少し拗ねたような視線を向ける。

 その表情、その仕草に真刃は思わず足を止めてしまった。

 不意に脳裏に記憶がよぎる。


『も、もう! 驚かさないで! 真刃さん』


 かつて。

 真刃の些細な悪戯で驚かせてしまった少女の姿が。

 肩に虫がついている。

 そんなくだらない冗談だった。

 その時に見せた彼女・・の様子に今のエルナが重なって見えたのだ。


(―――――な)


 真刃は思わずその場で固まってしまった。

 手を伸ばしたまま沈黙が降りる。

 彼女・・は、拗ねた様子から徐々に真っ直ぐ真刃を見つめるようになった。

 そうして、


「……やっと逢えた……」


 一筋の涙を零す。


「やっと、あなたに逢えました。真刃さん……」


 彼女・・はそう告げるのであった。






 第11部〈了〉


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読者のみなさま!

本作を第11部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


しばらくは更新が止まりますが、第11部以降も基本的に別作品との執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!

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感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m



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