第五章 迫る決戦

第305話 迫る決戦①

 その夜。

 ホライゾン山崎から少し離れたビルの屋上にて。

 火緋神杠葉は電話に出ていた。


「……分かりました」


 そう答える。

 だが、その声は普段の杠葉の声ではなかった。

 ボイスチェンジャーで『御前さま』の声を作っているのだ。

 相手は火緋神家の次期当主。燦の父である巌だ。


「ええ。確かにその可能性もあります。燦たちの方は警護が充実しているようです。ならば、大門さんたちにそちらを探ってもらうのもよいでしょう。このまま警護を続けていても後手に回るだけなのも事実ですから」


 杠葉は頷く。


「判断は巌さんに任せます。ええ。体調には気をつけます。では」


 言って、通話を切った。

 杠葉は小さく息を吐いた。

 手に持ったスマホに視線を落として、


「便利な時代になったものね。いつでも連絡が取れるのは」


 そう呟く。

 現在、杠葉こと『御前さま』は軽度の体調不良のため、本邸の離れにて休養を取っていることになっている。

 無論、杠葉は健康である。

 といより、神刀と契約してから体調不良になったことはない。

 ただ、こうして行動するには『御前さま』の立場では不便なため、心配をかけて悪いとは思うが仮病を使わせてもらっているのだ。


 本邸の離れは原則的に誰も近づかせていない。

 そのため、巌は通話で連絡を取ってきたのである。

 そして、病にある『御前さま』に負担をかけてしまうと知りつつも、こうして連絡を取らざるをえないほどの事態。


 その内容は、極めて重かった。

 昨夜。とある名門が一族ごと行方不明になったらしい。

 無人となった屋敷。

 そこには明らかに争った跡と、無数の血痕だけが残っていたそうだ。

 巌は、その件が今回の燦と月子への襲撃事件と関連するのではないかと睨んでいた。

 奇しくも、その名門の跡取り娘が、燦たちと同じ学校に通っていたからだ。


 最近は行方不明となる若い引導師ボーダーも多いと聞く。

 燦たちとの因縁も考慮されていたが、実のところ、襲撃犯はそもそも誘拐を生業にする輩ではないかと巌は考えた訳だ。

 燦たちを狙ったのは、仲間が捕えられていた意趣返しだけとも考えられる、と。


(……燦たちというよりも)


 杠葉は双眸を細める。


(あの男は私の名を出していた。狙いは私なのかしら?)


 正直、情報が少なすぎた。

 そのため、大門を襲撃のあった屋敷に向かわせたいと巌は提言したのだ。

 大門の系譜術は《断眩視ラプラス》。

 対象物に式神を憑依させて、それに関連する未来の断片を読み取る術式だ。

 大門家は守護四家の一つではあるが、式神遣いとしては一級以上の実力者を多数有しているとしても、《断眩視ラプラス》を受け継ぐ者は年々減っている。

 現当主である大門紀次郎は変人だと一族全員に思われているが、《断眩視ラプラス》を色濃く継承する実に稀少な術者でもあるのだ。


 彼ならば、何か手掛かりを得られるかも知れない。


「今、燦たちのところには充分すぎるぐらいの戦力が集まっている。なら、護衛は彼らに任せて別の方面から探ってみるのも一つの手ね」


 そう呟いて、杠葉は跳躍した。

 五分後。杠葉は大門たちの待つ自動車に戻った。

 運転席の窓をノックして、車内に入る。

 車内には助手席に扇蒼火と、後部座席に篠宮瑞希がいた。

 杠葉は後部座席に座る。と、


「先程、巌さまから連絡がありましたあァ」


 大門がそう切り出し始めた。

 そうして、杠葉自身が巌から聞いた内容を語った。


「巌さまのご指示には一理ありますからねえ。久遠氏にもその旨をお伝えしましたあ。護衛は久遠氏に委託してェ、私たちはァこれからその屋敷に向かおうと思いますゥ」


 瑞希と杠葉は頷いた。

 だが、蒼火は、


「すまないが、俺はここで別行動をさせてもらいたい」


 そう告げた。

 大門は、視線を蒼火に向けた。


「どういうことでしょうかあ?」


「俺は俺で調べたいことがあるんだ」


 そう答える蒼火。

 そして助手席のドアを開けた。


「あの堕ちた引導師ボーダー。あの女がこのタイミングでこの街にいたことがやはり気になる。そちらを探りたい」


「……なるほどォ」


 大門は頷く。


「そちらにも捜索班を出していますがァ、唯一、彼女と直接の面識のあるあなたも加わった方が良さそうでしょうねェ。彼らへの連絡先は送っておきましょうゥ」


「感謝する。そして申し訳ない」


 蒼火は頭を下げた。


「だが、俺はあの女と決着をつけなければならないんだ」


「……そうですか」


 ハンドルを握ったまま、大門は言う。


「ですがあ、気を付けてくださいィ。どうも彼女は、もはやただの引導師ボーダーではなくなっているような予感がしますからァ……」


「ああ。承知している」


 言って、蒼火はドアを閉める。

 ドアの外で、蒼火は深々と大門に頭を下げた。

 大門は頷き、


「では、二人ともォ」


 杠葉たちに告げる。


「出発しますので、シートベルトを締めてくださいィ」


 そうして、自動車は進み出した。

 一人残された蒼火は、しばらくは見送っていたが、


「さて」


 拳を強く固める。


「絶対に見つけ出してやるぞ。堕ちた引導師ボーダー……」


 そう呟いて、蒼火も歩き出した。







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