第304話 ジョーカーは気まぐれに➄

 ――《死門デモンゲート》ジェイ。

 悪名の高さにおいては、彼は世界レベルでも指折りの名付き我霊ネームド・エゴスである。


 主な活動範囲は欧米。

 かの国で起こした事件は数知れず、被害は甚大だった。

 知性を取り戻した名付き我霊ネームド・エゴス。彼らは、元々はごく普通の人間だ。

 人を犯して喰らう獣の時代を経て、百年後の世界に人食いの怪物の運命を押し付けられて放り出された者たち。自分はもう怪物なのだと自身の心を騙し、同時に人の美しさに憧憬を抱くゆえに人を弄ぶ人外たちである。


 悲劇の中で輝く人の尊さが観たい。

 彼らのそんな行動理念を知る者は少ないが、闇に堕ちた者はやはり光に憧れるのか。その理念は日本国内だけでなく、世界規模においても共通の傾向があった。


 だが、例外もいるのである。

 ジェイは、生前から快楽主義の猟奇殺人者シリアルキラーであった。

 十四~十八歳ほどの活発で勝気な性格の少女を好んで誘拐し、犯してから殺す。

 凌辱の方が目的ではあったが、殺すのも愉しかった。

 少女が快楽で堕ちるのも、抗うのも心が躍った。

 特に三人目だった少女。三日三晩犯し続けても心が折れず、殺すと脅しても「くそったれのクズ野郎が」と吐き捨てられた時には、心から身震いしたものだ。

 まあ、さらに四日間ほど犯し続けると、流石に堕ちたのであっさり殺したが。


 ジェイはそれを実に十三件も繰り返した。

 そんな彼の最期は死罪……ではなく、交通事故だった。

 彼の罪とは何の関係もない純然たる事故だ。

 彼の未練とは『もっと犯したかった』『もっと殺したかった』である。


 ジェイは当然のごとく我霊に堕ちた。

 獣の百年を経てからも、あっさりとしたものだ。

 人食いの葛藤もなく、むしろ永遠の時間と自由を得たのだと喜んだほどである。


 だが、そんなジェイだからこそやりすぎた。

 なにせ、行動理念が悲劇の演出ではなく、刹那的な快楽だ。

 気分次第で気に入った女を攫って犯して殺す。時には化け物らしく喰らう。不死身の怪物と成った今、その行動は生前よりも遥かに大胆であり、無計画だった。

 たまたま街で見かけた幸せそうなカップルを二人とも攫って弄ぶこともした。人の輝きなど興味もなく、悲劇を撒き散らすのも、ただただ嬲るのが愉しいからだ。


 ジェイの悪名は、国内外問わず轟いた。

 そうしてその行動は、欧米の引導師ボーダーたちは無論のこと、同胞であるはずの名付き我霊ネームド・エゴスたちにさえも敵視されるようになった。

 これは流石にまずい。身の危険を感じたジェイはここらが潮時と感じ、国外――ネットで見たサムライやニンジャに憧れて日本へと逃亡した。

 この新天地でまた面白おかしく暮らそう。

 そう思っていた矢先のことだった。

 この国に君臨する千年我霊エゴス・ミレニアの一角と出会ったのは――。

 初めて出会った格上の存在に、ジェイは我霊になって初めて敗北した。

 だが、ジェイは殺されなかった。


『まるで狂犬であるな』


 刃の王はこう言った。


『このまま処分するのは容易いが、同胞を殺すのは忍びない。ついて来るがよい。多少のマナーの教育レッスンぐらいはしてやろう』


 千年我霊エゴス・ミレニアはジェイを受け入れてくれたのである。

 ただ、彼の妻は、えらい形相でジェイを睨みつけていたが。

 ともあれ、こうしてジェイは敬愛する叔父貴の眷属になったのだった。

 今から五年ほど前の話である。

 しかし――。


(……姉御は、俺には厳しいからなあ……)


 ファミリーレストランの一席に突っ伏して。

 ジェイは眉間にしわを寄せていた。

 これから説教を受けると思うと、本当に胃が痛い。

 だが、ここで無視をすると確実に鉄拳が飛んでくる。女を快楽の道具程度にしか思っていないジェイではあるが、自分よりも強い女ばかりは軽視もできない。

 名付き我霊ネームド・エゴスといっても所詮は女。小言ばかりで気に喰わなくて犯してやろうと襲い掛かったところ、逆にここぞとばかりに本性を剥き出しにした鉄拳ロリータに、死の直前まで殴られ続けたことはジェイにとってはトラウマである。


 流石は叔父貴。

 嫁さんまで怪物だということだ。


(……マジで怖い嫁さんだ。しかし、う~ん、嫁さん、花嫁ブライドかあ……)


 顔を上げて、注文していたアイスコーヒーをストローで啜る。

 いま、叔父貴たちは一つの事業を行っていた。

 言わば、ウエディングプランナーのような事業だ。

 とある検証と喧騒の結果、生まれた新たなる存在である番い魔バディ

 叔父貴――実際に行動しているのは主に姉御だが、有能な若い引導師ボーダーを密かに誘拐し、希望する名付き我霊ネームド・エゴスたちと引き合わせているのだ。

 番い魔バディは未知な存在ではあるが、現時点でのメリットは計り知れない。

 なにせ、自在に取り出せる魂力オド貯蔵庫タンクだ。

 リスクが不明だとしても、希望する者は多かった。

 ジェイもまたその一人である。


 彼の術式は《死門デモンゲート》――死体操作だ。

 その本質は、殺した相手の魂を死体に括りつけて疑似的な我霊エゴスを生み出すモノ。そのため、魂力は死体自身のモノを使う。すでに死んでいるため、魂力が自然回復することはないが、そこは共食いなどをさせて補充させている。

 そして、普段は異空間に保管しているため、徐々に消費することもない。

 ある意味、ジェイの術式は循環されたシステムだった。

 しかしながら、ジェイ自身は、食い続けなければ、どれほど魂力を蓄えても徐々に消費していくという我霊エゴスの宿命から逃れられている訳ではない。

 いざという時のための自分専用の貯蔵庫タンクは、絶対に手に入れておきたかった。


 だがしかし。

 切望するだけに、それを他人に用意されるのは叔父貴であっても気に入らないのだ。

 なにせ、実質的な花嫁ブライド――ジェイの感覚では永久に使いまわす奴隷――なのだ。

 どうせなら探すところから自分で始めたいのである。

 そのため、こっそりと動いていたつもりだったのが……。


「……姉御は勘が良すぎるんだよなあ」


 思わず愚痴が零れる。

 ジェイは窓から店外の様子を窺った。

 まだ姉御の姿はない。もしかしたらすでに店内にいるのかも知れない。

 ジェイは店内にも目をやる。と、


(………ん?)


 ふと、テーブルの一つに視線が止まった。

 この時間帯には珍しい学生たちだ。

 全員が少女。揃って白い制服を着ている。


(お。あいつは……)


 ソファーの間に座る少女が目に映る。

 スマホを取り出して確認する。先程、次の候補にと考えていた少女だ。


(おお~、こんな所で会うのかよ)


 ジェイは目を丸くして、少し運命的なモノを感じた。

 もしかしたら、今度こそ当たりかもしれない。

 が、すぐにかぶりを振って、


(……いや、違うか)


 そう考え直す。

 なにせ、これから説教を受けるのだ。しばらくは自粛を強制されることになる。そんな謹慎中の身で、流石にあの女の家を襲撃する訳にもいかないだろう。


(むしろお預けってことかよ……)


 ちらりと少女を見やる。

 今は何故か緊張しているように見えるが、実に気の強そうな女だ。

 そしてスタイルも抜群である。昨夜の女よりもずっと格上だ。

 健康的な肌。武に真っ直ぐに打ち込んできた者だけが放つ雰囲気。

 ますますもって、自分好みの女だった。

 他の二人の少女も美貌では相当なモノだが、やはり真ん中の女に目が行く。

 快楽殺人鬼の食指が、今にも動きそうである。


(ああ~、くそッ!)


 それだけに腹が立ってくる。

 これも姉御の罰だろうか、と考えていた時だった。

 ジェイが圧倒的な衝撃を受けたのは――。

 すうっ、と。

 ジェイの前を一人の女が横切ったのである。

 暗青色ダークブルーの上下一体型のレギンスと、同色のハーフコートを纏った女だ。

 そのスタイルと美貌に、ジェイは目を奪われた。

 我知らず視線で追うと、その女は少女たちの席へと行き、彼女たちの前に座った。


 どうやら知り合いのようだ。

 真ん中の少女が、さらに緊張した顔を見せた。


(ありゃあ姉妹か!)


 ジェイはそう判断した。

 彼女たちは何やら話し込んでいる。

 ジェイはずっとその様子を窺っていた。

 正確には、レギンス女を凝視していた。

 見れば見るほどに良い女だ。

 美貌、スタイルに関しては妹の方もそうは劣ってはいないのだが、姉の方は仕草の一つ一つが洗練されていて、まるで清流でも見ているようだった。


 ――穢してみたい。

 心の底からそう思った。


(今すぐ攫いてえええええッ!)


 大声で叫びたかった。

 どうせなら妹の方もだ。

 姉妹揃ってグッチャグチャに犯して殺してやりかった。


(……いやいや、殺しちゃダメだろ)


 ジェイはかぶりを振って、興奮で血走り始めた双眸で姉の方を見やる。

 ――そう。あの女こそ自分の番い魔バディに相応しい。

 それに妹の方も良い。どうせなら妹も番い魔バディにする。

 そう言えば、番い魔バディが一人だけとは誰も検証していなかった。

 むしろ《魂結び》が要因となる変貌ならば複数でも可能なはずだ。


(こいつは運命だ。だが、落ち着けよ。俺)


 ジェイは大きく息を吐いた。

 この後、姉御から説教を受けて、恐らく自粛を求められる。

 だが、そこでどうにか交渉して、あと一度だけ目を瞑ってもらうのだ。

 仮に姉御が許可してくれなくても、叔父貴に真摯に頼めば許してくれるはずだ。

 とにかく、今は説得するしかない。

 運命の女たちをようやく見つけたのだと。


(早く来てくれよ。姉御……)


 今にも跳びかかりたい獲物を前に、ジェイは我慢をする。

 だが、一向に姉御は来ない。


(………チィ)


 強く腕を組む。

 一分待った。

 しかし、まだ来ない。足が小刻みに震え始めた。

 さらに二分待った。

 まだ来ない。

 来る気配が全くない。


(ああ! もう我慢できねえ!)


 ここらがジェイの限界だった。

 ジェイは勢いよく席から立ち上がった。


(ここまで遅れる姉御が悪いんだからな!)


 そう責任転嫁をして、ジェイは歩き出した。

 そうして、


「……やあ。綺麗なお嬢さんたち」


 ジェイは、麗しき獲物たちに声を掛けた。


「もしかして女子会かい? 楽しそうだ。俺も混ぜてくれるかな?」













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