第303話 ジョーカーは気まぐれに④
「さて。『私』の話は主に二つだ」
少女たちに対し、早速、桜華は話を切り出してきた。
彼女の前には注文したばかりのホットコーヒーが香りを立てている。
「一つはいくつかの確認と伝言だな。まずは久遠について。調べさせてもらったが、刀歌、そしてお前たちも。皆あいつの隷者なのだな」
その問いかけに、エルナたち三人は顔を見合わせた。
そして刀歌が代表して「は、はい」と答えた。
「まだ第一段階ですが、三人ともです」
「……そうか」
桜華は一拍の間を空けてそう呟いた。
『お。アハハ、桜華ちゃん。今ちょっとだけホッとしたよね。妹さんたちが旦那さんとまだエッチまでしてなくて』
「……黙れ」
桜華は自分の耳の
「……私からもお聞きしてもよろしいでしょうか?」
かなたが言う。
「『久遠』を名乗っていることで察することも出来ますが、確認しておきたいのです。あなたは今でも真刃さまのことを愛されているのですか?」
一拍おいて、
「――百二十年以上も生きられた今でも」
『へ? 百二十年?』
ホマレがキョトンとした声を上げた。
「……
今度は、刀歌があえてそう呼ぶ。
「それは私も知りたいです。お教え願えますか?」
エルナも桜華を見据える。
『へ? どういうこと?』
と、ホマレが困惑しているが、今は置いておく。
少女たちの真剣な眼差しに、桜華は小さく嘆息した。
「……愛や恋などに心を動かされるには『私』は長く生きすぎた」
そう切り出した。
「そもそも、お前たちは勘違いしているようだが、『私』とあいつの間にあるのは恋慕や思慕といったモノではない。『私』が『久遠』を名乗るのは、かつては復讐のためだった。だが、それがなくなった今は、超えるべき相手の名を忘れないためだ」
一拍おいて、
「若き日、『私』はあいつに一度も勝ったことがなかった」
遠い日を思い出すように双眸を細める。
「当時の『私』は女であることを隠すと同時に武芸に明け暮れていた。だが、どれほど修練を積もうともあいつに一度も勝つことが出来なかったのだ……」
エルナたちは静か傾聴していた。
空気を読んで、ホマレさえも沈黙している。
「屈辱だった。あいつの力の前では『私』の技は無意味なのか。いつもそう考えていた」
これは嘘ではない。
彼女には、剣士としての誇りが常にあった。
「そんな無念を抱きつつ、死を求めて龍泉の地に降り立った時、『私』は思いがけずに若さを取り戻した。最盛期の肉体をだ」
「……龍泉、ですか?」
刀歌が眉根を寄せて反芻する。
「あの龍穴の一種の?」
「ああ」桜華は頷く。
「『私』は自分の魂力を龍泉に注ぎ、すべてを溶解させる液体に変えた。そして、その泉で長き人生に終止符を打つつもりだったのだが……」
そこで、小さく嘆息する。
「『私』には龍泉に対する適性があったようだ。消えるどころか、逆に老いた肉体に莫大な魂力が流れ込んで、結果、この姿に戻った訳だ」
桜華の説明に、エルナたちは目を丸くしていた。
声には出していないが、専属従霊たち、ホマレも驚いている。
「今の『私』は龍泉の巫女だ。あらゆる負傷は即座に回復し、恐らくこの星が存在する限り老いることもないのだろうな……」
「え? では、ひいお婆さまはずっとそのお姿なのですか?」
これから何年経っても?
と、刀歌が目を瞬かせて尋ねる。
「桜華師と呼べ」
苦笑しつつも、桜華は答えた。
「常時供給される魂力は断つことも出来る。望めば普通に老いることも出来るだろうが、全力を出すと、恐らく最盛期の肉体に戻ることになるだろうな」
そんなとんでもないことを言い放った。
エルナたちは言葉もない。
目の前の美女は、想像以上に特殊な存在のようだ。
「いずれにせよ『私』は最盛期さえも大きく超えるほどの力を得た。その上であの頃と同じ姿のあいつが現れた。かつて届かなかった
コーヒーカップを手に取って、桜華は微笑む。
「挑まずにはいられないだろう?」
「「「……………」」」
エルナたちは沈黙する。
桜華はコーヒーの香りを堪能しつつ言葉を続ける。
「……結局のところ、『私』を突き動かすのは百二十年かけて磨き上げたこの技で、今度こそあいつに勝ちたいという老人の妄執なのだろうな」
エルナたちは未だ沈黙するが、不意にお互いの顔を見合わせた。
そして、
「桜華さん」
エルナが代表して言う。
自分の豊かな胸元に片手を当てて、
「私たち。かなたも刀歌もですけど。確かに《
――ピタリと。
桜華の動きが止まった。
そしてぎこちなく顔を上げて、
「………え? き、きす? せっぷん?」
「はい。そうとも言います」
エルナは頷いて告げる。
桜華のコーヒーカップが小刻みに震え始めた。
「そ、そんな、刀歌まで? じ、
「いやいや。当時、桜華さんっていわゆる男装をしてたんでしょう? 真刃さんは桜華さんを男性で友人だと思っていたそうだし、してたら変でしょう」
そこでエルナは一拍おいて、
「ちなみに、私たちの中では六炉さんと芽衣さんがエッチまでしてますよ」
そう告げた。
桜華は目を見開いたまま、完全にフリーズした。
そしてエルナとかなた、そして弟子である刀歌がまじまじと見つめる中、
――カチャリ、と。
桜華はコーヒーカップをソーサーの上に置いた。
次いで、内股に少し寄せた膝の上に両の拳を乗せると、
「……………」
眉を少しだけ上げて頬を微かに膨らませた。
恐らくは無意識の仕草である。
だが、それだけに本心の表れでもあった。
エルナたちは、そんな遥か年上の彼女をしばし観察していたが、
「(……エルナさま。刀歌さん。この人は……)」
「(うん。色々カッコいいこと言ってたけど、やっぱり百年経った今でも真刃さんのことが大好きなんだわ。うわあ、なに? この愛らしいお婆さまは……)」
「(ふ、複雑だ……あれだけ厳しかった桜華師が凄く可愛く見える……)」
と、コソコソと囁き合う。
ちなみにホマレは、やはり画像を撮りまくっている。
「ともかくです」
そんな中、かなたがコホンと喉を鳴らして、
「あなたの望みは真刃さまと試合をしたいということなのでしょうか?」
「う、うむ」
桜華は姿勢を戻して首肯する。
「正確に言えば、試合ではなく決闘だ。要は《魂結びの儀》だな」
「「「………………」」」
エルナとかなたと刀歌。
少女たちは揃ってジト目になった。
語るに落ちたなという意志をありありと浮かべている。
そして同時に確信もした。
これはもう漆妃確定であると。
「う、うむ。そこでだな。お前たちには伝言も頼みたいのだ。あいつとの果たし合いの日時と場所だ。それをあいつに伝えて――」
桜華がそう告げかけた時だった。
不意に彼女が一切の感情を消して、真横に目をやったのだ。
エルナたちもつられて、そちらに目をやった。
すると、
「……やあ。綺麗なお嬢さんたち」
にこやかに声を掛けられる。
「もしかして女子会かい? 楽しそうだ。俺も混ぜてくれるかな?」
人懐っこい陽気な笑顔でそう告げて。
桜華たちのテーブルに片手を乗せたのは、金髪碧眼の青年だった――。
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