第156話 バケモノ談義⑦

「……貴様たちは」


 ギリ、と歯を軋ませて真刃が言う。


「最悪だ。老害、晩節を汚すどころの話ではない……」


 珍しく本気の嫌悪と怒りを、真刃は抱いていた。

 ズズズズ……。

 黒龍――九龍が、巨大な龍頭を、真刃に近づける。


『アルジ。コイツ。灼イテ、イイカ?』


 拙くではあるが、初めて言葉を紡いだ。

 次いで、ゴロゴロッと牙の間から雷の息を零した。

 他の五将たちも表情を変化させる。

 時雫は眦を上げて、狼覇、赫獅子は一歩前に踏み出した。

 山頂を埋め尽くす従霊たちもまた輝きを増す。と、


 ――シャリン。

 とても、澄んだ音が響く。

 猿忌が持つ槍の鈴の音である。

 猿忌は、静かに石突きを地に打ち下ろしていた。


『静まれ』


 従霊の長は言う。


『主の話は、まだ終わっておらぬ』


「……その通りだ」


 真刃が、怒気を吐き出すように口を開いた。

 足を組み直して、刃の玉座に立つ餓者髑髏を見据える。


「道化よ」


 淡々とした声で問う。


「貴様らの在り様は理解した。ならば、今回の騒動とは、貴様が化け物を演じるためだけの茶番劇だったということか?」


 確信を抱いての問いだったが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「フハハ。それはいささか違う」


 餓者髑髏は、否定した。

 真刃は「なに?」と眉をひそめた。


「ここまで語ったのは、我々の成り立ち。ここより語るのは我々の行動理念だ」


 そう告げて、餓者髑髏は、再び刃の玉座に腰を降ろした。


「……行動理念だと?」


 真刃が反芻すると、


「元々、君は名付きの我霊の理念を訊きたかったのだろう?」


 餓者髑髏が肩を竦めてそう告げる。

 真刃は不快そうに眉をしかめるが、


「いいだろう。聞いてやろう」


 指を組んで、道化紳士を見据えた。


「語った通り、我々は化け物を演じる者だ」


「…………」


 真刃は、宣言通り聞き手となる。


「先程も言ったが、かつては只人であっても、長く演じていれば、人を踏みにじることも苦でなくなる。むしろ愉悦を感じるようになる。悲劇を演出するのが愉しくなるのだ。従って、それが目的であるとも言える。だが、そうして過ごす内に、ふと気付くのだよ。欺瞞だらけの我々の心を、愉悦以上に大きく震わせてくれる光景があることに」


 一拍おいて、


「吾輩は永く生きてきた。人の営みひすとりーを。数々の時代をずっと観てきたのだ。思い返せば、その光景には、幾度となく遭遇してきていた」


 遠い目をする。


「それは、飢えから子を救うために自ら死を選んだ母親。それは、弟のために刃の前に身を投げ出した姉。領民のために、自ら死地へと赴いた藩主もいた」


 餓者髑髏は身を乗り出し、両手を重ねて強く固めた。


「人を想い、人の為に動く者たち。純粋に美しいと思ったよ。素晴らしいと感じた。吾輩は気付いたよ。これこそが、吾輩が捨ててしまった尊き人の輝きなのだと」


 そう告げた時。

 ――ふっ、と。

 宙空に、四つの光景が映し出された。

 真刃が目をやる。

 それは、黒田信二たち、金堂岳士たちの奮闘する光景だった。

 四組中、二組が戦闘に入っている。

 特に金堂岳士の組は、三等級に当たってしまったようで苦戦をしている。

 どの組も、まだ犠牲者はいない。互いを支え合って懸命に戦っていた。


素晴らしいえくせれんと


 パチパチパチ、と。

 餓者髑髏は、彼らに拍手を贈る。


「彼らはこの苦境であっても伴侶を見捨てない。仲間を裏切らない」


 そう呟いて、憧憬にも似た眼差しを見せる。


「……お前は何を言いたい?」


 真刃は、金堂岳士たちの奮闘を見やりつつ、空も見上げた。

 そこには、九つの輝きがある。御影が九体の我霊を倒した証だ。


「戦況は彼らに有利にある。恐らく、彼らの勝利で終わるだろう」


「ふむ。そうだね」


「……お前は」


 ますますもって、真刃は眉をひそめる。


「自身の勝利を望んでいないのか?」


「うむ。それ自体は、実はどうでも良いことなのだよ」


 餓者髑髏は、苦笑を浮かべた。


「それは、目的でないからね。吾輩の目的は――」


 そこで「ほう」と、光景の一つに目をやった。

 それは、金堂岳士の組だった。苦戦しているところに新たな我霊が現れたのだ。

 真刃は、表情を険しくした。これは非常にまずい事態だった。金堂岳士たちはすでに限界だった。負傷者もいる。ここで新手は耐え切れない。

 そう感じた時だった。

 突如、新たに現れた長い髪の我霊が、鱗を持つ我霊の首元に噛みついたのだ。

 金堂たちも驚いた顔をしている。長い髪の我霊は、金堂たちには見向きもせず、暴れる鱗の我霊に喰らいついている。

 我霊同士で共食いはあり得る話だ。

 しかし、目の前に人間がいるというのに、見向きもしないとは――。


「――おお、実にべりー素晴らしいえくせれんと!」


 その時、餓者髑髏が声を張り上げた。

 立ち上がり、興奮した面持ちで盛大な拍手を贈っている。


「………貴様?」


 真刃は、訝し気に眉根を寄せた。


「これだ!」


 餓者髑髏は、天に向かって叫んだ。


「これこそが、吾輩の見たかったモノなのだよ! 見たまえ! 久遠君!」


 真刃の名を呼び、長い髪の我霊に手を向けた。


「彼女にはすでに生前の人格も記憶もない! 思考も明瞭ではないだろう! しかし、それでも分かるのだよ! 彼らが死んだ自分の伴侶の仲間なのだと!」


「……なん、だと?」


 真刃は、大きく目を見開いた。

 そして怒りの表情で、餓者髑髏を睨み据える。


「……貴様……まさか捕えた女たちを……」


「ふふ。まあ、堕としたくて堕とした訳ではないがね」


 餓者髑髏は、金堂岳士たちの組に見入りつつ、そう答える。


「死してなお消えない想い。人の想いとは強い。吾輩は――吾輩たちは、自分が捨ててしまったその尊き輝きを見たくて、こうして舞台すてーじを創り出すのだ」


 両腕を広げて、かつて人間だった男は語る。


「愛。哀。逢。それらは悲劇の中でこそより輝く。星が夜の闇の中で輝くように。化け物を演じ続けてきた吾輩たちは、いつしか、その輝きに魅了されていたのだ」


 その時。

 元々の地力の差か、長い髪の我霊は、鱗の我霊に首を掴まれ、引き剥がされた。

 そして――。


「人の心とは美しい。あえて悲劇の舞台すてーじを創り上げて、その輝きを観ること。それこそが、吾輩たちの目的なのだよ」


 餓者髑髏がそう呟くと同時に、長い髪の我霊は、口元から無残に引き裂かれた。

 長い髪の我霊は、ガクンと膝を突き、そのまま倒れ込んだ。

 その姿に、餓者髑髏は静かに一礼をした。


「それが……」


 真刃は鋭い眼差しで、餓者髑髏を睨み据えた。

 主の怒りに呼応するように、精霊の園も光り輝いていた。


「貴様らの行動理念。在り様ということか」


その通りだいえす


 餓者髑髏は、ニカッと笑う。


「ゆえに勝敗自体はどうでも良いのだ。幸せな結末はっぴーえんども、不幸な結末ばっどえんども、吾輩にとっては等しく望むモノだからね。苦難を乗り越え、愛する者と再会という結果もまた素晴らしい」


 ふふっ、と鼻を鳴らす。


「それに愛する者といえば、君も気になるのは、やはり奥方の方ではないかね?」


 言って、指を鳴らした。

 途端、五つ目の光景が、夜空に空間に映し出された。

 そこには、対峙する二人の女性の姿があった。

 久遠桜華と、エリーゼである。

 すでに戦闘は始まっているようで、エリーゼは膨大な触舌を解き放っていた。


「こればかりは、吾輩の思惑しなりお外の演出だ」


 餓者髑髏は苦笑と共に告げる。


「当然ながら、こちらの方の結末は気になるよ。吾輩にとっての不幸な結末ばっどえんどなど、断じて御免だからね。さて。久遠君」


 再び、刃の玉座に腰を降ろして足を組む。


「お互いに、愛する妻に声援でも贈ろうではないか」


 そう告げた時だった。

 桜華とエリーゼ。二人の戦闘に大きな変化があったのは。

 餓者髑髏と、真刃はそれを見やり、


「……これは」「なに?」


 刃と、龍体の玉座に座る二人の王は、大きく驚くのだった。

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