第327話 想いの寄る辺③

「………………は?」


 その光景を前にして、ジェイは唖然としていた。

 眼前に映し出したモニター。

 そこに映る死人どもが、次々と倒れ込んでいるのだ。

 完全に操作不能。糸が切れてしまっている。

 もちろん、ジェイが術を解除した訳ではない。

 死人どもは勝手に倒れていた。胸部からは青白い鬼火が抜けて、その多くが天へと昇り、一割ほどがどこかに向かって飛翔している。


「おいッ! どういうことだッ!」


 ジェイがモニターを操作して鬼火の向かう先に映像を移した。

 そして、そこに映った存在は――。


「……なんだ、こりゃあ……」


 茫然とする。

 そこにいたのは、途方もなく巨大な灼岩の魔獣だった。

 火の息を零して港湾区にて君臨している。

 鬼火たちは、その巨獣の元へと集っていた。


「……くそッ!」


 ジェイは手を突き出して、死人どもに干渉する。

 しかし、隔絶している封宮内の死人どもはともかく、結界領域内の死人どもには全く干渉できなかった。


「くそッ! どういうこった!」


 ジェイが舌打ちをする。と、




「なに。簡単シンプルな話だよ」




 不意に背後から声を掛けられる。

 ジェイがハッとして振り返ると、そこには一人の小柄な紳士がいた。

 明るい茶色の紳士服スーツと、同色の胴着ベスト。左目には片眼鏡モノクルを付け、鍔の広い円塔帽子シルクハットを被っている紳士だ。手にはステッキを持ち、天を突く髭を片手で弄っている。


 ――《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》。


 ジェイの主がそこにいた。


「お、叔父貴……」


 ジェイはその場で片膝をつく。


「……すまねえ。叔父貴に迷惑をかける気は……」


「ああ。分かっておるよ」


 餓者髑髏は苦笑を零した。


「君にも相応の理由があったのだろう。だが、いささか以上にアバウトだね。エリーは不機嫌になるだろうな。吾輩はエリーが君をあまり叱らないように宥めに来たのだが……」


 そこで双眸を細める。


「まさか、このような光景シーンを見ることになるとはな」


「……叔父貴」


 ジェイは主に尋ねる。


「こいつは一体どういう状況なんだ? 俺の術が全く効かねえ。訳が分かんねえよ」


 と、言っている内に、唯一制御下にあった封宮の一つが破られたことを感じた。

 御影刀歌を捕らえてあった封宮である。

 あの巨獣の影響ではない。

 どうやら中の封宮師が無力化されて解除されたようだ。


(嘘だろ……あれだけの数の駒があんな小娘一人に負けたのかよ)


 内心で舌打ちする。と、


「君の術が効かないのは簡単シンプルな理由だよ」


 餓者髑髏が答える。


「君も知識としては知っているだろう。一つの対象に同じ系統の術をかけた場合、主に二つの現象が起こり得ると」


 一拍おいて、


「一つは先着順。ほぼ同じ術式の場合には先にかけた術が優先される。もう一つは似て非なる術式。類似した術の場合だ」


 餓者髑髏は髭を撫でる。


「その場合は単純シンプルな力比べになる。要は彼との力比べに君は負けたのだよ」


「………な」


 ジェイは目を見開いた。

 次いで、巨獣の映るモニターを見やる。


「じゃあ、あれは我霊エゴスっすか? 俺ら以外の名付きネームドがここにいたと?」


「いや、彼は我霊エゴスではない」


 餓者髑髏もモニターを見やり、そう呟く。


「遥か遠き日に吾輩はあれと同じモノを見ている。まさか、再びこの目にする日が来ようとは思ってはいなかったが……」


「……叔父貴?」


 ジェイが眉根を寄せた。

 一方、餓者髑髏は苦笑を浮かべた。


「彼の子孫か? だが、あそこまで強く力が引き継げるのか? いずれにせよ、ジェイ。君の舞台ステージは破綻してしまったようだ」


「………く」


 ジェイは歯を軋ませた。

 餓者髑髏はコツンとステッキをつく。


「本来ならば、ここらが退き際であろうな。これ以上は損失デメリットだけだ。だが、ジェイ。君には悪いが、少々吾輩の我儘を通させてくれまいか」


 言って、パチンと鳴らす。

 直後、ビルの屋上のフロアから銀色の刃が突き出して玉座と成った。

 餓者髑髏は刃の玉座に腰をかける。


「我儘っすか? 叔父貴が?」


 ジェイが怪訝そうに眉をひそめる。


「まあ、叔父貴の頼みでしたら、俺はどんなことでも応えるつもりですが……」


「ふふ、感謝するよサンクス。ジェイ」


 餓者髑髏は双眸を細めた。


「ならば、しばし撤退は待ってくれ。なにせ、実に興味深い状況シチュエーションだ。吾輩としてはもうしばしこれを見物したいのだよ」


 言って、モニターに映る灼岩の巨獣を見据えた。


「はてさて彼が何者なのか。君も興味はないかね。ジェイ」



       ◆



 同時刻。

 この状況に興味を抱いていたのは、刃の王だけではなかった。

 とあるホテルの一室。

 ソファーに腰を降ろして、その老人は窓に目をやっていた。

 正確には、大きな窓を通して見えるその光景にだ。


「…………」


 老人は無言だった。

 老人の傍らには二人の人物が控えている。

 白い制服を着た少年と、紫色の制服を着た少女だ。

 彼らの足元には、十体ほどの死体が横たわっていた。

 ここに襲撃を仕掛けてきた死人である。

 すべて、少年少女の手で斬り捨てられていた。

 ややあって、


「……ふん」


 老人――久遠刃衛は鼻を鳴らした。

 海辺が遠方に見える光景。

 そこには異形の存在が顕現していた。

 かつて栄華を誇った帝都にて老人も目にした怪物である。


「騒々しい夜かと思えば、よもやあれ・・を再び目にするとはな」


 あごに手をやって呟く。


あれ・・の血が今代まで継がれていたということか。しかし、母体は誰だ? 大門の娘か? 火緋神の娘か? いや、二人とも子を成したという話は聞いておらぬ――」


 そこで紫色の少女に目をやる。


「ならば御影の娘か? 男装してまで軍に身を置いておったあの娘もあれ・・のお気に入りだったと聞く。任務の傍らに手籠めにして孕ませておったのか?」


 一拍おいて、


「だとすれば、お前をわざわざ造る必要はなかったか。影刃かげはよ」


「……破棄するの?」


 影刃と呼ばれた少女が言う。


あーしがいらないのなら処分するけど?」


 彼女は、自分の喉元に手刀を向けた。

 指先から、ボボボと紫色の炎が噴き出した。


「処分せずともよい。『至刃しじんじん』。『破刃瓢濫はじんひょうらん』。『白数刃しらかずは百重びゃくえ』。『影刃かげは』。数多なる作品を造れども、ここ五十年ほどで小生が銘を与えたのはその四振りのみだ」


 刃衛は双眸を細めた。


「お前にはお前の使用目的レーゾンデートルがある。お前はそのために存在し続ければよい」


「了解」


 ポツリとそう返す少女。

 刃衛は再び巨獣に目をやった。


「『久遠くどう真刃しんは王儀おうぎ』よ」


 略称ではなく、かつて自分が与えてやった真銘で呼ぶ。

 彼にとっては、まさしく始まりの一振りだった。

 刃衛は指先を組んだ。

 そして、


「破壊においては小生の作の中でも無二の傑作。されど大いなる欠陥品よ。貴様の残滓、どれほどのモノか見せてもらおうか」


 そう告げて、彼もまた傍観するのであった。








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