エピローグ

第246話 エピローグ

 その日。フォスター邸のリビングにて。

 五人の妃たちは勢揃いしていた。

 山岡と瑞希の姿もそこにある。

 妃たちはローテーブルを中心に集まっていた。

 テーブルの上にノートPCを置いて、正座した月子がマウスを動かして作業している。それをエルナたちが覗き込んでいる状況だ。


「……はい」


 カチリ、とマウスが鳴った。


「これでたぶん準備セッティングは出来ました」


 月子が振り向いて言う。

「おお」と燦と刀歌が感嘆した。


「こんなに簡単に出来てしまうのか。これがZ世代なのか……」


「うん、凄い。流石は月子。これがZ世代かあ……」


『いやいやいや。刀歌ちゃんも充分その世代なんだけど? 燦ちゃんなんて月子ちゃんと同い年じゃない』


 と、リボンの蝶花がツッコんだ。


「あはは」


 キッチンの方で瑞希が笑った。

 そこでは食卓ダイニングテーブルに瑞希が座ってノートPCを触り、それを山岡が見ていた。


「デジタル世代でも普通に使うのと準備セッティングはまた違うからね」


 続けてそう告げる瑞希。

 デジタルの奥深さは電脳系の引導師である彼女はよく知っていた。


「私もそこまで得意じゃないですけど……」


 月子は苦笑を見せた。


「これで向こうのPCと繋がったはずです」


 そう告げて、マウスをクリックする。

 すると新たなウィンドウが開き、数秒ほどでどこかの部屋の映像が映し出された。

 寝室だろうか、画面の端に書棚やベッドの縁、奥にはドアが見える。


「……誰もいませんね」


 かなたが表情を変えずに言う。

 まあ、目的の人物がいなくて内心ではがっかりしていたが。


「まだ約束の時間には少し早いしね。真刃さん、まだ留守みたいね」


 と、エルナがノートPCの時間を見て呟く。

 今日は初めてWEB会議をセッティングしてみたのだ。

 先日の悪魔デビルの訪問。

 その件はすでに真刃に伝えてある。真刃としてはすぐに戻りたいそうなのだが、どうも極めて多忙な状況であるらしく、報告から三日経った今でもまだ帰れないそうだ。そのため、せめて無事な顔を確認したいということで金羊が提案したのである。

 そうして今回のセッティングとなった訳だ。ただ、これだけデジタル世代がいても、実のところPCを所有していて、なおかつ得意な人間は月子と瑞希だけだった。

 結果、月子のPCに妃たちが集まり、瑞希のPCは山岡と共有することになった。


「あと五分ぐらいですね」


 と、月子が呟いた時。


『あ! 月子ちゃんっスか!』


 不意に相手の画面に金羊のイラストがポップアップした。


「金羊さん!」


 月子はポンと手を打った。

 金羊はニカっと笑う。


『元気そうで何よりっス! もうじきご主人も来る――』


 と、言いかけた時だった。

 ――ガチャリと。

 唐突に奥のドアが開かれたのである。

 妃たちは一瞬待ち人かとドキリとしたが、入ってきたのは女性だった。

 それもとんでもない美女だ。白銀の髪が美しく、抜群の肢体にノースリーブ型の黒い拘束衣のような服を着ている女性である。

 だが、知らない人物だった。


「え? 誰?」


 エルナがそう呟くと、その声が彼女に届いたようだった。

 おもむろに近づいてきてPCの画面を覗き込み、


『……女の子? 金羊? これは?』


 と、尋ねてきた。


「……うっ」


 その時、思わず燦が頬を引きつらせた。向こう側の女性が顔を上げたため、たゆんっと大きく揺れる豊かな双丘で画面の半分ほどが埋められたのだ。

 同じくWEBを繋げていた瑞希も「……ぬあァ」と呻いていた。


『これはWEB会議っスよ。ムロちゃん』


『……ウェ? よく分からない』


『えっと、テレビ電話なら分かるっスか?』


『うん。それなら何となく分かる』


 彼女はそう答えると、再び画面を覗き込んできた。

 幻想じみた美貌のアップに、さしもの妃たちも息を呑んだ。

 すると、


『もしかしてこの子たち、真刃の妃?』


 彼女がそう呟いた。対し金羊が『そうっス』と答える。


『そうなんだ。ならムロも挨拶しないと』


 言って、彼女は少し離れてVサインを見せた。

 そして、


『初めまして。ムロは陸妃のムロ。よろしく』


 ……………………………………。

 ……………………………。

 ……数瞬の沈黙。

 妃たちは凍結フリーズしていた。

 が、ややあって、


「「「――陸妃!?」」」


 妃たちは全く同時に再起動して叫んだ。

 あまりの声量に陸妃を名乗る女性がビクッと肩を震わせるほどだ。


「金羊! どういうこと!」


 エルナが問い質す。


「陸妃って何よ! そんな話、全然聞いてないわよ! そもそもなんで『陸』なの! 『伍』はどこに行ったのよ!」


『え、えっと、ムロちゃんは六番に拘りがあるみたいで伍妃はまだ空席になるんスけど、たぶん順番的には芽衣ちゃんが……』


 と、金羊がしどろもどろに答えようとした時だった。

 さらに事態は混乱へと突き進む。


『シィくゥ――んッ!』


 いきなりドアが勢いよく開いたのである。

 エルナたちはギョッとして視線をドアへと向ける。

 そこにいたのもやはり美女だった。

 ふわりとした長い栗色の髪に大きな瞳。灰色の隊服らしき衣装を着ているが、そのスタイルは陸妃を名乗る女性にも劣らない。


『あれェ? シィくんいないのォ』


 女性はキョロキョロと室内を見渡していた。

 それから白銀の髪の女性に気付き、


『むむ。ムロちゃん。また来てたんだ』


『それは当然』


 白銀の髪の女性が言う。


『ムロは真刃の妃なのだから』


『むむむ! それは――あれ?』


 その時、隊服の女性が、PCが起動していることに気付いたようだ。

 近づいてきて覗き込んでくる。


『あっ。もしかしてこの子たちってシィくんの?』


『うん。そう』


 そう答えたのは白銀の髪の女性だ。

 すると、隊服の女性が『うん! なるほど!』と大きく頷き、


『初めまして! ウチは芽衣! シィくんの愛人兼近衛隊の隊長さんだよっ!』


 ビシッと敬礼してそう名乗った。

 再び妃たちは凍り付いた。

 ――シィくん。

 聞きなれない名前だが、誰のことなのかは直感で察していた。


『色々理由があって今はまだ妃にはなってないけど、いずれなるのでよろっ!』


『……む』


 すると、白銀の髪の女性が不満そうな声を零した。


『前から言おうと思ってた。芽衣はまだ真刃の妃じゃない。部下なのに真刃に甘えすぎ。もう少し自重すべき』


 そう指摘すると、芽衣と名乗った女性は体を起こした。

 燦が「ひぎゃっ!?」と声を震わせた。

 画面のほとんどが自分とは格の違う二つのおっぱいさまに埋め尽くされたのだ。

 それらは正面から衝突していた。


『へへーんっ! ウチはまだ妃じゃないけど妃同等の「寵愛権」は持ってるもんね!』


『むむ。それは過分な権利。妃に昇格するまで取り上げるべき』


 そんなやり取りの声だけが聞こえる。

 妃たちからどんどん表情が消え始める。

 傍観することしかできない瑞希は青ざめ、山岡は「むむゥ」と唸っていた。


『え、えっとッ!』


 その時、金羊が叫んだ。


『ちょ、ちょっと今は立て込んでいるっス! とりあえず会議は改めるっス!』


 そう告げて、強制的にウィンドウを閉じた。

 残されたのは無表情となった妃たちと、蒼白な瑞希。滅多に見せない強張った顔をする山岡だけだった。ちなみに従霊たちもその場にはいるのだが、赤蛇、蝶花も含めてここで言葉を発することができるような猛者はいなかった。

 沈黙が続く。

 と、不意にかなたがスマホを取り出した。

 何やら操作をし、妃の長であるエルナに告げる。


「今日の十二時で新幹線の予約が取れました」


「……そう」


 エルナはゆらりと動いた。

 刀歌もかなたも。燦も月子も動き出す。


「じゃあ行きましょうか。強欲都市グリードへ」


 そう宣言する。


 しかし、結局、今回、エルナたちが強欲都市グリードへ行くことはなかった。

『ヤバいっス! とにかくヤバいっス!』と連呼する金羊に流石に危機感を抱いた真刃が一旦代行者の綾香にすべてを任せて大急ぎで戻ってきたからだ。

 まあ、その際に当然のごとく六炉と芽衣も付いて来たので、エルナたちにもの凄いお説教を喰らうことになるのだが、それはもう仕方がない話だった。


 こうして真刃の初の出張は終わったのである。

 西の魔都にて新組織を立ち上げてキングとなり、一人はまだ候補だが妃を二人も連れ帰るという結果を残して。

 かの地はいずれ真刃にとって大きな拠点ともなるのだが、それは後の話だった。

 それよりも今は――。



       ◆



『てめえは誰だよ?』


 十六年前。異国の街の路地裏で。

 あの日、銀髪の少女はそう尋ねて来た。

 貧民街ダウンタウンの出自のせいか、美しくともどこか荒んだ眼差しをした少女である。

 一方、彼は少し困っていた。

 名前を聞かれたのは初めてだったからだ。

 そもそも自分に名はない。

 そこで彼は父の名を代わりに告げた。

 すると、


『……は? デイ、モン? 悪魔デビルってか?』


 少女は胡散臭そうな顔でそう返してきた。

 どうやら父の名を聞き間違えたようだ。


 ――ダイモン・・・・と、デイモン。


 確かに発音は似ているかもしれない。

 しかし、その名は随分としっくりとした。

 自分の系譜術クリフォトの名に合わせると実に相応しい名前だった。

 彼はいたく気に入り、今後はそう名乗ることに決めた。

 それから少女に名付けの礼を告げ、彼は火の灯った・・・・・ランタンを掲げた。

 そうして――……。


 時は過ぎて、とあるマンションの一室。

 火のないランタンを片手に、彼は長い廊下で佇んでいた。

 その風体も相まってまるで死神のようである。

 彼は廊下を歩き出す。

 廊下は長くマンションの一室としては広いが、この部屋の主人の立場からするとかなりこじんまりとした住まいである。一族の者たちは若き当主には本家にいて欲しいと願っているのだが、結構な変人である彼が無理を通して購入した一室だった。

 一族の決めた許嫁はいるが隷者はいないここの家主は一人暮らしを満喫していた。


「………」


 死神は進む。

 そのまま廊下を真っ直ぐ行くと、広いリビングに出た。

 そこには映画が終了した画面を映し出す大型TVと、ソファーに座ってそれを見つめる青年の姿があった。

 彼は青年の元へと進む。

 青年は眠っていた。呼吸も浅く死んでいるかのような静かな眠りだ。

 死神は青年の肩に片手を置いた。

 途端、死神の姿が薄れていく。

 そして数秒後には完全に消えさっていた。

 同時に青年が目を開く。


「………はて」


 パチパチと目を瞬かせた。

 目の前には映画の終了を知らせる映像が映し出されていた。


「……おおゥ。これは参りましたねェ」


 額に手を当てて呻く。


「また寝落ちしてしまうとはァ、これでは映画好きとは言えませんん」


 映画鑑賞が趣味だというのに毎回寝てしまう自分に呆れてしまう。

 それから彼――大門・・家の現当主である大門紀次郎はリモコンを手に取り、見逃した映画を再び鑑賞するのだった。

 自らに起きている異変には何も気付かずに。


 大門家の系譜術クリフォト

 それは未来を――無限の可能性を断片的に視る力だ。

 古の時代においての名は《断眩だんげん》。

 今の名を《断眩視ラプラス》という。

 全知ではあるが、全能ではない力だった。


 すなわち黒衣を纏いし彼の名は。

 ――《断眩視デビル・オブ・悪魔ラプラス




 第6部〈了〉


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読者のみなさま。

本作を第6部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


しばらくは更新が止まりますが、第7部以降も基本的に別作品の『クライン工房へようこそ!』『悪竜の騎士とゴーレム姫』と執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


第7部は、いよいよ百年乙女が動き出す予定です。


もし、感想やブクマ、♡や☆で応援していただけると、とても嬉しいです! 

大いに励みになります!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!

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