幕間二 主催者の思惑

第444話 主催者の思惑

 とあるホテルの一室にて。

 カチャリ、と音がする。

 チェスの駒の音だ。

 そこでは二人の人物がチェスを楽しんでいた。


 一人は四十代半ばほどの男性。

 茶系統の紳士服を着込んだ小柄な人物だ。左目には片眼鏡モノクルを付け、天を突くような口髭が印象的な男性である。


 対する一人は女性だ。

 年の頃は二十代前半ほどか。

 右目の下にある涙ぼくろが印象的な美女である。

 肩までの長さの栗色の髪は、横に広がるようなカールがかかっていた。抜群のスタイルの上には漆黒のドレスを身に纏っていた。


 ――天の七座が第陸番。《恒河沙剣刃ゴウガシャケンジン餓者髑髏ガシャドクロ》。

 ――天の七座が第参番。《ケイ世鏖魔性セイオウマショウ魂母前タマモノマエ》。


 どちらも伝承に名を残す怪物だった。

 そんな怪物たちが、ソファーに座って対峙し、チェスに興じていた。


「ねえ、ガー君」


 カチャリと相手の一手を迎え撃ち、魂母前が餓者髑髏に問う。


「Uを行かせてもよかったのかしら?」


 頬に片手を当てて小首を傾げた。


「せっかくのサプライズが崩れてしまったでしょう」


「構いませんよ」


 餓者髑髏は笑みを浮かべて答える。


「それが約束ですし。それに」


 カチャリと次の一手を打って、餓者髑髏は言葉を続ける。


「Uの提案は魅力的でした。縁とは不思議なものです。よもや久遠君の細君の一人とUが面識を持っていたとは」


 そこで自慢の髭を指先で弄る。


「それも相当な因縁。Uが高揚しても仕方がないでしょう」


 出演者の情報は、ある程度は調べ上げている。

 主演である久遠真刃の妻たち。隷者たちについてもだ。

 エリーゼとルビィの調査で確認した女性たち。

 全員が見目麗しくあるが、年齢の幅が実に広かった。

 年齢からして保護の意味で傍に置いている少女もいるのだろう。


 そんな中でも最年少の一人。

 顔見知りを見つけて、怨羅のテンションは一気に上がったのである。

 ただ、興味を抱いたのは怨羅だけではなかったが。


「まあ、それに悪い話ではありませんから」


 餓者髑髏はさらに語る。


「あえてUが姿を現すことによって緊迫度は上がります。それにより久遠君のやる気も上がるでしょうね。彼は吾輩と同じく愛妻家ですから」


「確かにそうね」


 相手のポーンを倒し、魂母前が同意する。


「少なくとも両親の仇と出会っては平静ではいられないでしょうね」


 ふふっと笑う。


「少し可哀そうかしら」


 一拍おいて、


「まだ十二歳の少女でしょう。Uも酷なことをするわ」


「ハハハ」


 駒を動かしながら、餓者髑髏は笑う。


「吾輩たちにしてみれば今さらでしょう。所詮は文字通りの人でなしですよ」


「あらら。そうだったわね」


 即座に餓者髑髏の一手を潰して、魂母前が微笑む。


「けど、人とは呼べないのは向こうもそうかも知れないわよ」


「……ああ。あなたの方の顔見知り・・・・・・・・・・ですな」


 あごに手をやって次の一手に悩む餓者髑髏。

 どうにも分が悪い戦局だった。


「……ふむ」


 餓者髑髏は長考しつつ、魂母前に尋ねる。


「あなたが百年前に出会ったという女性ですか」


「ええ。そうよ」


 魂母前は双眸を細めた。


「当時の彼女は神威霊具の所有者だった。完全な契約者なら今日まで同じ姿で生きていてもおかしくはないわ」


「もしかすると、久遠君や桜華君も神威霊具の契約者の可能性はありますな」


 ようやく次の一手を打って、餓者髑髏は楽しげに笑う。


「極めて希少な神威霊具。その完全な契約者はさらに希少です。もし三人も出揃うとしたら、吾輩たちであっても中々に緊迫する状況ですな」


「ええ」


 魂母前はまたしても即座に餓者髑髏の一手を潰した。

 餓者髑髏は「むむ」と唸った。

 魂母前は「ふふ」と笑みを零し、


「けれど、そうは考えていないのでしょう? 彼の製作者を名乗る人物からの情報だと」


「ええ。久遠君は純粋に強い」


 餓者髑髏はキングの駒に触れた。


「神威霊具などに頼らずともにです。吾輩はそれを確信している。だからこそ」


 キングを倒して投了する。


「吾輩は心躍るのですよ」


「そうね。けど」


 魂母前はクスクスと笑う。


「相変わらずチェスは弱いのね。ガー君」


「いえいえ。あなたが強すぎるのですよ。魂母前」


 餓者髑髏は肩を竦めた。


「これでもネットチェスではそれなりの腕前なのですよ。なにせ、吾輩は国内ランキングでも十六位ですからな」


「あら。それを言うなら、私は世界ランキング九位よ」


 腰を手に、大きな胸を張ってそう告げる魂母前。

 餓者髑髏は流石に目を丸くした。


「そこまで強かったのですか……」


 これでは相手にならないはずだ。


「私はボードゲーム全般が好きなのよ」


 そう告げてから、チェス盤を見やり、魂母前は嘆息した。


「これはこれで奥深いけど、やっぱりルールがあってのモノよね」


 一拍おいて、


「私たちが望むようなイレギュラーがない。盤外の手段。理外の一手。それがない」


 そう呟き、女王の駒を手に取った。

 目の前に持ってくる。


「人は意志のない駒ではないの。ルール通りには動かないわ。ポーン女王クイーンになるルールはある。けれど、人においては、女王が凡庸な兵に成り下がることもある。そして――」


 笑みを零した。


「全く新しい未知の駒へと変貌することもあるわ」


「ええ。そうですな」


 餓者髑髏も笑う。


「Uも流石です。そこをよく心得ている」


 餓者髑髏も、自陣の倒れた王を手に取った。


「それも駒一つだけの影響とは限らない。他の駒まで変わってしまうことがある」


 駒を手の上で遊びつつ、双眸を細めた。


「果たしてどれほどの影響が出るのか。吾輩も楽しみにしてますよ」


「そうね。だけど」


 魂母前は、カチャリと駒を置いた。


「今はもう一戦付き合ってもらうわよ。ガー君」


 次いで他の駒も並べ直す。


「とりあえずは国内十位以内ぐらいにはなってね」


 じゃないと私がつまらないから、と言葉を続ける。

 餓者髑髏は「やれやれ」と肩を竦めながら、


「お手柔らかにお願いしますよ」


 そう返した。


 怪物たちは遊戯に興じる。

 新たなる変化が起きることを望んで。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る