第371話 天を照らす紅き炎➂

 鳴り響く轟音。

 爆発の熱波が杠葉の頬を叩く。

 爆炎は天にも届きそうな勢いだった。

 しかしながら、杠葉の表情は険しい。


(――来る)


 炎の大太刀を構えた。

 直後、爆炎の中から人影が飛び出してきた。

 それは鬼面の戦士ではなく白銀の騎士だった。

 鬼面の戦士よりも一回り体格が大きい。

 猿忌の黒鉄の装甲の上に、同じく従霊の刃鳥の装甲を纏った姿だった。

 防御を固めただけあって全身に荒々しい炎こそ帯びているが、ほぼ無傷の姿である。


(やっぱり半端な炎じゃあ効かないわね)


 杠葉は大太刀で真刃を迎え撃った。

 ――ギィンッ!

 炎の大太刀と、鋼の白刃が再び交差する!

 しかも、真刃は左腕の手甲からも直刀を抜き放った。

 二刀となって手数は倍増する。


 ――無尽の斬撃。

 まるで阿修羅のごとくだ。


 重武装になっても斬撃の速度が落ちることもなかった。

 杠葉はどうにか凌ぐが、怒涛の猛攻は一向に収まる様子はない。

 恐らくは無呼吸の連撃だ。

 真刃ならば十数分この状況が続いても不思議ではない。

 そんな斬撃の嵐の中で、


(……ここまでね)


 杠葉は双眸を細めた。


(初手としてはこんなところかしら)


 内心で皮肉気な想いを抱く。

 そうして後方へと長い飛雷を放った。

 それに乗って間合いを確保する。

 対する真刃は、すでに距離を詰め始めていた。

 杠葉は炎の大太刀を上段に構えた。

 真刃は構わずさらに加速する――が、


『――ッ!』


 そこで微かに顔色を変えた。

 上段に構えた杠葉の炎の大太刀が、唐突に消えたのだ。

 代わりに彼女の頭上に虚空が開かれる。

 彼女の両手には見覚えのある真紅の柄が握られた。


(ここで来るか!)


 真刃は舌打ちする。

 すでに跳躍している真刃は宙空にいるため、止まることは出来ない。

 咄嗟に両腕の二刀を交差させて頭上に構えた。

 そして、


 ――ザンッ!

 真紅の刃が振り下ろされる!


 火花が散った。

 次の瞬間にようやく着地した真刃は後方へと跳んだ。

 ズザザッと両足で火線を引く。

 数瞬の静寂。


『……相変わらず、恐ろしいほどの鋭さだな』


 真刃はそう口を開いた。

 彼女の手には、真紅の刃が握られていた。

 まるで岩から削りだして造ったような歪で武骨な刃である。


 ――神刀・《火之迦ひのか具土ぐつち》。

 神代より火緋神家に伝わるという神威霊具だ。


 神刀の一撃により、真刃の直刀は二振りとも両断されていた。

 二刀を交差させていなければ、そのまま頭蓋を断ち割られていたかもしれない。


『……いよいよ本領か』


「……ええ。そうね」


 杠葉は静かに頷いた。

 その直後のことだった。

 彼女の長い黒髪と瞳の色が真紅へと変わったのは。

 さらには身に纏う炎も変化する。

 炎の白衣びゃくえはより実体化すると白く変化し、炎の紋を袖に示す。その他の炎は収束されると黄金の衣に変わって肢体を覆い、その上に密着型の甲冑を造り上げた。

 そして最後に額を中心に宙に浮かぶ黄金の冠を生み出した。


 杠葉は神刀を薙いだ。

 全身から熱風と火の粉が噴き出して周囲に舞う。

 神刀も、より紅い輝きを増した。


(これは……)


 真刃は双眸を細める。

 それはかつて帝都で見たことのある姿だった。

 神刀との契約により彼女が至った姿である。


(……いや、違うな)


 が、すぐに思い直す。

 確かに見たことはあるが、あの時、杠葉が纏っていたのは炎だった。

 限りなく物質に近い密度ではあったが、あれは間違いなく炎だったはずだ。

 しかし、今はどうか。

 どう見ても完全に物質化している。


(そうか、これは……)


 杠葉の今の姿。

 恐らくこれは六炉や燦が纏う戦衣ドレスと同じモノなのだ。

 要は象徴シンボル顕現時の姿である。

 ――巨大なる力の化身。

 象徴シンボルとは天堂院家が禁忌に近い手段で見出した術理の極致だ。

 模擬象徴デミ・シンボルという紛い物こそ広く知れ渡っているが、象徴シンボル自体は天堂院家に縁が深いごく一部の者しか知らない。


 当然ながら、杠葉もそれを知らなかった。

 今はまだその名称さえも知る由もないだろう。

 だが、彼女は禁忌の代わりに、百年の修練を以て同じ領域へと踏み込んだのである。


(六炉や燦と同じならば武装型アームズタイプというやつか)


 真刃は警戒する。

 武装型の象徴シンボルは巨大な武器。もしくは自然現象だ。

 神刀自体は象徴シンボルではないため、他の何か・・が現れるはずだった。

 神刀は真刃の命に届き得る警戒すべき霊具だが、杠葉の象徴シンボルが現れるとしたら、その危険度は神刀にも劣らない。

 すると、


「じゃあ、本気で行くわよ。真刃」


 杠葉はそう告げた。

 次いで神刀の切っ先で灼岩の大地に触れた。

 そして、


「ここから先は、あなたも知らない私だから」


 世界は紅い炎に包まれた。


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