第三章 保護者面談
第8話 保護者面談①
「……なに?」
エルナから話を聞き、流石に真刃も目を丸くした。
フォスター宅のリビングにて、かなたに強打されたエルナの腕に包帯を巻きつつ、
「保護者面談、とな?」
「……はい」
椅子に座ったエルナは、元気もなく頷いた。
真刃はパチンとハサミで包帯を切り、簡易ピンで止めた。
「それは一体何だ?」
「……え?」
瞳を、パチパチと瞬かせるエルナ。
真刃は自分が座っている椅子の上で足を組み、
「いや、文体そのままの意味なのか。保護者による面談。要は、後見人と教師による会談といった意味なのか」
「は、はい。そうです」
出会って十一ヶ月。エルナは、真刃の素性を未だ知らない。
そんな青年に対して少し困惑しつつも、エルナが答える。
「先生は激怒していて、絶対に保護者を呼ぶって……」
「ふむ。当然だな」
その点においては、真刃も教師側だった。
「話を聞く限り、本当にただの私闘だ。それを街中、学校付近で行われては教師としては堪ったものではない。咎められるのも当然だ」
「う……。そ、その、学校からそこそこ離れていたし、人払いもしてたから……」
と、言い訳するエルナだが、
「そういう問題ではない。私闘をすることが問題なのだ」
真刃の言葉はとても厳しい。エルナは、しゅんと肩を落とした。
「我らの力は我霊に引導を渡すためにある。決闘――《
「……うゥ」
ますますもってエルナは肩を落とした。
「け、けど、あのかなたって子が――」
「……エルナ」
かなたに責任転嫁しようとするエルナを真刃は窘める。
「確かに、街中で挑んできたあの娘の方が非は重い。だが、それは逃げるという選択肢がないほどの戦いだったのか?」
「そ、それは……」
「後日、場を設けて話をすれば良かったのだ。だが、お前は迎え撃った」
「……ううゥ」
「結果、お前は負傷した。
かつてないほどに厳しい真刃に、エルナは涙目になった。
すると、
『……主よ』
ボボボ、と鬼火が浮かぶ。骨翼を持つ猿。真刃の従霊である猿忌だ。
『それでは言葉足らずだ。もう少し説明してはどうか?』
そう苦言する猿忌に、エルナは「え?」と顔を上げた。
真刃は、しばし猿忌に目をやっていたが、「やれやれ」と嘆息した。
そして椅子から立ち上がると、エルナの前に立ち、
「……人の体は、
真刃は、少女に語る。
「とても壊れやすいものなのだ。それを自覚せよ。そして、戦場に身を置く引導師ならば傷を負うのは当然などと思うな。『使命に走るな。自分を愛せ』。それは、引導師にとって根源とも呼べる心得だ。要するに
真刃は、コホンと喉を鳴らした。
「お前は、もっと自分を大切にせよという話だ。お前が傷を負って帰ってきた時、
「…………え」
エルナは、呆然と青年の顔を見上げた。
数瞬の間。
そして彼女は跳ね上がるように立ち上がると、青年に抱きついた。
ぎゅむう、と豊かな胸を押しつけられ、真刃としては相当困ったものだが、エルナは小さな声で「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝り続けていた。
「……分かってくれたなら、それでいい」
真刃は少女を優しく抱き止めて、彼女の銀色の髪を撫でた。
エルナは、より強く真刃に抱きついてくる。
「ひっく、ごめんなさい。お師さま。もう無茶はしないから」
「ああ、そうか」
「怪我には注意します。そして元気な体で、お師さまの元気な赤ちゃんを産みますから」
「……うむ。そこまで飛躍した話はしていないはずだが?」
『おおっ。善は急げだな。早速我が寝室の準備をしてこよう。しばし待て』
「おい。待つのは貴様の方だ。猿忌」
呆れた様子で、真刃は従霊を止める。
次いで、とりあえずエルナを離した後、彼女の機嫌を宥めるため、子猫に対するように何度も髪を撫でた。そのおかげもあって、数分後にはエルナはほっこりしていた。
「……さて、と」
少し疲れ気味の真刃は、椅子に腰を下ろした。
そして同じく椅子に座り直し、両手を膝の上に乗せて姿勢を正すエルナに目をやった。
「本題に入るぞ。保護者面談だったな」
「……はい」真剣な顔で、エルナは頷く。
「多分、あのかなたって子はお兄さまを呼ぶと思います。兄は私の保護者であり、同時にあの子の保護者ですから。お兄さまは忙しい人だけど、今回は無視できないと思います」
「……ふむ」
真刃はあごに手をやった。
今回の一件。元を正せば、エルナの異母兄にこそ原因がある。
その結果、エルナは怪我を負うことになったのだ。
(こればかりは異母兄だろうが不愉快だな。それにあの娘も放っておけん)
杜ノ宮かなた。凍りついたような瞳を持つ少女。
金羊は、彼女はあいつに似ていると言っていたが、まるで違う。
もちろん、自分に手を差し伸べてくれたあの少女とも。
ようやく気付いた。
あの何の目的もない、まるで生きながら死んだような眼差しは、むしろ……。
(似ているのは、昔の
かつての時代を思い出す。あの少女は、父が望む、畏怖の眼差しと喝采の声のためだけに、我霊を殺し続けた頃の自分によく似ていた。
真刃の父は、引導師としては無能な男だった。
式神遣いの名家に生まれながらも、生来の魂力は低く、特に技能においては絶望的なまでに才がなかった。どれほど魂力を込めても熊にも負けるような式神しか生み出せなかった。
隷者にする価値もない。父は、ほどなく家を放逐された。
そんな父が、蔑まされ続けた意趣返しの道具として生み出したのが、真刃だった。
『お前は、小生の本当の力なのだ。真なる刃なのだ』
そう告げる父に対し、真刃は従順だった。
だが、それは別に父を慕っていた訳でも、大切に思っていた訳でもない。
ただ、これといって逆らう理由もなかったからだ。
父に従っていれば、とりあえずは食っていける。その程度の認識だ。
だからこそ、刃向かうこともなく、あの男に従っていた。
あの日までは。
(やはり、あの娘は捨て置けんな)
真刃は、強くそう思った。
だから――。
「……そうだな。ここは
「……え?」
キョトンとするエルナ。
そんな彼女に対し、真刃は皮肉気な笑みを浮かべて告げた。
「
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