第101話 兎と羊は拳を振るう②

 一方、その頃。

 とある寂れた繁華街。

 その一角にある廃ホテルのホールにて、ビアンは瞳を輝かせていた。

 まるで、おもちゃをプレゼントされた子供のような眼差し。

 不気味なぐらいに無垢すぎる瞳である。


「……おお」


 思わず、感嘆の声まで上げる。

 ビアンの視線は、エボンが両脇に抱えた少女の一人に釘付けだった。


「それが今回のゲストなのカ?」


 と、ワンが言う。

 彼の後ろには、数人の部下が控えていた。

 ワンの視線はビアンとは逆の方向。もう一人の少女に向いていた。


「……ああ。そうだ」


 エボンが頷く。


「なかなか手こずらせてくれた」


「……アレを使ったのカ?」


 ワンの問いかけに、エボンは「ああ」と頷いた。


「長引くと厄介だと思ってな。一気にねじ伏せた」


「……ふ~ん、そっカ」


 ワンエボンに近づき、右腕に抱えた赤毛の少女の髪の一房を手に取った。

 少女は「う……」と呻いた。ワンは、双眸を細める。


「画像では知っていたが、確かにすげえ美少女だナ。十年後が楽しみだ」


 そんなことを呟くワンに、エボンは皮肉めいた笑みを見せた。


「ふん。この娘に十年後はないだろう?」


「はは。そうだっタな」


 ワンが笑う。と、


「そ、それよりもエボン!」


 不意にビアンが叫んだ。

 鼻の穴を膨らませてエボンが抱える少女を凝視している。


「ありがとよ! マジでそっちも攫ってきてくれたんだな!」


「……ついでだったからな」


 そう言って、エボンワンに目をやった。

 ワンが肩を竦めて「ああ。構わねえヨ」と告げた。

 エボンは少女――月子をビアンの方に放り投げた。


「おお!」


 ビアンは、餌を貰った犬のように両手で月子を受け止めた。


「すげえ! なんつう抱き心地だ!」


 小柄な体とは思えない柔らかな双丘に、指が深く沈み込む太股。

 腕の中の極上な感触に、感動を隠せない。

 不快感を覚えたか、月子は眉をひそめるが、まだ起きる気配はなかった。

 ビアンは、ニタリと笑った。


「おお~、月子ちゃんよォ! 初めましてな! お前のご主人さまだぜ!」


 そう告げる。次いで、気絶している月子のうなじを抑えると、早速、彼女の無垢な唇を奪おうとする。が、


「おい。流石にやめろヨ」


 そこで、ワンが眉をしかめた。


「お前の趣味に口出しする気はネエけどヨ、なんで、お前のキスシーンなんぞを見なきゃなんネエんだヨ」


 という最もなツッコみに、周囲の男たちも注目することで同意していた。


「えええ~、何でだよォ」


 折角、今回の戦利品を堪能しようと息まいていたのに、周囲から思いがけないお預けをくらってビアンは無念そうな声を上げた。


ワンの言う通りだ」


 エボンも言う。一拍おいて、さらにこう続けた。


「それよりも儀式だ。場所を移そう。計画通り今夜中に行い、早朝に出立すべきだ」


「おう。そうだナ」


 リーダーであるワンが首肯する。

 次いで、そっと自分の手首に繋いだアタッシュケースに触れた。

「ああ」とエボンも頷き、「それでは、ワン」と告げて、もう一人の少女――燦を抱えたまま移動しようとする。と、


「ああ。それなら先に行っててくれ」


 不意にビアンはそう告げた。

 エボンは足を止めて、ゆっくりと振り返った。


「……それはどういう意味だ? ビアン


「ああ~、俺は」


 ニタニタと笑いながら、月子の頬に触れる。


「こいつを堪能してから行くよ」


「……おい。ビアン


 明らかに自分の欲を優先させているビアンに、エボンは眉をしかめた。

 すると、ビアンはふっと笑い、


「儀式の準備は万全だ。そのガキを連れて行けばいいだけだろ? 火緋神も俺らを突き止めるまでには時間がかかるはずだ。俺が居なくても大丈夫なはずだぜ。なら」


 戦利品の臀部に指を食い込ませる。少女は「うっ……」と呻いた。


「帰りにこいつに騒がれんのも嫌だろ? 一晩くれよ。従順な良い子に教育しとくからさ」


「……ビアン


 エボンは、かなり苛立った表情を見せた。


「仕事は仕事だ。プライベートを混同するな」


 そう告げて一歩踏み出した。ビアンも、ややイラっとした顔でエボンを見やる。

 幹部同士の険悪な雰囲気に、部下たちはざわついた。

 と、その時。


「う~ん、まあ、いいんじゃネエか?」


 その空気を、ワンが一掃した。


「今回、ビアンは裏方として頑張ってくれたしナ。候補者の探索に、拠点と帰国ルートの確保。そんで何より儀式の準備。あれはマジで大変だったろ。充分すぎるほどに働いてくれたサ」


 そこで笑う。


「ちょいと早いが、休みに入ってもいいと思うゼ」


「おおっ! ワン!」


 ビアンが表情を輝かせた。


「流石は俺たちのボ……リーダーだぜ! 話が分かる!」


 そこにシビれる! あこがれるゥ!

 と、ビアンが少女を社交ダンスのように振り回して叫んだ。

 一方、エボンは、渋面を浮かべていた。


「……ワン。お前はビアンに甘すぎるぞ」


「う~ん、まあな……」


 すると、ワンは遠い目をした。


「お前とビアンは、もうほとんどいねえガキの頃からの連れだしナ」


「……その言い方は卑怯だぞ」


 少し間を空けて、エボンは嘆息した。

 それから、浮かれまくるビアンを睨みつけて。


ワンに感謝しろよ。ビアン


「おお! 分かってるぜ!」


 踊っていたビアンは月子の手を取って、ビタッと動きを止めた。


「愛してるぜ! ワン! エボン!」


「「お前のラブコールなんぞいらねえよ」」


 と、エボンワンは口を揃えて言い返した。


「まあ、俺らは儀式場に行くゼ」


 そう告げて、ワンが部屋を出た。部下たちも彼の後に続く。

 最後に残ったエボンビアンを一瞥し、


「出立は早朝六時だ。流石に遅れるなよ」


「おう。分かってるぜ!」


 ビアンは、気絶したままの月子の手を使って、パタパタと挨拶した。

 対するエボンは深々と溜息をついた。


「では、明日な」


「おう。明日」


 上機嫌なビアンは笑顔でそう告げた。

 そうしてエボンも部屋から出て行った。

 残されたのは、ビアンと月子だけだった。


「……ヒヒヒ」


 ビアンは笑う。

 次いで、月子の腰を左腕で掴み、背後から抱きかかえてあごに右手をやる。

 顔を上げさせても、少女が目を覚ます様子はない。


「おお~、ぐっすりだな。月子ちゃん」


 右手で彼女の豊かな双丘の感触も味わう。少女は「う……」と呻いた。


「ウヒヒ……」


 遂に、念願の獲物を絡め捕えた蛇は、双眸を細めた。

 そして――。


「今夜は、お前の生涯でも一番長い夜になるからな。俺に従順で素直な良い子になるまでいっぱいお勉強しようぜ」


 邪悪な蛇は、静かに嗤った。

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