第五章 火緋神家の家庭事情
第436話 火緋神家の家庭事情①
新たな拠点・天雅楼への移行はスムーズに進んだ。
真刃とエルナたちは都市の中央にある本殿へと移り、
インフラの維持には式神も多数使い、街として息づき始めたと言える。
従って、これで一つの課題をクリアした。
残る二つの内、《
その方針に関しても、真刃は千堂に一任していた。
なお、戦力増強で言えば、準妃たちも無事に《魂結びの儀》を成功させた。
綾香は第二段階まで。ホマレ、茜と葵は第一段階だ。
ホマレは非常に不満を口にしていつも通りのテンションだったが、他の三人は心境がそれなりに変化したようだった。
まず、密かに練っていた計画も、内心の思惑も、何もかも根こそぎ持っていかれてしまったような綾香は、幹部としての表向きの態度やスタンスこそ変わらないが、真刃と二人きりになると素直に感情も見せるようになった。
今の綾香の立場は、真刃の側近であると同時に準妃筆頭だった。
真刃としては、すでに綾香を捌妃にするつもりなのだが、ある意味で意固地になってしまった綾香が承諾してくれるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
綾香は必死過ぎる上に、どこか自分を軽視しているところがあった。そんな彼女を放っておけないという想いはあったが、あれは少し強欲になり過ぎたと真刃も反省していた。
綾香が怒っても仕方がない。
杠葉たちにも呆れた眼差しで見られたものだ。
続けて茜だが、彼女は前以上に真刃の傍ではしゃちこばった感じになった。だが、緊張しているのではなく、自分の進むべき道をより強く自覚したという雰囲気だった。
ただ、真刃と視線を合わせることは少し避けている様子だった。契約時に熱を出した時、浮かされて幼い子供のように甘えてしまったことを恥ずかしがっているようだ。
一方、妹の葵は儀式自体が大変だった。
以前に使用した、とある霊具の影響なのか体が変化したりしたのだ。
まあ、それでも《魂結び》自体は上手くいった。その後の葵は真刃に、より懐いて、時々頭を撫でてもらうのをお願いしている。
真刃の考えとしては、綾香だけは別として、ホマレたちに関しては、これからの危険に対する備えとしての契約だった。
これらが大きな変化ではあるが、今はひと段落ついたと言えた。
しかし、そこで新たな問題が発生した。
「……ふむ」
天雅楼の本殿。
ホライゾン山崎の執務室と同じ造りの部屋で真刃は嘆息していた。
執務席に座り、その手には一枚の手紙が握られている。
そして、執務席の前には執事服の老紳士にして熟練の拳士。
山岡辰彦が後ろ手を組み、静かに控えていた。
真刃は手紙を一読した後、
「何とも真っ当な意見だな」
小さく嘆息して、そう呟いた。
それから山岡を見やり、
「これを書いた人物はどういった人間なのだ?」
「………は」
山岡は答える。
「
山岡の言う『お姫さま』は燦のことだ。
「冷静沈着さで知られるお方です。ですが、それ以上に優しき方でもあります。私も幼少時より存じ上げております」
「燦との仲はどうなのだ? いや」
真刃は苦笑を浮かべた。
「わざわざこのような手紙をお前に託す人物だ。異母妹想いなのだろうな」
「はい」山岡は頷く。
「ですが、その想いはどうにもお姫さまには通じていないご様子。他のご兄弟もです。ご兄弟はお三方ともに父君によく似ておられます」
火緋神家本家の三兄弟。
長男・
次男・
三男・
性格はまるで違うのだが、異母妹に対して素直ではないところはそっくりだった。
異母妹が可愛くて仕方がないというのに、それを絶対に口にしない。
それは父である火緋神家の現当主である
「皆さま、いささか以上に頑固でして」
と、火緋神家一家をよく知る山岡が嘆息して告げる。
(どうにも拗らせるのは、杠葉の性格が大本にあるような気もするが……)
真刃はそう思ったが、流石に口にしない。
一方、山岡は言葉を続ける。
「ですが、お
「……当然だな」
真刃はふっと笑った。
「むしろ不安なのは刀歌の方だな。そこまで両親と不仲……いや無関心なのか? どのような状況なのか、一度、刀歌と……桜華にも話を聞いた方がよいだろうな」
一拍おいて、
「ともあれ、今は燦と月子だな」
今回の移転や、その前の強化合宿。
通学している妃たちは、全員、学校を休んでいた。
その期間が非常に忙しかったこともあるが、正直、いま学校に通うには護衛をつけても危険な状況だと判断したからだ。
それは各家族にも伝えてある。
直前に《死門》による街全体を巻き込んだ大乱戦などもあったので、それを理由に状況がもう少し落ち着くまで休ませるというのが言い分だ。
だが、燦たちが休み始めてそろそろ三週間。
ここまで来るとほとんど休学だった。
街もそろそろ落ち着きを取り戻しつつある。
燦たちの家族がどうなっているのか不審に思うのは当然である。
なお、学校を休んでいるのはエルナたちも同じだった。
しかし、エルナとかなたの保護者はゴーシュ=フォスターだ。真刃が傍にいる限り、休学したと聞いたところで気にもしないだろう。
むしろ二人を早く妻にしろと急かされるだけだ。
また茜と葵の両親は他界している。他に縁戚もなく実質的に孤児だった。あえて保護者が誰かと問えばそれは真刃だった。
そうなると不安なのは刀歌だった。
刀歌は弟とは良好な関係だが、両親とはあまり仲が良くないと聞く。
今回の休学については刀歌自身が両親に連絡したそうだが、そこで何かしらのやり取りをすでにしているのかも知れない。
刀歌に関しては、桜華からも話を聞いた方が良いだろう。
桜華から両親の性格を聞けるはずだ。
「猿忌よ」
真刃が従霊の長の名を呼ぶと、ボボボと鬼火が現れた。
それは骨翼を持つ猿の姿に変わった。
『ふむ。どうした。主よ』
「刀歌の現状を刀歌から聞いておいてくれ。桜華と共にな」
『うむ。承知した』
言って、猿忌はすぐに姿を消した。
「さて。金羊」
真刃はポケットに入れたスマホ――金羊に声を掛ける。
「今の時間、燦と月子がどこにいるか分かるか?」
『ああ。それなら』
バイブ機能で震えながら金羊は即答する。
『今の時間なら、茜ちゃんと葵ちゃんと一緒に訓練道場にいると思うっスよ』
「そうか」
真刃は立ち上がった。
「では、会いに行こう。その前に杠葉にも話を聞いておきたいな」
そこで真刃は「ああ。そうか……」と少し懐かしそうに双眸を細めた。
まだ一年は経っていないが遠い日のことのようだ。
エルナから聞いた単語である。
「これはあれだな。保護者面談のようなものなのだな」
苦笑を浮かべて、そう呟く真刃だった。
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