第119話 炎刃の剣士②

 なんやかんやで1週間に1回投稿!(笑)

 本格再開時は週2予定!

 第4部、先行投稿第3弾です!


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(……本当に不快だな)


 青年は思う。

 軍帽のつばに触れつつ、首長鬼を見やる。

 右腕には着物を羽織っているだけの少女。左手には……人の足。

 恐らくは女性の足だ。


(一人は間に合わなかったか)


 今日の早朝に入った一報。

 昨日から、良家の娘の二人が行方不明という連絡。

 竹林の傍らに無造作に投げ捨てられた自転車から、恐らくはかどわかし・・・・・

 初動では、ただの誘拐事件と認識されていたため、彼らの部隊への連絡が遅かったのが致命的だった。その竹林には、とある我霊が潜んでいる懸念があったのだ。

 急ぎ竹林の捜索に入り、ようやく見つけたと思えばこの惨状だった。

 青年は、首長鬼の腕に捕らわれた少女を見やり、ギリと歯を鳴らした。

 前日から、彼女がどんな目に遭ったのかは想像に難くない。


 ――不快だ。

 自分だからこそ・・・・・・・思う・・。我が事のように不快だった。


 その時、


「た、たす、けて……」


 少女がそう呟いた。


「無論だ」


 青年は一歩踏み出し、腰に掛けた軍刀の柄に手をやった。

 カチャリと抜刀する。


「………え?」


 少女は目を剥いた。

 青年が抜刀した柄には、刀身が無かったのだ。

 だが、すぐに驚くことになる。


 ――ゴウッ!

 突如、刀身の無い柄から、紅い炎の刃が噴き出したのである。


 その熱閃を青年は構える。

 女性と見紛うばかりの青年の美貌も合わさって、見惚れるほどの美しさだった。


「すぐに助ける」


 青年は言う。

 対し、首長鬼は唸り声を上げて、両腕の荷物をその場に落とした。

 いきなり落とされ、腰を強く打ち付けた少女だが、理解する。

 この鬼は、両腕が塞がっていては不利だと考えたのだ。

 それだけ、あの炎刃を携える青年が手強いということなのだろう。

 少女の心に、わずかにだが、希望が浮かび上がった。


 しかし、青年の方は不快だった。


(二等級の我霊か……)


 グッ、と熱閃の刃の柄を強く握る。

 現世に未練を残し、死を拒絶した人間の成れの果て。

 それがれいだ。


 ――自分はまだ死んでいない。

 それを示すため、三大欲求に突き動かされる我霊には等級がある。


 別格の、とある七体を筆頭にした特級。その下に一等級から四等級までがある。

 等級が上がるほどに知能が高くなる我霊だが、二等級は特に情欲が強い。

 それは、知能的に、人と獣の中間にある段階だからとも言われている。

 ただ、ここで重要なのは、二等級の我霊――特に男から堕ちた我霊は、自分と対峙した時、必ず向かってくることだった。奴らは、自分から逃走したことがなかった。


 ……その理由は理解していた。

 男の我霊どもの目には、自分は素晴らしい獲物に見えているということだ。

 それこそ腕の中の獲物を、手放してもいいと思うほどに。


(こいつらの嗅覚だけは誤魔化せんか)


 あいつ・・・は、未だ気付いてくれもしないのに。

 そんな不満も出てくるが、まずは目の前の敵に集中だ。

 せめて、あの少女だけでも救わなければならない。


「行くぞ! 化け物!」


 青年は駆け出した!


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 首長鬼も咆哮を上げて地を蹴った!

 黒い両腕が青年を捕えようと迫るが、青年は身を翻して回避。鬼の懐に入り込むと、無数の光条が煌めいた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 首長鬼の巨躯に熱傷が刻まれる。

 だが、それで怯む鬼でもなかった。

 懐にいる青年を両腕で絡め取ろうとする。

 しかし、青年は膝の力を抜き、すっと身を屈めた。鬼の抱擁を避け、重心を前へ。熱閃で鬼の両足を斬り裂いた。

 そのまま前へと進み、首長鬼と間合いを取り直す青年。

 チイッ、と舌打ちする。


「随分と硬いな」


 熱閃の斬撃は、どれも致命傷には程遠い。

 切断したつもりの両足も、熱傷があるだけで健在だった。


「ならば、これならどうだ」


 青年は、熱閃の柄を握り直した。

 魂力オドを極限まで研ぎ澄ます。すると熱閃が変化した。


 ――真紅の炎から、白金の光へと。


 青年は、白光と化した刃を、改めて構え直した。

 光を水平に。平突きの構えだ。

 そして――。


「――ふっ!」


 小さな呼気を吐き出すと同時に、再び駆ける!

 首長鬼の腕が襲い掛かるが、それを微かな動きだけでかわして跳躍。

 首長鬼の首へと、白金の光を一閃する!

 肩口から一閃された首は宙に舞った。

 首は人型の我霊にとっては急所だ。ここを切断されて生きている者はいない。


(終わりだな)


 首長鬼の前でくるりと回り、青年は地面に着地した。

 背後で首長鬼の巨躯が倒れ始めるのを感じた、その時だった。


「――軍人さま!」


 首長鬼に囚われていた少女が声を上げた。

 青年が何事かと少女に目をやった瞬間、


「違う! 後ろです!」


 少女が、さらに叫んだ。

 青年はハッとして、前へと跳躍しようするが、

 ――ガッ!

 その前に黒い腕に両手首を掴まれた。

 次いで、万力のような力で抱き寄せられる。


「くあっ!」


 青年は、息を吐いた。

 ギシリと両手首を圧迫されて、手に持っていた柄も離してしまう。

 光の刃は、地に落ちて輝きを失った。


「き、貴様ッ!」


 ――ギリギリギリッ……。

 圧迫はなお続く。腕だけではない。両足、胴体もだ。

 苦悶の表情で背後に目をやると、真横に刎ねたはずの鬼の顔があった。

 青年は、歯を軋ませる。

 青年が刎ねたのは、本当に『首』だけだったのだ。

 首を刎ねる瞬間、鬼は、頭部だけを胸部へと移動させたのである。

 そうして今、青年を捕えるの二本の腕だけではない。全身から無数の触手が生えている。それらが青年の全身に絡みついて拘束していた。


 人型であることに油断していた。

 この我霊の本来の姿は変幻自在の形無し。無形むぎょうだったのである。


「くそッ!」


 全身に力を込めて、青年は脱出を試みるが、筋力の差は歴然だった。

 拘束は全く揺るがない。それどころか、より強く束縛される。


「く、あ……ッ」


 激痛で青年は顔を歪めた。

 そんな青年の頬を、鬼は長い舌でベロリと舐める。

 長く赤い舌は這いずり、青年の首筋まで絡めた。

 青年の背筋に怖気が奔る。一方、鬼は何かを確信したようにニタリと嗤った。

 触手の一本が、うぞうぞと動き出す。

 それは青年の足を這い上り、上着の裾の隙間から中へと入り込もうとする。


 青年は青ざめた。

 自分の秘密。それをこの鬼は暴露する気なのだ。


「や、やめろッ!」


 思わず、青年が叫んだ時だった。


「軍人さま! ………え?」


 青年同様に青ざめていた少女が、唖然とした声を零した。

 呆然とした眼差しで青年を――いや、鬼の背後に目を奪われていた。

 青年も気付く。

 自分と鬼の背後。そこから巨大な影が伸びていることに。


「ぐるうッ!?」


 異常を感じたのは、鬼も同様だった。

 胸部にあった顔を瞬時に移動。背中へと浮かび上がらせる。

 そして――。


「があッ!?」


 愕然と、双眸を瞠った。

 そこには、鬼よりも巨大な熊が立っていたのだ。

 それもただの巨熊ではない。巨岩で形作られた熊だった。

 全身のところどころから炎を噴く巨岩の熊は、ゆっくりと爪を掲げた。

 そうして一撃。

 圧倒的な破壊力は鬼の体を圧し潰し、さらには衝撃で大地を陥没させた。

 青年は、噴き上がる衝撃で前へと放り出された。

 突風で軍帽がはね跳ぶ。着地に備えなければと思っていても、衝撃に脳が揺さぶられ、上下の感覚さえも掴めなかった。


(――くッ!)


 せめて落下の衝撃に耐えるために歯を食い縛る。と、

 ――ドン、と。

 唐突に、正面から受け止められた。

 首が大きく揺れるが、それも大きな手で支えられる。

 青年の腰は、力強い腕でしっかりと掴まれて、抱き寄せられていた。


(……え?)


 困惑して目を瞬かせる青年。

 すると、


「……厄日だ」


 耳元であいつ・・・の声が聞こえた。

 声はさらに続く。


「何が悲しくて、男なんぞを抱き止めねばならんのだ」


 青年はハッとして顔を上げた。そこには――。


「く、久遠……?」


 青年と同じ黒い軍服と軍帽。外套を纏った男がいた。

 よく知る。とてもよく知る人物だ。

 自分は、その人物の腕の中に納まっていた。

 思わぬ事態に、青年はパクパクと口を動かした。

 そして、


「まったくもって厄日だ」


 同僚たるその人物――久遠真刃は、実にうんざりした様子の声でこう告げた。


「これは貸し一つだぞ。御影」


 ――と。

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