エピローグ

第204話 エピローグ

 その日の夕方。

 篠宮瑞希は、疲れ気味の様子で帰宅した。

 ワンルームマンションの一人暮らし。パチリと照明をつける。

 瑞希は部屋に入るなり、衣服を脱ぎ捨てた。瞬く間に下着姿になると、上の下着ブラジャーも外して、代わりにそこら辺に落ちていた黒いタンクトップを身に着ける。


「……ふへえ、疲れたよォ」


 それから、瑞希はベッドの上にダイブした。部屋こそ狭いが、家具などは上質なモノを揃えてある。柔らかなベッドは、瑞希を優しく受け止めくれた。

 今日、瑞希は火緋神本家に出向してきたのだ。


 用件は、先日のドーンワールドでの事件。

 いわゆる事情聴取である。


 瑞希にとっても想定外だったあの事件は、凄惨な結果を呼んだ。

 一般人の死者は八名。負傷者は四名。火緋神家の殉職者は四名にも至る。

 あの日、ドーンワールドに訪れた一族の者の半数が犠牲になったのである。飄々とした瑞希であってもショックは大きかった。


 とは言え、瑞希を始め、生き残った扇蒼火などが咎められることはなかった。

 火緋神家の若い世代が、親交を深めるため、ドーンワールドに訪れた。

 火緋神本家は、そう認識しているからだ。

 実際に瑞希たちは、まだ何も行動に移してない。本当にドーンワールドに皆で行った事実しかなかった。そこで運悪くあの事件に巻き込まれた訳だ。


 結局、あの事件は、瑞希もよく分からない内に解決した。

 同行者の一人が「とんでもなく巨大な怪物が海から現れて気付いたら消えていたんだ」と証言しているが、本人自身も半信半疑な顔をしていた。

 ただ、扇蒼火が、何故か吹っ切れたような表情をしていたことが気にはなったが。


 ともあれ、名付きネームド我霊エゴス・《宝石蒐集家トイコレクター》は討伐された。

 それだけは確かなようだ。

 ドーンワールドの海岸で発見された宝石箱。そこから十六名の人間が保護されたからだ。

 男性が六名。女性が十名。男女ともに美形ばかりで、数年前に行方不明になった青年俳優などもいたが、全員が一般人だった。

 他者を宝石化するという《宝石蒐集家トイコレクター》の能力が解かれたのである。

 それは《宝石蒐集家トイコレクター》が、すでに討伐された証明でもあった。

 討伐したのが誰なのかは未だ不明ではあるが。


(いや。不明って訳でもないか)


 ボフンッと枕に顔を突っ込ませて瑞希は思う。

 あの時、現れた式神の台詞。

宝石蒐集家トイコレクター》を討伐したのは、間違いなく久遠真刃だ。

 あの日、久遠真刃の一党がドーンワールドに訪れていたことは、守護四家や本家の者はどこまで知っているかは分からないが、御前さまだけはご存じのはずだった。きっと、あの人・・・が報告しているはずだから。しかし、御前さまからは一言も彼に関する話は出なかった。


(……やっぱり)


 久遠真刃は、御前さまの雇った引導師エージェント

 それも名付きネームド我霊エゴスを討伐するほどの実力者ということだ。


「これは、本当に迂闊に手がだせなくなっちゃったなぁ」


 枕に顔を埋めたまま、嘆息する。

 それに今、火緋神本家は、久遠真刃よりも、扇蒼火の証言にあった『ルビィ』と名乗る女の行方に注目していた。


 ――捕え損ねた、堕ちた引導師ボーダー

 火緋神家の分家四名を惨殺した実行犯である。火緋神本家は無論のこと、次代を殺された分家たちは血眼になって女の行方を追っていた。

 相応の報いをという考えもあるが、それ以上に、扇蒼火の証言に不穏なモノを感じ取ったからというのが、理由として大きいのかも知れない。


 いずれにせよ、現在捜査中ということだ。


「そっちは任せとけばいいか。それより……」


 ぎゅうっ、と顔をさらに枕に押し付ける。

 あの日のことを鮮明に思い出す。

 傷だらけになっても自分を守ってくれたあの人のことを。


 バタ、バタバタ、バタバタバタバタ……。

 ベッドの上で、足を動かし始める。


 そして、


「~~~~~~ッ!」


 耳やうなじを真っ赤にして、瑞希は盛大に足をバタつかせた。

 次いで、ぐるんっと仰向けになり、


「……カッコよかったぁ、カッコよかったよォ、辰彦さぁん」


 全力で枕を抱きしめる。


「また助けられちゃったぁ……」


 その瞳は潤み、まるでハートマークが浮かんでいるようだった。


「辰彦さん、辰彦さぁん、あうゥ、辰彦さぁん」


 枕に頬擦りする。


「これはあれだね! うん。あれだね!」


 ぐるんぐるんっ、とベッドの上で転がり回る。


「これに報いるには、もう僕の全部をあげちゃうしかないのではなかろうか!」


 そう叫んだ後、枕に口元を埋めて、うつ伏せに腰を上げる瑞希。

 瞳は潤ませたまま、ふー、ふー、と荒い息を繰り返している。


 ――そう。篠宮瑞希は師である山岡辰彦に、恋慕を抱いているのである。

 それも、強烈で鮮明なる想いだった。


 それを自覚し始めたのは、十四ぐらいの時からだ。

 だが、同時に悟っていた。

 この想いを成就させることは、途方もなく難しいと。


 なにせ、年齢差がとんでもない。実に三倍差なのである。

 しかも彼にとって、自分は『弟子』であっても『女』ではない。

 良くて『娘』。下手をすれば『孫』である。


 このまま、彼と交流を深めても男女の進展など絶対にしない。それどころか、瑞希の成長を間近で見続ければ、ますますもって『孫』の認識が強まる懸念があった。


 だからこそ、しばらく距離を置くことにしたのである。

 綺麗に自分を完全に仕上げてから、再び彼と会うつもりだった。


 無論、距離を置いても、彼の近況には気をかけていた。

 近年では、彼が養女を迎えたことも。


 瑞希は、それは都合がいいと考えていた。

 まずはその養女――蓬莱月子と仲良くなる。外堀を埋めるのだ。いずれは彼女の『母』になる覚悟も完了済みだ。そのために彼女の嗜好なども調査し、準備をしていた。

 偶然を装って出会い、頼りになるお姉さんという信用を得る。そういった具体的な計画の立案も最終段階に入っていたのだ。


 だというのに、事態は急変してしまった。

 久遠真刃の登場と共に、彼女が本家を出て行ってしまったのである。

 瑞希の計画は念入りに前提を調整したモノだったため、根本から破綻してしまった。

 計画を実行するためには、どうしても元の状態に戻す必要があった。


 それこそが、今回の瑞希の目的だったのである。

 しかし、


「全部、ご破算だよォ……」


 ぐるんっと反転して仰向けに、枕を高くかざした。


「久遠真刃には手を出せない。少なくとも今手を出すのは得策じゃない。計画を新たに立て直す方がいいんだけど……」


 今回、改めて思ったことがある。

 彼の前に立って、彼と話して思い知ったのだ。

 自分の心は、すでに限界なのだと。

 表面上は成長した淑女を演じたが、内心ではずっと思っていた。


 ぎゅっとして。ぎゅっとして。ぎゅっとして。

 幼き日よりも。

 離れていた分、あの頃よりも激しく。

 想いが、もう爆発してしまいそうだった。

 もう計画なんて悠長なことは言っていられなかった。

 次に会った時、自分は果たしてどうなってしまうのか……。


「……辰彦さぁん……」


 ぎゅうっと枕を抱きしめる。


「次こそ僕を、瑞希を愛でて……」


 熱い吐息と共にそう呟く。

 いつか、彼に抱きしめてもらえる日を夢見て。

 今は、ベッドの上で転がる瑞希だった。



       ◆



「……はて?」


 その時、山岡辰彦は自分の首筋に手を当てた。

 場所は山奥の某所。木漏れ日が差し込む山道だった。


「どうした? 山岡」


 先を進む青年。久遠真刃が振り返って問う。

 黒い紳士服に、その手には二束の仏花を携えている。

 その傍らには骨翼の猿。霊体の猿忌の姿もあった。


「いえ」山岡はかぶりを振った。


「いささか、寒気のようなモノを感じたのですが、気のせいでしょう」


「……そうか」


 真刃は、双眸を細めた。


「治癒術を施したとはいえ、山岡は先日まで重傷だった身。まだ完全ではないのかもな。今回も無理に付き合わせてしまって申し訳なく思っている」


「いえ。お気になさらず」


 山岡は、頭を垂れた。


「おひいさまたちも、先の事件以降、良好関係の兆しがあります。今はあえて彼女たちだけの時間を作ることもよきことかと思います」


「そう言ってくれると助かる」


 真刃は、再び山道を進み始めた。

 エルナたちの親睦の時間を作りたい。

 その目的で、男だけで出かけたのだが、赴いた先はこの山奥だった。


(……霊園か)


 山岡は、以前にもこの山道に訪れたことがあった。

 ここは火緋神本家が所有する山。死者を弔う霊山である。

 この奥には、火緋神一族の霊園があった。


「久遠さま」


 山岡は尋ねる。


「久遠さまは火緋神一族のどなたかと御縁が?」


 仏花を携えて霊園へと赴くのだ。

 その目的は一つしかない。


(縁者の墓参りか? 彼は火緋神家の血縁者なのか?)


 内心で様々な推測をする。


(御前さまと何かしらの繋がりはあると考えていたが、もしや親族なのか?)


 一族の長である御前さまだが、あのお方は謎多き人物でもあった。

 そのお姿やお名前は無論のこと、直系の親族に関しても不明だった。

 知られている事実といえば、戦後から半世紀以上、一族を牽引してくれた相当にご高齢な女性であること。火緋神本家の血筋であり、その力は別格であるということぐらいだ。


(御前さまの直系は今の本家にはいない。しかし、一族の外ならば……)


 もしや、久遠さまは、御前さまの直系の――。

 と、そんな推測にまで飛んだ時だった。


「……本来ならば」


 前を進む青年が、語り出す。


「もっと早く訪れるべきだった。少なくとも大門と出会ってからは機会があった」


「……大門さまですか?」


 山岡は、眉根を寄せた。

 守護四家の一角・大門家。

 その若き当主と、彼は知人だと聞いている。


「これから参られるのは、大門家の方なのでしょうか?」


「……ああ」


 真刃は頷く。


「遠い血縁だ。恐らく、ここに眠っているはずだ」


 静かに、仏花を強く握る。


「それは分かっていた。だが、オレは認めたくなかったのだろうな」


 山道を進む。


「彼女がもういないことを。彼女だけではない。ここに来ることで杠葉も……」


 嘆息する。


「未練だな。結果、ここに訪れるのに随分と時間がかかってしまった」


『……主よ』


 その時、猿忌が告げた。


『そろそろ山道を抜けるようだ』


「……ああ」


 真刃は、歩を進める。

 猿忌も山岡も無言で付き従った。

 そうして、


「ここが、火緋神の霊園か」


 見渡す限りの石墓。

 山林を切り拓いて造られた、広大な霊園。

 百年の時を経て、久遠真刃はここに辿り着いた。

 かつて愛した女性たちが埋葬されているはずの地へと――。



       ◆



 同じ頃。

 とある小さな街の一角。

 クラシックな喫茶店に、彼女はいた。

 年の頃は十八ほど。艶やかな長い黒髪が印象的な和装の少女だ。

 美しい顔立ちに、どこか陰を持っている女性。

 彼女は、店内のテーブルで、紅茶を愉しんでいた。


 天堂院家の三女。

 七番目・・・。天堂院七奈である。


(随分と時間がかかったわ)


 紅茶を口につけて思う。


(本当に、あの人はあっちこっちに行っちゃうから)


 ソーサーにカップを置いて、小さく嘆息する。

 今日、彼女はこの店で待ち合わせをしていた。

 小さな街の、小さな店舗。

 客の姿もほとんどなく、壮年の店主は、無言でカップを拭いていた。

 やけに派手な衣装の若いウエイトレスが、欠伸をかみ殺している。


(ここなら人の目も気にしなくてよさそうだけど……)


 それでも、彼――主人を連れて来なかったのは良い判断だったと思う。

 なにせ、最近の夫は、日に日にデレが増している。

 特に、自分を遂に隷者ドナーにした夜以降は、如実にそれが表れていた。


『やった! よかった! 本当にお兄さんのアドバイス通りだった!』


 彼と《魂結びソウルスナッチ》を行った者は、すべて廃人になっている。

 そんな恐ろしい事実に、戦々恐々としながら自分は望んだのだが、どうやら、彼は彼で不安を抱いていたらしい。

 その反動か、最近はもう七奈にべったりだった。

 今日は一人で行くと説得するには、相当に苦労したモノである。


「もう。八夜くんの馬鹿……」


 普段以上に激しかった昨夜のことを思い出しつつ、頬を朱に染めて、そう呟く七奈。

 歪なる若夫婦は、今も円満のようだ。

 その時だった。

 ――カランっと。

 喫茶店のドアが開かれた。

 七奈と店長たちが視線を向ける。

 そこにいたのは――。


「……いらっしゃい」


 店長が軽く驚きつつも、そう告げる。

 店内に入って来たのは、美女だった。

 それもただの美女ではない。とても奇抜な美女だ。

 雪のような白銀の乱れザンバラ髪に、どこか眠たそうな琥珀色の眼差し。

 細い腰や華奢な四肢とは対照的な、歩くたびにゆさりと揺れる大きな胸。

 美貌も異相めいているが、それ以上に奇抜なのは服装である。彼女は、ベルトが多数付属した拘束服のような衣服を纏い、その上に派手な着物を羽織っていたのである。

 ウエイトレスもギョッとしていたが、客ではあるので案内しようとした時。


「あ。なっちゃんだ」


 美女が片手を振った。

 ウエイトレスの足が止まった。彼女が和装の少女の連れだと気付く。

 美女は、そのまま和装の少女の元に向かった。


「久しぶり」


 言って、少女の前に座った。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


 数秒ほど遅れて、ウエイトレスが雪髪ゆきがみの美女に声を掛けると、


「ん。これ」


 美女はメニュー表を開いて一品を指差した。特大メロンパフェである。

 ウエイトレスは一瞬だけ美女の胸元に視線を落としつつ、「かしこまりました」と告げて去って行った。「あの姉ちゃん。マジででけえっス。あれはまさにメロンっス」と、ウエイトレスが報告し、「お前、仕事しろよ」と店主が返している。


 ともあれ、七奈は美女に頭を下げた。


「お久しぶりです。お元気でしたか? お姉さま」


「うん。ムロ・・は元気だよ。なっちゃんは?」


 やはり、どこか眠たそうな眼差しでそう返す。

 七奈の異母姉である彼女は、基本的にはおっとりした性格をしていた。


(けれど、戦闘狂でもあるのよね)


 それは一族全員の認識だった。

 が、すぐに七奈は、内心でそれを否定した。

 戦闘狂と呼ぶには少し語弊があるかもしれない。

 戦いが好きというよりも、この異母姉は、強さに相当な拘りがあるのだ。

 自分自身の強さはもちろん、隷者ドナーの強さにおいてもだ。

 実は、異母姉には異性の隷者――すなわち第二段階の隷者はいない。

 現状の隷者は全員が第一段階であり、女性なのである。

 別に男性が苦手で女性が好きといった話ではなく、単純に《魂結び》を第一段階までしかする気がないから女性に統一していると聞いていた。

 七奈は無論、一番上の異母姉であっても、こんな我儘は通らない。

 それだけ彼女が特別だったということだ。


 しかし、それにも限界が来た。

 二年ほど前。異母姉が十七歳の時である。

 八夜が《魂結びソウルスナッチ》によって強い才覚を見せ始めていたこともあり、今までは容認されていた異母姉にも、とうとう第二段階の隷者を得よと命が下ったのだ。


 七奈では逆らうことも出来ない父のめい

 だが、異母姉は、それに猛反発したのである。


『絶対にヤダ』


 そう告げて、彼女は激しく抵抗した。それも物理的にだ。

 それは、どこかぼんやりしていた彼女とは思えないほどの暴れっぷりだった。

 本人曰く、『自分より弱い人とエッチなんて絶対ヤダ』とのことだった。

 さらには、自分の夫は自分で決めるとも言い放ったのだ。

 そうして、異母姉は暴れるだけ暴れて、家を出奔したのである。


 天堂院八夜にも並ぶ、もう一人の傑作。

 正面から父に抗える彼女に、七奈は強い憧れを抱いたものだった。


なっちゃん? どうしたの?」


 昔と変わらない眠たそうな眼差しで、小首を傾げて尋ねてくる異母姉。

 七奈は苦笑を浮かべた。


「私も変わりありません。まあ、夫は出来ましたけど……」


「それってはっちゃんだよね?」


 半眼をさらに細めて、異母姉は、むむっと唸った。


「大体の経緯はなっちゃんからの手紙に書いてあったけど、テテ上さま、相変わらず無茶くちゃする。はっちゃんもそう。はっちゃんは、ムロと同じ研究所生まれだから血の繋がりは薄いかも知れないけど、それでも、なっちゃんはお姉さんなのに」


 一呼吸入れて、


ィちゃん、怒ってなかった?」


「……怒ってくれたそうです」


 七奈は微笑む。


お兄さまは、表向きはぶっきらぼうですが、本当はとても優しい人ですから」


「うん。ィちゃんは、そろそろツンデレ止めればいいのに」


 と、異母姉も笑った。


「けど、私のことは、本当にお気になさらないでください。その、八夜くんは大分変りましたから。私たちはまだまだ不器用だけど、前に進んでいますから」


「……そう?」


 異母姉は、再び小首を傾げた。


「もしかしてイヤイヤじゃない? ラブラブ?」


「そ、その言い方は恥ずかしいのですが……」


 七奈は、頬を朱に染めた。


「その、まあ、その……」


「もしかして無茶くちゃエッチもしている?」


「――ひゃ」


 七奈は、ビクッと肩を震わせた。


「そ、その、私は次代の母体になることも命じられてますから……」


はっちゃんの赤ちゃんが欲しいと思ってる?」


 まさしく直球で異母姉に問われ、七奈はますます顔を赤くした。

 それが、何よりも雄弁な返答でもあった。


「……そう」


 異母姉は大きな胸をテーブルに乗せて、両腕を前に投げ出した。


「う~ん。なっちゃんが嫌がってないのなら、ムロは否定しない。もし嫌がってるのなら、ここで連れていくつもりだったけど」


「……お姉さま」


 四番目の異母兄にも劣らないほどに優しい異母姉に、七奈は口元を綻ばせた。


「お気持ちだけでも嬉しいです。ありがとうございます」


「ん。気にしないで。それにしても」


 ぐでえ、と頭を傾けて異母姉は呟く。


なっちゃんもお嫁さんかあ。ムロの旦那さまはどこにいるんだろう?」


 その呟きを耳に、七奈は異母姉を見つめた。


「やはり、まだ伴侶となられる殿方を探されているのですね」


「うん。そう」


 テーブルの上に身を投げ出したまま、異母姉は頷く。


「けど、全然ダメ。誰もムロを甘え・・させてくれない」


「……お姉さま」


 七奈は、双眸を細めた。


「その件でお話があります。実は、お姉さまに探っていただきたい人物がいます」


「……ん?」


 異母姉は顔を少し上げた。


「それが今日の相談事?」


「はい」


 七奈は頷く。


「これは依頼となります。当然、姉妹といえども報酬はお支払いいたします。ですが、それ以上に、きっとお姉さまにとってその人物は興味深い対象になるでしょう」


「どういうこと?」


 異母姉は、完全に顔を上げて尋ねる。


「その人物は男性です。容姿からすると二十代後半ほどの」


 一拍おいて、七奈は告げる。


「彼は八夜くんに勝ちました。正面から八夜くんの象徴化身シンボリック・ビーストをねじ伏せたのです」


「―――ッ!」


 異母姉は、眠たそうだった瞳を見開いた。

 思わず異母妹を凝視していた。

 そうして。


「……そう」


 七奈の一つ上の異母姉。

 六番目・・・天堂院てんどういん六炉むろはこう返した。


なっちゃん。それ詳しく」




 第5部〈了〉


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


読者のみなさま。

本作を第5部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


しばらくは更新が止まりますが、第6部以降も基本的に別作品の『クライン工房へようこそ!』『悪竜の騎士とゴーレム姫』と執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


第6部は、さすらいのデスハッグ。雪髪メロン娘が少々はっちゃける予定です。


もし、感想やブクマ、♡や☆で応援していただけると、とても嬉しいです! 

大いに励みになります!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!

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