エピローグ

第285話 エピローグ

(……やれやれね)


 その夜。

 葛葉こと、火緋神杠葉は一人、夜の街に出かけていた。

 場所は駅前。

 繁華街と呼ぶほど盛況ではないが、それなりに飲食店が並んでいる。

 時刻もまだ九時過ぎ。行き交う人も多かった。

 そのため、声をかけられることも多くうんざりもしたが。

 杠葉はここで時間を潰すつもりだった。


(交代要員なんていらないのにね)


 彼女がここに来たのは大門に交代を命じられたからだ。

 大門たちは今、フォスター邸に招かれた篠宮瑞希を除いて『ホライゾン山崎』の近くでこっそり駐車し、そこで護衛として待機している。

 しかし、狭い車内での待機。その状況は何もせずとも疲労が蓄積するモノだ。

 従って交代要員を呼んで、杠葉たちには一度帰宅してもらい、リフレッシュさせようというのが大門の意図だった。


 扇蒼火はあっさりと指示に従ったが、杠葉は少し迷った。

 彼女はこの程度で疲労を感じることなどないからだ。

 神刀と龍泉の違いはあるが、彼女もまた桜華同様に永遠の乙女なのである。

 その魂力も体力も桁違いだ。

 だが、そんなことを口に出来るはずもなく、杠葉は意外と押しの強い大門に押し切られるかたちで一時帰宅することになった。


(変な口調だけど、やっぱり彼は丈一郎に似ているわ)


 杠葉はふふっと笑みを零した。

 少しだけ懐かしさを感じた。

 ともあれ、次の交代時間は四時間後だ。

 杠葉は最初、別の場所でこっそり護衛しようかと思った。

 けれど、現在、『ホライゾン山崎』は、百体以上にも及ぶ従霊たちが厳重に警護する精霊殿と化しているのである。

 迂闊に近づくと、自分の姿を従霊たちに目撃される危険があった。

 それでは狼覇たちに口止めを願い出た意味がない。

 歩きながら、小さく嘆息した。


(……ここまで来て……)


 双眸を細める杠葉。

 目の前には街の明かりが輝いていた。

 そんな華やかさと裏腹に。


(……真刃に逢う勇気が出ないなんて)


 グッと強く拳を固める。

 彼に逢う口実はある。

 燦たちの護衛ということで彼と話をする機会もあるだろう。

 むしろそうすべきだと思ったから、今回、出張ってきたのである。

 しかし、土壇場で彼女はまた動けなくなってしまった。

 あと一歩がどうしても踏み出せずにいた。


(なんて情けない)


 可愛い孫娘たちの危機だというのに。

 それでも彼に逢うのが怖いのだ。

 とんだ臆病者である。


(……真刃)


 果たして彼がどんな顔をするのか。

 それが分からない。

 そもそも自分自身、どんな顔で逢えばいいのか――。


(百年以上生きていても私は迷ってばかりね)


 杠葉は視線を一つの店舗に移した。

 次いで足を止める。

 そこはごく一般的なファミリーレストランだった。

 全国各地に展開されているチェーン店の一つだ。外食などほとんどしない――ここ三十年ほどしていない気がする――杠葉にとっては初めて見る店舗だ。

 だが、他の店よりは入り易いような気がした。

 それにこういった店は結構居座れると燦から聞いたことがある。


「……一旦ここに決めましょうか」


 そう呟き、杠葉は店舗に入った。

 カラン、カランと軽快な音が鳴る。

 入ってすぐに「いらっしゃいませ~」とウエイトレスがにこやかに出迎えてくれた。


「お一人さまでしょうか?」


「ええ」


「ではご案内いたします」


 言って、ウエイトレスが歩き出す。

 杠葉は彼女の後についていった。

 店内を見渡す。

 ファミリー向けのため、基本的にテーブル席が多い。

 そこそこ盛況であり、家族連れや、若い男女の姿などがある。

 杠葉は一番奥のテーブル席へと案内されるようだ。

 杠葉は何も考えずに歩いていたが、


「………ん?」


 ふと、足を止めた。

 こちらをじっと見つめる視線に気付いたのだ。

 その人物を見やり、


(…………?)


 眉をひそめた。

 どこかで見たような気がする顔だったのだ。

 その人物は変わった服の女性だった。

 緑色に輝くラインが引かれた暗青色ダークブルーの衣服。

 かなり肢体に密着するタイプであり、まるでアスリートのレギンスのようだ。

 首元には水晶の首飾り。

 そして、白いファーが装飾されたハーフコートを椅子の隣に置いている。


 年の頃は一九か、二十歳ほどか。

 スタイル、美貌ともに抜群の女性だった。

 杠葉同様に一人で来店していたのか、彼女はコーヒーカップを手に持ったまま、杠葉を見て硬直しているようだった。


 時が停まったかのようにピクリとも動かない。

 唖然として目を見開いていた。

 そして、


「……火緋神、杠葉?」


 唐突に。

 彼女に名前を呼ばれて杠葉も目を見開いた。


「……え?」


 だが、その声が古い記憶を刺激した。

 この声にも聞き覚えがある。

 そうだ。この声は――。



『――貴様があいつを語るな!』



 記憶の中の彼女はそう叫んでいた。

 最後に対峙した時、涙を流してそう叫んだのだ。

 その時と、目の前にいる彼女は年齢が違う。

 当時の彼女は、もっと年配だった。

 あれから気の遠くなるような時間も過ぎている。

 しかし、視線の先の彼女には間違いなくその面影があった。

 いや、面影どころではない。

 まるで同一人物がそこにいるような……。


(…………え?)


 酷く困惑する。

 ――そう。

 この記憶はあまりにも遠い記憶なのだ。

 こんな可能性はあり得ない。

 理性がそう告げていた。

 けれど、


「……御影、さん?」


 杠葉はその名を呼んだ。



 果たして、それは偶然か。

 それとも、必然だったのか……。

 まさに半世紀以上の時を経て。

 杠葉と桜華。

 同じ男を愛した女同士。

 二人の百年乙女は再会を果たしたのであった――。





 第7部〈了〉


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読者のみなさま。

本作を第7部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


しばらくは更新が止まりますが、第8部以降も基本的に別作品との執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


第8部は、もう色々と因縁が渦巻くことになります。果たして処理しきれるのか(汗)


もし、感想やブクマ、♡や☆で応援していただけると、とても嬉しいです! 

大いに励みになります!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!



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