第251話 星の煌めきは未だ数知れず④

 それは真刃が帰還した夜のことだった。

 またしても知らない内に妃を増やした真刃に対し、半日かけてお説教した後。

 男性陣と従霊たちを追い出して、リビングに妃たちが全員・・集合したのだ。

 コの字型のソファーに七人・・が座っている。


 右端から順に、長い黒髪を頭頂部で結いだ少女。

 ムスッとした顔で大きな胸を支えるように腕を組む参妃・御影刀歌だ。


 その隣に座るのは、膝の上で手を重ねる無表情の黒髪の少女。

 弐妃・杜ノ宮かなたである。


 そして右側最後の一人は紫色の瞳に少し剣呑な光を宿す銀髪の少女。

 不機嫌の顕れなのか、刀歌同様に腕を組む妃の長。

 壱妃・エルナ=フォスターだ。


 全員が十五歳。数日後には高校に上がる少女たちだ。

 戦闘服代わりなのか、今は三人とも真新しい白い制服を着ている。


 次いで左側。

 左端に座るのは蒼い瞳を持つ淡い金髪の少女。

 穏やかな少女なのだが、今は緊張している様子だった。

 肆妃『月姫』・蓬莱月子だ。


 さらにその隣には、毛先に行くほどにオレンジ色に見える明るい赤色の髪の少女。

 やや釣り目の赤みがかった眼差しを、今はさらに吊り上げている。

 肆妃『星姫』・火緋神燦である。


 二人はエルナたちよりも幼い十二歳。

 すでに小学校は卒業し、中学に進学する予定だ。

 彼女たちは彼女たちで、中学校用に仕立てた新しい制服を着ていた。

 ここまでは今までの妃のメンバーだった。


 だが、ここからは違う。

 コの字型のソファーの中央席。

 そこには新たな二人の妃がいた。


「……あはは」


 微苦笑を浮かべて手を振るのはエルナ側の方に座る女性。

 強欲都市グリードから来たばかりの芽衣である。

 この時、彼女は執事服に似た灰色の隊服を着ていた。

 芽衣は正式にはまだ妃ではない。立場的には近衛隊の隊長だった。

 いずれ妃へと昇格することは確定しているらしいが。

 そしてもう一人。


「改めてよろしく」


 そう告げてⅤサインをする女性。

 芽衣の隣に座る女性である。

 彼女は、芽衣に比べると随分と奇抜な格好をしていた。ベルトが多数装着された黒い拘束衣を着ているのである。その上に、花魁を思わせるような派手な着物を羽織っていた。

 ただ、それ以上に目を惹くのは彼女の幻想的な容姿だろう。

 雪の如く白い肌。肩にかからないほどに伸ばされた白銀の乱れザンバラ髪。

 まるで伝説にある雪妖のようだ。その上、四肢も腰も細く、それに反比例するかのように胸だけは実に豊かだった。芽衣にも匹敵する大きさである。


 ――そう。芽衣にしろ彼女にしろ、そのスタイルはとんでもないレベルだった。

 おかげで燦の敵愾心は天元突破である。


「…………」


 じいっと。

 六炉は琥珀色の眼差しでエルナたちを見つめていた。

 そして、


「うん。ムロは陸妃のムロ」


 ややあって、そう名乗る。

 その後、ムロは六炉と書くと説明してくれた。

 彼女は芽衣と違って正式な妃であり、本人も名乗った通り陸妃であるそうだ。

 まあ、エルナたちにしてみれば、六炉にはそれ以外にも気になることがあるのだが。

 エルナたちは、無言で新たな妃たちを見据えていた。

 すると、


「え、えっと、ちょっと驚いたかな」


 気まずさを感じた芽衣が話を切り出してきた。


「シィくんに妃たちがいるって聞いてたけど、ここまで若いとは思わなかったから」


 そう告げる。その視線は何となく燦の方に向けられていた。


「――シャアアアッ!」


 燦は両手を上げて威嚇する。

 以前の瑞希に対する威嚇程度ではない。隙あらば襲い掛かりそうな迫力だ。

 芽衣は少し頬を引きつらせた。


「ううゥ、想像以上にアウェイだよォ」


 子供好きである芽衣としては、ここまで敵愾心を剥き出しにされると少し悲しかった。


「……止めなさい。燦」


 そんな燦を諫めたのは壱妃であるエルナだった。


「複数の異性を隷者ドナーにすることなんて引導師ボーダーの世界ならもう当たり前よ。私の腐れお兄さまなんて二桁も隷者ドナーがいるんだから……」


 色々とぶっ飛んでいる異母兄を思い出して溜息をつきつつ、


「真刃さんが新しい隷者ドナーを連れてくることは充分予想できていた話よ。それを受け入れてるから私たちはここにいるんでしょう?」


「そ、それはそうだけど……」


 燦はぶっすうと頬を膨らませた。

 それから一拍おいて。


隷者ドナーの話で言うんだったら、あたしや月子もそうだけど、おじさんからしたらエルナたちだってまだ子供でしょう? だから、そういうことはもっと先のことだと思ってたの。けど、こいつらは……」


 じいっと芽衣と六炉を見据える。


「……大人だもん」


 そう呟く。

 エルナたち全員の視線が芽衣と六炉に集中した。

 全員が微妙な表情を見せていた。

 視線を受けて芽衣は頬を引きつらせる。六炉はキョトンとしていたが。


「……そうね」


 エルナが口を開く。


「彼女たちは大人よ。今すぐにでも真刃さんの愛が受け入れられるぐらいに」


 一拍おいて、


「私たちと違ってね。まあ、その点は私やかなた、刀歌は納得いかないんだけど」


 エルナは立ち上がる。


「けど、それは逆に真刃さんが私たちを本当に大切に想ってくれてる証だって割り切るわ。それで問題っていうか、もうぶっちゃけて不満って言っちゃうけど」


 ゆさりと胸を揺らして腰を降ろしつつ、ジト目で芽衣たちを睨み据える。


「この二人が私たちよりも先に真刃さんとエッチすることよね」


「「「…………」」」


 エルナも含めて五人の妃たちは芽衣たちを見据えた。

 まさに無言の圧力だ。

 年下であっても『女』としての圧に、芽衣も六炉さえも表情を強張らせた。

 しばしの静寂が続く。

 すると、エルナが「……ふう」と嘆息した。


「正直なところ不満ではあるわ。壱から肆まですっ飛ばして伍か陸からなんて。魔が差して早まらないかなってこっそり頑張ってきたのに……」


 そこまで呟いてから表情を改めて。


「けど、ここにまで連れて来たということは、あなたたちも真刃さんに妃として望まれたということだし、だったら受け入れるしかないわ」


 妃の長は言う。


「いいわ。壱妃・エルナはあなたたちが真刃さんとエッチすることを認めます」


「エルナ!?」


 刀歌が驚いて立ち上がった。

 燦と月子は目を瞬かせて、かなたも驚いた顔をしている。

 何気に芽衣と六炉も驚いていた。


「こればかりは遅かれ早かれよ。だけど」


 エルナは指を二本立てて言葉を続けた。


「条件が二つあるわ。一つは改めてルールを決めること」


「……ルール、ですか?」


 月子が反芻する。エルナは「ええ」と頷いた。

 次いで、芽衣と六炉に目をやって。


「あなたたち二人だけじゃなく、すべての妃に真刃さんに優先的に甘えられる権限……寵愛権を設定するのよ。ルールは三つ」


 人差し指を立てる。


「一つ目。寵愛権は月に三回まで。連続使用は禁止。月の繰り越しはなしで」


 中指を立てる。


「二つ目。寵愛権を行使する場合はグループに宣言を送信すること」


「……メールのこと? ムロはスマホ苦手」


「シィくんに新しいの買ってもらったんでしょう? 後でウチが教えて上げるよォ」


 と、年長者たちは小声でやり取りする。


「そして三つ目」


 エルナは薬指を立てた。


「寵愛権の効力は二十四時間とするわ。その期間は行使した妃が最優先よ。誰かが行使中の場合は他の妃は寵愛権を行使できないわ。そうね。宣言や管理をしやすいように後で金羊にアプリでも用意してもらいましょう。それで芽衣さん。六炉さん」


 そこで再びジト目になって。


「あなたたちが真刃さんとエッチしてもいい日は寵愛権行使の日だけになるわ。いいわね」


 そう宣告されて、芽衣と六炉は顔を見合わせた。


「それともう一つの条件だけど」


 唇に指先を当てて告げる。


「避妊は絶対にすること。あなたたち二人にはそれだけは守ってもらうわ。せめて私たち全員が大人になる日までわね」


 生々しい単語ワードに、燦と月子が「「ひゃっ」」と顔を真っ赤にする。

 言った本人であるエルナでさえ頬に少し朱が差しており、同い年の少女である刀歌とかなたも微かに赤い顔で視線を逸らしていた。


「……むむ」


 が、それに不満そうな表情を見せたのは六炉だった。


「それはイヤ。だってムロは真刃の赤ちゃんが欲しいから……」


「気持ちは分かるけどそれでもダメ」


 火照る顔を振りつつ、エルナは両腕で『×』を作って言う。


引導師ボーダーの世界ってやっぱりまだまだ古い世界なのよ。産まれた順で後継問題に発展するなんてどこの家でもよくある話でしょう?」


 一呼吸入れて、


「それに真刃さん、いつの間にか強欲都市グリードを掌握しちゃってるし、流石に後継問題も視野に入れなくちゃ。だから、そこだけは平等にスタートさせて」


「……むむむ」


 六炉は口元をヘの字に結んだ。

 しかし、彼女は何気にこの国でも有数の古い一族の娘でもあるので、


「……仕方がない。我慢する」


 渋々とだが承諾した。芽衣も「ウチもOKだよォ」と頷いた。


「じゃあ、これで方針はいいわよね。刀歌。もう一つの本題をお願い」


 エルナは刀歌に視線を向けた。

 刀歌は腕を組んだまま、「ああ」と頷く。エルナは自分の席に戻り、かなたはさらに無表情となり、燦と月子は緊張した面持ちを浮かべた。

 そして、


「蝶花と赤蛇に聞いた。お前、天堂院家の直系らしいな」


 六炉を見据えて、刀歌がそう切り出した。


「……へ?」


 それに目を丸くしたのは芽衣である。

 思わず六炉の方に顔を向けた。


「え? 天堂院家ってあの有名な? そうなん? ムロちゃん」


「うん」


 六炉は隠すこともなく首肯する。


「ムロは天堂院本家の次女。フルネームは『天堂院六炉』っていう」


「うわあ。名家中の名家だよ。強いはずだよォ」


 と、芽衣が率直な感想を零す。


「ええ。そうね。けど、それだけに聞きたいことがあるの。ここからが本題だわ」


 そうしてエルナが言う。


「教えてくれるかしら。あなたが知る天堂院家のことを。あなたのお父さまが語った百年前にいたっていう『久遠真刃』という人物のことを――」

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