第6話 《魂結びの儀》③

 時は過ぎて、放課後。

 エルナは、早々に学校を出て下校していた。

 あずさともすでに別れており、両手で鞄を持って一人歩道を歩く。

 身に纏うのは、ド派手な黄金龍の刺繍が入った蒼いジャンパー。そんな奇妙な装いの美少女に、通行人が思わず足を止めてしまうが、彼女は気にもとめない。

 時折、車道に自動車が通る。


(そう言えば、お師さまは車に気をつけろって言ってたな)


 隣を走り抜ける自動車の一台を一瞥して、思い出す。

 真刃はいささか過保護で心配症な人だ。だが、その行動の一つ一つに、とても深い愛情を感じるので、エルナは彼が心配してくれる度に嬉しく思っていた。


(けど、学校での問題まで、お師さまに心配させちゃダメだよね)


 それは、流石にしてはいけない。エルナは、足を止めて振り向いた。


「……私に何か用?」


「…………」


 その人物は、無言だった。

 肩に掛からない程度に、黒髪をラフに切った少女。前髪は少し長く、時折、黒い瞳を隠していた。生気のない表情のせいか、雨に濡れた猫のような印象を抱く。

 身長はエルナと同じぐらいか。身に纏うのもエルナと同じセーラー服だ。その上に、大きな黒いカーディガンを羽織っている。黒がよく似合う少女だ。

 手には鞄。それに加え、首には血のように赤いチョーカーが巻かれていた。エルナには、やや劣るものの平均以上の豊かな胸に、黒いタイツに覆われた、すらりとした美しい脚。年齢離れしたプロポーションの持ち主である。


 だが、彼女を以て特筆すべきはその美貌か。

 整った鼻梁に、桜色の薄い唇。前髪の奥から覗かせる黒曜石のような瞳。

 無表情なその顔は、まるで精緻な人形のようだった。


 古き家系には、ずば抜けた美貌を持つ者が多い。

 エルナ然り。この少女もまた然りだった。


「……杜ノ宮さんだよね?」


 名前は『杜ノ宮かなた』だったか。

 エルナのクラスメートの一人である。確か一年の時から同じクラスだったはずだ。当時は手足がガリガリで、まるで針金のような印象があったのを憶えている。

 そう思うと、たった二年で、よくぞここまで美しく成長したものだ。


「もう一度聞くよ。私に何か用なの?」


 エルナは尋ねた。かなたは、ほとんど縁がない相手だった。

 ずっと同じクラスではあったが、これまで会話する機会はなかった。

 すると、かなたは、


「…………」


 何も答えないまま柏手を打った。

 途端、周囲に静謐な空気が流れる。

 人の足の流れが速くなり、立ち去っていく通行人。不意に、思い出したように道を変える者たち。車道の交通量も、徐々に減っていった。

 いつしか静寂に包まれる。周辺から人を遠ざける人払いの術だ。


「……何の真似?」


 表情を鋭くして、かなたを見据える。と、


「理解不能です。どうしてなのですか?」


 かなたは初めて口を開いた。


「どうして、《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》にエントリーされないのです?」


「……え?」エルナは目を丸くした。


「星那クレストフォルス校は《魂結びの儀ソウル・スナッチ・マッチ》を公式に行う学校の一つです。の使命を公然と果たせます。だからこそ、この学校に入学したはずです」


 淡々とした声で告げるかなた。一方、エルナは一気に表情を険しくした。


「――あなたは、まさか!」


「ご当主さまは大学卒業までの猶予を与えました。未だ一人も隷者がいない状況であっても、私は高校卒業までは静観するつもりでした。ですが、看過できない事態が起こりました」


 かなたは、まるで機械のように表情を一切変えず語り続ける。


「久遠真刃」


「ッ!」エルナは息を呑む。


「あなたが拾ってきた人物。一体何者なのか。調査しましたが、彼の素性は一切分かりませんでした。しかし、その点においては問題ないと判断しました。何度か確認しましたが、彼は大家の正統にも劣らない引導師です。恐らく魂力も相当なものでしょう」


 そこで黒髪の少女は、改めてエルナを見据えた。


「学生を対象にしていた当初の予定とは異なりますが、久遠真刃は訳ありのようです。慎重に信頼関係を築き、恩義と友好からいずれ隷者に出来れば、ご当主さまもお喜びになられるでしょう。私はそう判断していましたが……」


 感情を出さない少女は、思い出したように一度だけ瞬きをした。


「今やあなたの方が彼に強い思慕を抱くようになった。そして今日の宣言。私は危険だと判断しました。このままではあなたの方が、久遠真刃の隷者になる可能性があります」


「…………」


 エルナは、無言でかなたを睨み付ける。

 しかし、そんな敵意をぶつけられても、かなたは表情を変えない。

 まるで感情を、どこか遠い場所に置き忘れてしまったようだ。


「従って、私は罰をもって警告することにしました」


 やはり機械的に告げる。


「ご当主さまからは、その権限を与えられています。また、仮にお嬢さまが隷者にされそうになった場合は、相手の引導師を秘密裏に処分しろとも仰せつかっています」


「――ッ!」


 エルナは後方に跳んだ。鞄を投げ捨て物質転送の術を使用。割れた空間から、羽衣のような薄紫色の布を取り出した。片手で掴まれた布は、ふわりと舞う。


「要は、あなたは私のお目付役だったっていうこと?」エルナは、苦笑を零す。「流石にお兄さまもそれぐらいは付けるってことね」


「私はあなたの首輪です。そしてご当主さまの道具です」


 かなたはそう答えると、鞄をその場に落とした。次いで自分のスカートの中に手を入れる。

 エルナの顔に緊張が走る。

 数秒後、かなたが、スカート――太股に巻き付けた革製の鞘――から取り出したのは、大きなハサミだった。

 銀色に輝く刃。それは刀匠が手がけたような逸品だった。

 かなたは、バチンッ、と刃を鳴らした。


「では、あなたの断裁を開始します」

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