第185話 帳が降りて、幕は上がる②

 同じ頃。別の部屋でも会合が行われていた。

 男女混同の八人。

 おうぎ蒼火そうかが率いる一党である。

 壁に待たれかける者、椅子に座って腕を組む者、はたまたバルコニーに目をやって夕日を眺める者と、統一性のない彼らではあるが、目的は同じだ。

 一人の人物の帰還を待っているのである。


 そうして、五分ほど経ち……。

 ガチャリ、と。

 おもむろに、ドアが開かれた。


 全身の視線が入り口に集中する。

 すると、そこから現れたのは、篠宮瑞希だった。


「やあやあ」


 彼女は朗らかに笑って、部屋の中に入って来た。


「ごめん。僕が最後だったかな?」


 そう告げて、勢いよくベッドの縁に腰を降ろした。


「……随分とご機嫌なようだな?」


 椅子に座る蒼火にそう指摘され、瑞希はパタパタと手を振った。


「あはは。そんなことはないよ~」


 そう返すが、彼女が上機嫌なのは誰の目から見ても明らかだった。

 元々飄々として陽気な性格の彼女ではあるが、ここまで機嫌がよくなるとしたら、考えられることは一つだけだ。


「山岡から何か情報を引き出せたのか?」


 火緋神家が、お目付け役として双姫に付けた老紳士。

 篠宮瑞希は彼と面識があるらしい。

 そのため、情報収集に出向いてたのだ。

 と、その時、


「けれど、あのお爺さん。本家が用意したお目付け役と言っても、そもそも引導師ボーダーではないんでしょう? 役に立つのかしら?」


 女性の一人が言う。

 宝条志乃である。彼女は訝し気に眉をひそめていた。

 山岡辰彦は、火緋神一族の古い世代には絶大な信頼を置かれる人物だが、彼女のような若い世代とは縁が薄く、使用人と大差のない扱いを受けている。


「例の男は、在野といっても引導師ボーダーではあるのよ。もしも、あの男が姫さまたちを手籠めにしようとしたら、とても止められるとは思えないけど?」


「まあ、あの爺さんは気配りが出来る人だって俺の親父は言ってたな」


 壁に寄り掛かっていた青年が言う。


「相手の心境の変化とかを察するのが得意なんじゃねえか? いざという時の首輪ってよりもそうなる前に危険な兆候を知らせるセンサーってことじゃねえのか?」


「……けど、それでも、いざという時を考えたら――」


 志乃があご先に指を当てて、そう呟いた時だった。

 志乃はギョッとした。


 瑞希が、こちらを見据えていたのだ。

 いつもの掴みどころのない表情ではない。無表情だ。

 敵意さえ感じるような眼差しで、こちらを見据えているのである。


「……し、篠宮さん?」


 志乃が、恐る恐る彼女の名を呼んだ。

 すると瑞希は「……あ」と呟き、


「ごめん。ちょっと考えを整理してたんだ。えっと、情報についてだね」


 表情を明るいモノに一転させて、そう続ける。


「彼は、顔見知りでも任務を漏らすような人じゃないからね。互いの近況を伝える感じでどうにか情報を聞き出したけど、足りない部分は僕の推測で補うけどいいかい?」


「ああ。それで構わない」


 蒼火が言う。


「なにせ、情報が不足しているからな」


 その台詞に、志乃も含めて全員が頷いた。


「うん。分かったよ」


 瑞希も頷いて、話を切り出した。

 蒼火たちは耳を傾ける。

 そして、


「やっぱり『久遠真刃』という人物は、御前さまが、幼いお姫さまたちを一族や他家から守るために護衛兼保護者として雇った引導師ボーダーという説が濃厚だと思うよ」


「……そうか」


 蒼火が呟く。志乃も指先を自分の髪に絡めて、


「確かに今日一日の様子を見る限り、彼の様子は完全に保護者だったわね」


「けどよ、姫さまたち以外にも、あれだけの綺麗どころばかりが揃ってんのに、あの休日のお父さん感はいただけねえよな」


 と、男性の一人が苦笑を浮かべる。他のメンバーたちも似たような様子だ。


「……最近では、自分の息子や娘に専属の護衛者を付ける家は多いと聞く」


 そんな中、蒼火が、双眸を細めて言う。


「案外、姫さま以外の娘たちも、表向きは隷者ドナーに偽装しているだけで、実際には依頼で保護しているのかもしれないな」


 木を隠すなら森の中という諺もある。

 今は当然のように《魂結びソウルスナッチ》が行われる時代だ。

 あえて隷者ドナーを偽装すれば、その関係を疑う者もいないだろう。

 第一段階であってもすでに隷者ドナーであるのならば、重複契約は不可能なため、誘拐を考える者もいない。狙われるとしたら、むしろ隷主オーナーたるあの青年だった。


 危険なのは自分だけ。

 護衛だけではなく、彼女たちが無事成人するまでの期間の保護を考えるのならば、なかなかに巧い手である。


「……それで、どうするの?」


 女性の一人が尋ねる。


「本当に御前さまの雇った人なら、私たちには手が出せないよ」


「……そうだよなあ」


 ボリボリ、と男性の一人が頭をかく。


「姫さまたちの保護を考えてってことなら、俺らが手を出すと逆効果だよな」


 全員が沈黙する。と、


「……いや」


 蒼火が口を開いた。


「仮にこれが真実であったとしても、姫さまたちは300超えの魂力オドの持ち主だ。隷者ドナーとしてならば、喉から手が出るほどの逸材だ」


 一拍おいて、


「今は子供扱いでも、時が経てば状況が変わる可能性は大いにある」


「……うん。そうだね」


 その呟きに、瑞希が同意する。


「女の子は成長するんだ。いつまでも子供なんかじゃない」


 その声は、どこか実感のような強い響きがあった。

 瑞希は、蒼火に視線を向けた。


「お姫さまたちも成長するんだ。君が言いたいのは、仮に久遠真刃さんが護衛のプロだったとしても、長く付き合えば、いつか魔が差すんじゃないかって危惧しているんだね」


「……ああ。その通りだ」


 蒼火は頷く。


「プロ意識だけに頼るのは危険だ。あの男にはリスクも教えるべきだ」


「なるほどね」


 瑞希は、肩を竦めた。


「流石は扇君。今にも魔が差しそうな君の言葉は重みが違う」


「……お前な。そろそろ本気で怒るぞ」


 蒼火は、剣呑な眼差しを見せた。

 瑞希は「あはは。ごめん」と笑った。


「まあ、要は、彼には釘を刺しておくべきだったことだよね」


 瑞希は目を細めた。


「あの子たちに手を出したらタダじゃ済ませないと。ふふ、そう言うと思ったよ」


 そこで彼女は悪戯っぽく笑った。


「彼の部屋はもう調べてあるよ。どうだい。早速行ってみるかい?」

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