第341話 お妃バトルロイヤル2②

 そんなホマレの野望はよそに。


(……むむむ)


 桜華は桜華で、どうにも微妙な表情を浮かべていた。


(やはり気まずいな)


 率直にそう思う。

 晴れて愛しい男と結ばれて。

 こうして隷者の一人となった桜華。

 だが、こうやって一つの場所に集まると、自身の存在に異質感を覚える。


 ――桜華の命令により、かつての部下たちが行ったこと。

 そしてかなたを負傷させたこと。

 そのことに関しては正式に謝罪もした。

 両膝を突き、姿勢を正して深く頭を垂れた。

 桜華の生きた時代を感じさせる本気の謝罪である。

 彼女たちは、随分と困惑しつつも、謝罪を受け入れてくれた。

 従って、そのことは妃内で禍根にはなっていない。


 しかしながら、だ。

 桜華が他の妃たちと打ち解けているかと尋ねられると微妙だった。

 真刃相手ならば素直に感情を見せることも、まだ少し気恥ずかしさはあるものの、甘えるようなことも出来るのだが、やはり他の妃たちとは世代が違いすぎる。


(……むむむ)


 口元をへの字に結ぶ。

 妃入りしてからの桜華の悩み。

 それは、超がつくほどのジェネレーションギャップだった。

 なにせ、他の妃たちはほとんどが十代なのである。一番上でも二十歳になったばかりという話だった。何を話せばいいのか全く分からないのである。


(まさか、こんなことになるとは……)


 こっそり専属従霊である白冴にも相談しているのだが、白冴も今の世代に詳しい訳でないので二人して悩んでいた。


(とりあえず羊羹や飴玉は常備しておくべきなのか?)


 それらで大喜びした幼かった頃の弟子を思い出しつつ、そんなことを考えていたら、


「……桜華?」


 不意に声を掛けられた。

 すぐ傍からだ。

 視線を向けると、そこには一人の女性がしゃがみ込んでいた。

 桜華と同じ妃の一人。

 陸妃・天堂院六炉である。


「さっきから変な顔してる。緊張してるの?」


 六炉はそう尋ねてくる。


「……いや」桜華は少し躊躇いつつも、


「緊張とは違うな。どうも自分は場違いではないかと感じている。ジェネレーションギャップというのか? どうにもそれが拭えない」


 と、素直に告げた。

 六炉は、桜華にとってかなり話しやすい相手だった。

 なにせ、彼女はかつての上官の娘である。

 まあ、そんな彼女と同じ隷者になったことには複雑な気分ではあるが。


「……そう」


 六炉が琥珀の双眸を細めて言う。


「けど、そんなに気にしなくてもいいと思う。世代は違っても、桜華はもうムロたちと同じだから。桜華は桜華らしくあったらいい。真刃もそれを望んでいる」


「……六炉」桜華は小さく嘆息する。


「それはあいつの言葉か? さては自分を気遣ってくれとか言われたのか?」


 ジト目で六炉を見据えた。

 対する六炉はこちらを見つつ、膝を抱えて「ふふ」と笑った。

 六炉と、ここにまだ来ていない伍妃は第二段階の隷者。

 正真正銘、桜華と同じ立場にある者たちだった。

 だからこそ、真刃は二人に桜華のフォローを頼んだのだろう。


「まったく。あいつめ。余計な気遣いを」


「それだけ桜華は真刃に愛されてるってことだと思う。もちろんムロもだけど」


 桜華の呟きに、六炉がそう答える。

 桜華は苦笑を浮かべた。


「それを今さら否定する気はない。正真正銘、自分はもうあいつの女だ。しかし、やはり世代差は気まずいものなのだぞ。なにせ、燦と月子に至っては年齢差が十倍だ」


「……そう聞くと確かに凄い」


 少し目を丸くして六炉は言う。


「けど、やっぱり気にしてたら何も進まないと思う。互いにもっと心を開かないと……」


「う~む、そうなのだが……」


 桜華は何とも言えない渋面を浮かべつつ、腕を組んで唸った。




 一方、その頃。

 桜華たちから少し離れた場所にて。



「やっぱり、気まずいわよね」


 一人の少女が、そう話を切り出した。

 銀髪が輝く少女。

 壱妃・エルナ=フォスターである。


「それは桜華さんのことですか?」


 そう答えるのは、エルナの隣に立つ黒髪の少女――杜ノ宮かなただった。


「彼女が、私たちの中で浮いているということでしょうか?」


 そう告げるかなたに「ええ」とエルナが頷く。


「やっぱり、彼女って壁を感じるのよ」


「それは仕方がないだろう」


 と、エルナの台詞に別の人物が応じる。

 凛々しい双眸に、長い黒髪をポニーテールにした少女――御影刀歌だ。


「桜華師は偉大な剣士なんだぞ。未熟な私たちとは違う」


 腰を両手に、大きな胸を張って誇らしげに言う。

 刀歌は桜華の直弟子であり、同じ一族でもあった。

 特に刀歌は彼女のことを尊敬している。

 色々とあって互いの立場も大きく変わったが、その敬意は変わらない。


「百戦錬磨の桜華師から見れば、私たちなど小娘に過ぎないのだろう」


 刀歌はそう告げた。

 そんな刀歌をかなたが見やる。


「……確かにそうかも知れませんが」


 一拍おいて、


「それでも私たちは同じく妃です。現時点の実力差や経験差は仕方がなくとも、やはり妃同士で壁を作るのはよくありません」


 何より、真刃さまはそれを望まれません。

 かなたはそう続けた。

 エルナも刀歌も「「う」」と言葉を詰まらせた。


「あ、あの……」


 その時、手と共に声を上げる者がいた。

 ふわりとした淡い金髪に、アイスブルーの瞳の少女。

 肆妃『月姫』・蓬莱月子だった。

 葵たちが来てくれたことに気付いて手を振っていた彼女も話に加わってきた。


「桜華さんに対しては、私たちの方にも壁があると思います」


 自分の意見を告げる。

 同時に月子は、桜華と六炉の方に目をやった。

 桜華と六炉は談話しているようだった。


「少なくとも、六炉さんや芽衣さんは桜華さんと自然な感じでよく話されています。私たちよりは年上でも桜華さんとの世代差は凄いはずなのに」


「う~ん、確かにそうよね」


 あごに手をやりつつ、エルナも二人の方へと目をやった。

 確かに二人は親し気なように見える。

 そこにエルナたちに対するほどの壁はなさそうだ。


「……芽衣さんたちと私たち。いったい何が違うのかな?」


 エルナがそう呟くと、


「……ああ、もうっ!」


 不意に不満そうな声が上がった。

 四人の視線が、声の主の方へと集まる。

 毛先に行くほどオレンジ色になる赤い髪を支流のようにツインテールに結いだ少女だ。

 月子の親友であり相棒。

 肆妃『星姫』・火緋神燦である。


「みんな、まどろっこしいのよ!」


 燦はそう告げる。

 続けて、腰に両手を当てて胸を張る。


「気遣っても仕方がないじゃない! こういった時はこうよ!」


 フンスっと鼻を鳴らして、小さな右の拳を突き出した。

 そして、


「拳で語るって言うの? ともかく本気で殴り合えば相手のことも分かるから!」


 そんなことを言った。


「「「…………」」」


 燦の台詞にJK三人がジト目になって沈黙した。

 月子だけは頬を引きつらせていたが。

 ややあって、


「……燦。なんて脳筋な台詞を」


 悩まし気に眉をひそめて、エルナが額を抑えて呟いた。


「それじゃあまるで刀歌じゃない」


「おい待て。エルナ。その台詞はどういう意味だ?」


 刀歌が、ジト目のままエルナを睨んだ。

 と、その時だった。

 不意に、ドスンっと大きな音が響いたのだ。

 エルナたちは少し驚いた。

 そして、全員が音の鳴った方へと振り向いた――。



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