第342話 お妃バトルロイヤル2③
――ドスンっ!
と、大きな音を響かせて、尻餅をついたのは一人の女性だった。
栗色のウェーブのかかった長い髪。
少し垂れ目がちの大きな瞳が印象的な二十歳ほどの美女だ。
抜群のプロポーションの上に、トレーニング用の白いラインが入った黒地のランニングウェアを着込んだ、ここにはいなかった最後の妃。
――伍妃・芽衣である。
「いたぁい……」
いきなり空中から現れた彼女は、腰から床に落ちてしまった。
自分のお尻を片手で抑えて少し涙目になっている。
「芽衣か」
すぐ傍に居た桜華が芽衣に視線を向けて言う。
六炉が「おはよう。芽衣」と手を振っていた。
「ううゥ、二人ともおはよォ」
芽衣はまだ痛いのか、手をお尻に当てたまま立ち上がった。
「いたた。朝から失敗したよォ」
「空間転移で来たの?」
六炉が尋ねる。
直前まで訓練場に芽衣の姿はなかった。
考えられるとしたら、彼女の
「うん。あはは……」
芽衣は頭に手を置き、気まずげに笑った。
「ごめェん。少し寝坊しちゃってェ。慌てて跳んできたんだよォ」
「感心しないな」
桜華が腕を組んで言う。
「お前は自分を除けば最年長者だろう。遅刻は示しがつかんぞ」
「う~ん、そうなんだけどォ」
芽衣は視線を逸らした。
「……? どうした?」桜華は眉をひそめた。
「何か遅刻した理由があるのか?」
「桜華、桜華」
その時、しゃがんだままの六炉が桜華の腕を引っ張った。
「忘れてる。芽衣は昨夜、寵愛権を使った」
言って、自分のスマホを取り出して桜華に見せる。
そこには、にっこり笑った芽衣のデフォルメフェイスがスタンプされていた。
桜華は「……む」と呟いた。
「ムロも使った日はだいたい遅刻する。仕方がない」
「いやいや。それでもウチは普段は遅刻しないようにしてるんよ」
芽衣は少し視線を逸らした。
「けど、その、昨日の夜は……」
頬と耳が赤くなる。
桜華はキョトンとしていたが、六炉の方は「なるほど」と察した。
「おめでと。芽衣も真刃の
「…………」
ますますもって芽衣の耳が赤くなる。
「ああ、そういうことか」
桜華は嘆息する。
「あいつと《魂結び》を結んだのだな。その翌日では疲労も大きいか。特にお前は一気に第二段階にまで行うという話だったしな」
一拍おいて、
「だが、これで魂力に大きな余裕も出来たか」
「う、うん」芽衣はこくんと頷く。
「シイくんの
そう告げると、赤い顔のままで自分の腹部辺りで指先同士を重ねた。
「けど、魂力以上に、今は愛とか幸せとかでいっぱいかな。う、うん……」
そこで顔を上げて、「あはは」と笑った。
「だけど、やっぱり桜華さんって凄いねえ」
少し照れた様子で話題を変える。
「ウチ、みんなの中で一番魂力が少ないせいかも知れへんけど、昨夜は凄く大変やったんよ。今朝はもう疲れ切ってて、シィくんがお仕事に行ったことにも全然気付かへんぐらい爆睡やったし。けど、桜華さんってば温泉旅行から帰ってきた時って平然としてたでしょう?」
「あ。うん。それはムロも思った」
六炉があごを上げて桜華を見やる。
「芽衣より魂力は多いけど、ムロも《
そんなことを言う。
すると、桜華は「ははは」とにっこりと笑った。
あまり見せない朗らかな笑みだ。
そして、
「うんうん。そうか。そうだったな。思い出したぞ。芽衣。六炉」
芽衣たちに視線を向ける。
笑顔ではあるが、その目は全く笑っていなかった。
芽衣と六炉は、少しビクッと震えた。
そうして、桜華は芽衣の両肩をしっかりと掴んで。
「確かに自分の魂力の量は無限に等しいからな。普段からして2800は維持している。あいつが相手であっても《魂結び》自体にはそれほど負担はないかもしれない。しかしだ。しかしだな。一つ言っておくぞ」
ギリギリと芽衣の肩に桜華の指が食い込んでいく。
「お、おおお桜華さん……?」
芽衣の顔は引きつり、六炉はしゃがんだままゆっくりと離れようとしていた。
「魂力が無限でも体力まではそうはいかないんだ。普通に限界だってあるんだからな」
やや赤い顔かつ、半眼で桜華はそう告げる。
「あの日は、それこそ年長者の見栄だったんだ。自分だって女なんだ。本当のところ、歩くのだって億劫だったんだぞ」
一拍おいて、
「そしてお前たち。自分は聞いたぞ。あいつに随分と余計な注文をしてくれたそうだな。お前たちだってあいつの女だ。あいつがそういった行為の時、かなり気遣ってくれていることは言葉にせずとも理解しているだろう?」
「そ、それは……」
思わず視線を逸らす芽衣。
桜華は笑顔のまま、額に青筋を立てていた。
そして、そろそろ本気で逃げ出そうとしていた六炉の襟首も掴んで、
「あの莫迦、自分の時は本当にもう容赦してくれなかったぞ。《魂結び》とか関係なく有無さえも言わせないぐらいにな」
まあ、桜華自身の屈服願望もあったかもしれないがそこはあえて伏せる。
ともあれだ。
「お前たちの初めての夜はさぞかし甘やかされたのだろうなあ。自分の時と違って」
桜華は微笑んでそう告げる。
「「……………」」
芽衣も六炉も無言だった。
二人とも冷たい汗を流して忙しく視線を泳がせている。
「今日は自分が容赦しないことにしよう」
そんな二人に桜華は言う。
「覚悟しろ、二人とも。今日の訓練はしっかりとしごいてやるからな」
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