第110話 太陽を掌に④

 燦は一足飛びで跳んだ。

 たった一歩で間合いを詰める。

 そして渾身の前蹴りを、巨猿の腹部へと叩きつけた!


『――ぐおッ!』


 四本腕の巨猿は目を見開き、大きく吹き飛ばされた。

 そのまま、積み立てられたコンテナに直撃する。


『てめえッ!』


 牛頭と馬頭の二つの頭を持つ巨人が、拳を振り上げた。

 燦の頭よりも遥かに大きい拳だ。

 けれど、燦は怯む様子もなく間合いを詰めた。

 そして、炎雷を纏う小さな拳で、巨人の腹部を撃ち抜いた。

 巨人もまた、大きく吹き飛ばされることになった。


『このガキがッ!』


 残された、三尾の狐が襲い掛かる!

 アギトを大きく開いて、燦の上半身を丸呑みにしようとするが、

 ――ガッ!

 上下の牙を掴んで、燦はアギトを止めた。

 グググッ、と腕と牙が拮抗する。が、


「――はあっ!」


 ――バチンッ!

 突然、燦が巨大な雷光を放った。

 全身から溢れた雷光は、三尾の狐を呑み込んで荒れ狂う。


『ぐあああああああッ!』


 堪らず、三尾の狐は間合いを大きく取った。

 その隙を、燦は見逃さない。

 大きくジャンプして回転。ミサイルのような跳び蹴りを放った!


『――があッ!?』


 その蹴りは、三尾の狐の横腹に直撃した。

 ビキビキッと音を立てて、三尾の狐も吹き飛ばされることになった。

 燦は着地し、火炎のドレスを揺らめかせて拳を構えた。

 ふうっと小さく息を吐く。


 すると、


「……おお。すっげえナ」


 その時。

 パチパチ、と隻眼の男が拍手を贈った。


「独力だけで象徴者シンボルホルダー三人相手にして渡り合うカ。流石は火緋神の直系だナ。だガ」


 左手を上げる。

 途端、四本腕の巨猿、牛頭と馬頭の巨人、三尾の狐が立ち上がった。

 ダメージはあるようだが、模擬象徴デミ・シンボルが解かれるほどではない。


「一対一なら勝てたかもナ。けど、これはお上品な試合じゃネエ。数で圧させて……」


 と、告げようとした時だった。


「……は?」


 隻眼の男――ワンが目を丸くした。

 おもむろに、炎の少女の両足が地面から浮いたからだ。


「舐めないでよ」


 バチバチッと両足から雷光を放って、燦が言う。


「今のあたしは、いつもの五倍は強いのよ!」


 そう叫ぶなり、燦の姿がかき消えた。

 次の瞬間には、巨人の目の前にいた。

 超高速の移動だった。このコンテナ倉庫は主に鉄骨製だ。

 それは、電磁力を利用した超電導移動リニアムーブだった。

 目にも映らない速度のまま、燦は再び拳を叩きつけた!

 その威力は、先程までの比ではない。

 拳を受けた巨人は、幾つもコンテナを撃ち抜いて倉庫の奥に消えた。


「まだまだ行くわよ!」


 燦の勢いは止まらない。

 巨猿の乱打をかわすと、一瞬で間合いを取り直し、再び超電導移動リニアムーブ。超速の飛び蹴りで巨猿の眉間を撃ち抜いた。まさに雷の矢である。

 巨猿も耐えきれず、遥か後方へと吹き飛んでいった。燦は再び加速。今度は超電導移動リニアムーブを連続で使用する。あちらこちらに一瞬だけ姿を現す少女に、三尾の狐は動揺した。


『――くそッ! どこだ!』


 目で追おうとしたが、あっという間に見失った。

 その次の瞬間、

 ――ズドンッ!

 三尾の狐のあごを、炎の拳が撃ち抜いた!

 狐の巨体が宙に跳ね跳び、天井にまで叩きつけられる。ガゴンッと一部を粉砕し、三尾の狐は地面に落ちてきた。地面に叩きつけられ、その場に横たわる。

 そうして数瞬後には三尾の狐の姿は崩れていき、気を失った男の姿が露になった。


「………………」


 ワンは、無言でその様子を一瞥した。


「ふふん。どうよ!」


 燦が、とても慎ましい胸を張って鼻を鳴らした。


「場所が悪かったわね。ちょうでんどう? よく分かんないけど、鉄の多い場所なら、あたしは無敵なのよ」


「……こいつは想定外だったカ」


 ワンが、ポツリと呟く。

 途端、エボンを筆頭に、残った男たちがポケットからある物を取り出した。

 それは、すべて無痛注射器だった。

 流石に燦も顔色を変える。が、


「……やめとケ」


 それは、ワンが止めた。


「これ以上、騒がれんのも面倒だしナ。俺がやるヨ」


 言って、ワンはゆっくりと歩き出した。

 燦は警戒するが、どうしてか、ワンは無痛注射器を取り出す気配はない。


(何かの罠? けど!)


 燦はわずかに体を浮かせて、加速に入った。

 再び超電導移動リニアムーブの連続使用。

 注射器を取り出す動きを見せるのなら、すぐに邪魔するつもりだった。

 しかし、燦のその目算は――。


「―――え」


 いきなり目の前に現れた、巨大な手によって防がれてしまった。

 ――ドンッ!


「あうっ!」


 巨大な掌に、燦の小さな体は叩きつけられる。

 ぐらりと揺れたところを、その巨大な手に、燦は囚われてしまった。

 燦は目を瞠った。

 その手はワンのものだった。右腕だけが巨大化していたのだ。

 金色の剛毛を生やした猿のような手だった。


「な、なんで!」


 燦は叫ぶ。


「注射器なんて使ってないのに!」


「俺は特に適合率が高くてナ」


 ワンは、ニタリと笑った。


「片腕ぐらいなら、薬物を使わんでも顕現できるのサ」


 言って、巨腕で燦の体を軽々と掲げた。


「確かに速いが、動きが単調すぎたナ。もっとフェイントも憶えるべきだゾ」


「――クッ!」


 巨腕の手の中で、燦は歯を軋ませた。

 炎と雷を放出するが、金色の巨腕の握力が緩む気配はない。


「さテ。儀式には、お前が必要なんだガ」


 ワンは、倉庫の壁に目をやった。


「儀式が始まるまでの間、死んでなきゃいいことだしナ。少し大人しくなってもらうカ」


 そう呟いて、巨腕を大きく振りかぶった。

 燦が青ざめる。

 そして、

 ――ゴウッ!

 燦の体は、凄まじい速度で投げられた。

 壁に向かって数百キロの速度だ。

 この勢いで壁に直撃すれば、魂力で補強された燦の体でも重傷は免れない。

 しかし、死ぬことまではない。それを見越した投擲だった。


「どっか~ん」


 投げた直後に、ワンがそう呟いた、その時だった。


「………は?」


 思わず、ワンは目を丸くした。

 即座に壁に直撃するはずだった少女が、宙空でいきなり減速したのだ。

 勢いは一気に殺されていく。

 そして遂には、燦は宙空で止まることになった。

 ワンも、エボンたちも唖然としていた。


「え? え?」


 この現象に困惑したのは、燦も同じだった。

 何かとても柔らかにものに包まれているのは分かるが、これが何なのか分からない。


「えええ! な、なにこれ!?」


 驚愕の声を上げた、その瞬間である。

 ――ドンっ、と。

 今度は、上へと吹き飛ばされたのだ。

 速度はかなり落ちてるが、燦は驚愕するだけで体勢を整えることも出来ない。


「うわうわうわッ!」


 空中で、ジタバタするばかりだった。

 天井近くまで跳ね上げられた後、燦は落下した。

 両足で着地すべきなのだが、まだ動揺していて燦はそこまで頭が回らなかった。

 ただ、ギュッと目を瞑る。

 そして――。

 ――トスンっと。

 燦は、優しく強く受け止められた。

 両手で腰を支えられた姿勢だ。


「え? ふえ?」


 燦は目を瞬かせる。と、


「……どうやら間に合ったようだな」


 そんな声が、すぐ近くから聞こえてきた。

 燦は、ハッとして顔を下げた。

 そして瞳を輝かせる。


「あ……」


 自分を両手で支える彼の顔を見て、大きな声で叫んだ。


「――おじさんっ!」


「……はァ」


 再会するなり、おじさん呼ばわりされて少しヘコみつつも、


「まあ、元気そうで何よりだ」


 苦笑を浮かべて、そう返す真刃だった。

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