第354話 過去と未来④

 三十分後。

 燦と月子は何とも言えない気持ちで帰路についていた。

 周囲は住宅街。

 すでに火緋神家本邸も遠くにあり、二人は歩道を歩いている。

 二人ともずっと無言だった。


 ――罰を受けたい。

 そう告げる杠葉がどんな結末を望んでいるのか。

 それを幼くとも何となく察したからだ。


「「…………」」


 鞄を背負い、二人揃って俯いて歩く。

 比較的に人通りが少ない道でもあって沈黙が続く。

 それからどれぐらい経ったか、


「……うん」


 小さく呟き、先に顔を上げたのは燦だった。


「……決めたわ。うん! 決めたわ!」


 フンス、と鼻を鳴らす。

 そして燦は拳を強く固めた。


「……燦ちゃん?」


 月子も顔を上げて、燦の方を見つめた。


「いったい何を決めたの?」


「ひいお婆さまの考えは分かったわ。けど納得いかないのよ!」


 燦は長い髪を振って、月子を見やる。


「多分、ひいお婆様さまはおじさんに殺されてもいいって思ってるかもしれないけど、そんなの絶対にダメだわ!」


「う、うん。それは私も思うよ」


 月子はコクコクと頷いた。

 御前さまと真刃の間に重い過去があるのは分かる。

 しかし、月子たちにとっては二人ともかけがえのない人なのだ。

 殺す、殺されるなど、あってはいけない話だ。


「そもそも、おじさんって相手が大切な人なら刺されても抱きしめる人だもん!」


 と、燦が力説する。


「あ、うん。それも同感」


 月子も同意した。


(御前さまの気持ちは理解できるけど……)


 きっと、おじさまの方はそれでも相手のことを愛すると思う。

 その人の罪も罰もすべて受け入れる。

 それは幼いながらも女としての直感だった。


「うん! そうよ!」


 そして燦も同じ直感を抱いていた。


「だから、ひいお婆さまの考えはダメダメだわ! ひいお婆さまにとっても、おじさんにとってもよ! うん! だから、あたしは決めたわ!」


 燦は両手をグッと固めた。


「ひいお婆さまも、おじさんの妃にするのよ!」


「……え?」


 月子がキョトンとした。

 そうして数秒後、


「ええええ――ッ!?」


 驚愕の声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って!? 御前さまってもの凄い年上なんだよ!?」


 あわあわと手を動かして告げる。

 御前さまの見た目は十代後半の美しい女性だ。

 普段は和装なのでとても落ち着いて見えるが、それこそ葛籠の中にあったような流行の洋服など着れば、もう美少女にしか見えない。

 肉体年齢的には本当に十代のままなので当然といえば当然だ。

 けれど、その実年齢は、あと数ヶ月で百二十歳の大台に乗るらしい。


「そんなの桜華だって同じじゃない!」


 燦は指摘する。

 それどころか桜華の方が少し年上だった。


「大丈夫よ!」


 鼻息を荒くして燦は続けて言う。


「ひいお婆さまも桜華と同じで無理した若作りなんかじゃあなくて本当に若いんだし! それこそ桜華の実例があるから問題なしよ!」


「え、えええェ……」


 流石に月子も顔を強張らせた。

 桜華の妃入りが強力な実績であることは月子も否定しない。

 普通だったらまずあり得ない前例である。

 しかし、それでも困惑する。


「だ、だって、それって私たちと御前さまが同じになっちゃうんだよ?」


 敬愛するあの御前さまが、自分たちと同じ妃になるのだ。

 月子にとっては優しいお婆ちゃんである。

 そんな人が、自分と同じ男性を愛して愛されるということだ。

 こればかりは困惑は隠せない。

 けれど、


「それも刀歌と桜華の例があるからいいじゃん!」


 と、燦は躊躇なく言う。

 月子は「あうゥ」と呻いた。

 確かにあの二人は自分たちと御前さまの関係に近いと言える。

 そして、刀歌はそれを困惑しつつも受け入れていた。


「だから、あたしたちだって大丈夫よ!」


 腰に手を当てて、燦は堂々と告げる。

 月子は言葉がなかった。


「ともかくよ!」


 一方、燦はさらに勢いに乗る。


「おじさんとひいお婆さまの寄りを戻すの! そう!」


 大きく息を吸いこんで、


「ひいお婆さまのお妃さま入り計画の発動よ!」


 勢いよく両腕を上げて、燦はそう叫んだ。

 月子もつられて両手をバッと上げた。


「バッドエンドなんてごめんだから!」


「う、うん。そうだね」


 燦の勢いに呑まれつつも、月子も同意する。

 ただ、指先を重ねて少し躊躇いつつ、


「だ、だけど、確かにバッドエンドじゃあないとは思うけど、こんなハーレムエンドってありなのかなあ……」


「大丈夫! ありだから! それより月子!」


 燦はグッと月子の両肩を掴んだ。

 月子が目を瞬かせると、燦はにっこりと笑って、


「じゃあ、さっそく作戦を考えて! 月子!」


「え? 私が考えるの?」


「うん! あたし考えるの苦手だし!」


「そこは私に丸投げなの!?」


 愕然とする月子。

 ともあれ、


「頑張ろう! 月子!」


「う、うん!」


 と、意気込む肆妃たちであった。

 ちなみに、


『『……………』』


 彼女たちの専属従霊である赫獅子と狼覇は、何とも言えない複雑な気持ちでそれぞれの姫君たちの様子を見守っていた。


 その後、ファーストフード店にも寄って色々と作戦を練った燦たちだったが、結局、エルナたちにも相談することにした。今夜にでも妃会合を開き、特に当時を生きて事情にも詳しい桜華の知恵を借りることにしたのだ。


 だがしかし、結果的にそれは叶わないことになる。

 杠葉と不仲である桜華が拒否した訳ではない。

 帰宅後、彼女たちは知ることになるからだ。

 久遠真刃が歩んできた道。

 百年にも渡る因果が、ただ一つだけではないということを――。


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