第396話 肆妃『月姫』/青い世界②
★900を超えました! ありがとうございます!
感謝を込めて、本日はもう1話、サプライズ投稿いたします!
感想やブクマ、『♥』や『★』評価で応援していただけると、とても嬉しいです!
もちろん、レビューも大歓迎です!
大喜びします! 大いに執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!m(__)m
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
九歳になる愛娘の月子と、妻であるアメリアだ。
天晴は彼女たちを心から愛していた。
しかし、蓬莱財閥の総裁としての日々の忙しさから、どうしても彼女たちのための時間を作ることが中々出来なかった。
まだ秘書でもあるアメリアはいい。
仕事ありきではあるが、二人だけの時間はそれなりに取れる。
だが、娘の月子はそうは行かない。
そこで天晴は思い切って長期休暇を取ったのだ。
月子の夏休みに合わせて二週間。
完全な休暇とまでは行かないが、衛星を利用した通信まで用意することでテレワークの状況を整えて豪華客船の家族旅行を用意したのだ。
アメリアも月子も、とても喜んでくれた。
月子も楽しんでくれていたが、アメリアの方がより楽しんでいたのかもしれない。
愛娘を連れだして、客船内のアミューズメント施設を満喫していたようだ。
夜も遊び疲れた月子を眠らせて、二人でワインを楽しんだ。
アメリアはアメリアで、普段から寂しいと感じていたのを知ることになった。
けれども、幸せだったのは三日目の夜までだった。
――ギギギギギギギギギィィ!
何かの断末魔のように船体が悲鳴を上げる。
天晴は右腕に月子を抱きかかえ、アメリアの手を引いて必死に船内を走っていた。
その表情は険しい。アメリアと月子も青ざめていた。
その絶望は唐突に襲来した。
いきなり船体が大きく揺れたのである。
続けて、次々と爆発音が響く。
その時、船体の下層のロビーにいた天晴は顔色を変えた。
周囲が混乱する中、娘を抱えて妻の手を取る。
即座に異常事態と判断し、まだ脱出口がある内に船上へと向かったのだ。
同様の判断をした者も多かったようだ。通路にはそこそこの人間が集まっていた。
そうして混雑の中、月子を上の階層にどうにか上げた時、突如、通路の向こうから水が襲い掛かって来たのである。
とても逃げられる速度ではない。
だから、せめて、
「――月子! 逃げろ!」
愛娘にそう叫んだ。
月子は唖然とした顔をしていた。
(――月子!)
天晴はもう愛娘に声を掛けることも出来なかった。
だが、妻だけは――。
暴虐な海流の中、咄嗟に掴んだアメリアの手だけは離さなかった。
実のところ、二人の最期はまだこの時ではない。
何度も通路に体をぶつけながらも、
「――カハッ!」
天晴は海面から顔を出した。
どうやら客室の一つのようだ。
ベッドを足場にして腹部までが海面の上に出る。
「アメリア!」
天晴は妻も海面から引き上げた。
激しく海水を吐きつつも、彼女もまだ息があった。
ただ額からは大きな出血をしていた。
「あ、
おぼろげな眼差しでアメリアは夫を見つめた。
それから、
「つ、月子は! 月子は無事なの!」
「たぶん大丈夫だ。水には呑み込まれていない。だが……」
天晴は周囲に目をやった。
海面はドンドン嵩を増やしている。
ここは閉ざされたエアポケットのようだ。出口はどこにもなかった。
「……天晴」
それはアメリアもすぐに気付いた。
「……もうダメなのね。けど、月子は……」
「ああ。まだ無事な大人がいるはずだ。きっと誰かが助けてくれる」
「……そうね」
アメリアは天晴に身を寄せた。
天晴も、彼女を強く抱きしめた。
水嵩は暴力的に増えていく。
「……アメリア」
天晴は愛する女性の顔を見つめた。
「ありがとう。俺を愛してくれて。俺の妻になってくれて。俺を支えてくれて」
妻の頬にそっと触れる。
「月子に逢わせてくれて。本当にありがとう」
「……ううん」
アメリアは夫の手に触れてかぶりを振った。
「私の方こそありがとう。あなたと出逢って私の人生は変わったわ」
彼女は微笑んだ。
「あの頃は、こんなにも人を愛せるとは思っていなかった。私なんかがあんなにも可愛い子を授かるなんて思ってもいなかった」
「……アメリア」
天晴はもう一度、アメリアを強く抱きしめる。
「俺は君を死んでも離さない」
「……
アメリアも天晴を強く抱きしめた。
「私もよ。死んでも離さない。離れないわ」
水嵩はすでに首元にまで迫っていた。
話せる時間はもうない。
だから、二人は最後に声を揃えて願う。
「「誰か、月子を守ってください」」
そうして口付けを交わした。
水の猛威は、遂に二人を呑み込んだ。
それでも、抱きしめ合う二人が離れることはなかった――。
そして彼らの願いは天に届く。
誰もが混乱する中で、
「お嬢さん! しっかりなさい!」
目の前で両親を失って茫然自失となった月子に声を掛ける者がいた。
それは五十代後半ほどの老紳士だった。
執事服に身を包んだ彼は、壮年とは思えない動きで月子を抱きかかえた。
「ま、待って!」
月子はハッとして叫ぶ。
「パ、
両親が消えた海流へと手を伸ばした。
老紳士は月子からは見えない角度で表情を険しくした。
あの海流に呑みこまれてしまっては、すでに――。
「……今は」
酷であることは承知で告げる。
「今はあなたが生き延びることだけを考えるのです」
聡明な月子は、その意味を瞬時に理解した。
だから、
「やああああああああ――ッッ!」
半狂乱になって両手を伸ばす。
「
老紳士――山岡辰彦は悲痛な想いで暴れる彼女を強く抱きかかえた。
(名も存じあげぬご両親よ)
泣き叫ぶ少女を腕に、心の中で誓う。
(我が拳と誇りにかけてお約束しよう。この子は必ず救うと)
山岡は揺れる船内をさらに加速する。
この子だけではない。
混乱ではぐれてしまったが、守らなければならない少女はもう一人いる。
いや、実際はさらにもう一人いるのだが、恐らく
(脱出するにも、まず抑えなければならない
山岡は表情を険しくした。
その元凶をどうにかしなければ、恐らく脱出もままならない。
(完全に後手に回ってしまったのが悔やまれるが……)
ギリと歯を軋ませつつ、
(この非常事態。すでに動かれてるはず。頼みましたぞ。
老紳士は疾走する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます