第438話 火緋神家の家庭事情➂
十分ほど経って。
無事、月子は元の姿に戻っていた。
ただ、未来の姿は金羊や燦たちによってきちんと画像で保存されているが。
ともあれ、月子は今、燦たちと並んで正座をしていた。
「……ふむふむ」
真刃に同行していた杠葉が観察する。
その隣に立つ真刃も神妙な顔で月子を見つめていた。
まるで怪我をした娘の診察を、そわそわと待つ父親のようだ。
ややあって、
「どうやら月子ちゃんには時間操作系の術式の素養があるのかもね」
フニフニと月子の両頬に触れて、杠葉はそう告げた。
手を離し、それから葵が手に持つ口紅型霊具を見やり、
「葵ちゃんと違ってその霊具と適合したって訳じゃなさそうね。時間操作系の術式と干渉して月子ちゃんの素質が誘発されたって感じだわ」
「え?」
月子は目を丸くした。
「それって私が時間操作系の術式を使えるってことですか?」
「その可能性はあるわ」
杠葉は言う。
「じゃ、じゃあ、訓練すれば私は――」
思わず両膝を立てて尋ねる月子だったが、杠葉はかぶりを振った。
「可能性としてはあり得るわ。ただ、私も時間操作系の術者とは数えるほどしか会ったことがないの。すでに知り合いも亡くなっていて、残念ながら指導できる人がいないの」
「……う」
月子は言葉を詰まらせた。
誰もが認める最強の術式である時間操作系。
歴史上には確かに実在していたが、今の時代でまだ存在しているかは不明だ。
そもそも、あえてその術式を秘匿にしている可能性もあった。
誰もが羨む最強の力ゆえに、他者に狙われるリスクもあるからだ。
「……あ、けど」
その時、葵が口を開いた。
手に持つ
「この霊具を造った人は時間操作系の術式のノウハウを持っているってことなんじゃ? その人を探せば、月子ちゃんは指導を受けられるんじゃ――」
「相手は悪名高い霊具工房。
茜が嘆息して葵の台詞を遮った。
「簡単に見つけ出せないわよ。そもそも協力してくれるなんて思えないし」
『そうっスね』
真刃のスマホから金羊も言う。
『アッシにしても、ホマレちゃんにしても、葵ちゃんの件で一度探ってみたことがあるんスけど、あれは相当に強かな相手っスね』
「……そうなんですか」
葵は黙り込んだ。
月子の方も、少し期待していただけに肩を落としていた。
「……月子」
隣に座る燦が、月子を心配そうに見つめる。
「大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
月子は無理やり笑った。
と、そんな中、
「月子」
真刃が月子に声を掛けた。
「案ずるな。指導者ならば
「……え」
月子が顔を上げた。
真刃は月子の頭に手を置き、言葉を続ける。
「今はまだ休眠中だが、従霊の一体に時間を操れる者がいる。白冴と桜華の話ではそろそろ目覚めるとの話だ。目覚めたら月子の指導を願うことにしよう」
「ホ、ホントですか!」
月子が瞳を輝かせた。
燦たちも驚いた顔をしている。ただ一番驚いていたのは杠葉だ。
「え? 真刃、それってもしかして……」
「ああ。そういうことだ」
真刃は頷く。
「九龍、赫獅子、狼覇に因子が残っていたおかげでどうにかな。目覚め次第、お前の専属従霊にしようと考えていたが、それは猿忌に止められた」
『……当然だ』
ボボボッと鬼火が現れる。猿忌だった。
『ただでさえ杠葉は最も強い。そこにあやつまで専属従霊になっては明らかに過剰だ。あやつは我や刃鳥、金羊同様に主の側近になる予定だ』
ただそれだけを告げて、すぐに姿を消した。
「……ということだ」
真刃は嘆息して告げる。
「お前の専属従霊は選考中だ。綾香と――」
そこで真刃は茜と葵を見やる。
「茜たちやホマレにも従霊を付ける予定だ。もう少し待ってくれ」
「え?」「わ、私たちにもですか?」
葵と茜は目を瞬かせた。真刃は「ああ」と首肯する。
「備えておくに越したことはないからな」
一拍おいて、
「さて。それで本題として燦と月子に話があるのだ」
真刃は本題に入った。
全員の視線が真刃に集まる。
そして真刃は話す。
火緋神家の動きについてだ。
「……ええ~」
すると、真っ先に燦が嫌な顔をした。
「耀お兄さまがそんなことを言っているの?」
「それは仕方がないよ。燦ちゃん」
月子が燦を見やり、苦笑を浮かべた。
「結構、学校を休んでいるし。耀さまたちが燦ちゃんを心配するのは当然のことだよ」
「月子ちゃん。一応言っておくけどね」
杠葉がかぶりを振って言う。
「耀さんにしろ、巌さんにしろ。それと猛さんや魁さんもよ。心配しているのは燦のことだけじゃないわ。あなたのこともよ」
一拍おいて、
「巌さんの家族は分かりにくいだけで、実は優しい子ばかりなのよ」
火緋神家の先代の長としてそう告げるが、
「ひい姉さまは、あたしたちのひいお婆さまだからそう思うだけだよ」
燦は手厳しかった。
そして、
「けど、お兄さまのことでおじさんに迷惑を掛けちゃダメね」
燦は立ち上がって、腰に両手を当てた。
「任せておいて! おじさん!」
フンス、と鼻を鳴らす。
「耀お兄さまにはあたしが厳しく言っておくから!」
「いや。今回の件では、お前の兄は至極真っ当な心配をしているのだが?」
と、真刃が言う。
「ここは
「それはダメ!」
燦は両手を掲げて『×』を作った。
「エルナが言ってたもん。おじさんはもう一大勢力のボスだって! あんまり下手にでちゃダメな立場だって! それに――」
そこで燦は再び鼻を鳴らした。
「あたしと月子はもうおじさんのところにお嫁さん入りしたんだから! 実家にどうこう言われたくない!」
「さ、燦ちゃんっ!?」
月子が真っ赤な顔で燦を見上げた。
茜と葵は大胆な宣言に目を瞬かせている。
一方、真刃は深々と嘆息しつつ、杠葉に目をやった。
「……杠葉」
「な、何かな?」
視線を逸らしながら、杠葉が小首を傾げた。
「燦は本当にお前の直系ではないのか? 言動があの頃のお前に似すぎているぞ」
「そ、そうなの? 本当に私ってこんなんだったの?」
視線を泳がせて、杠葉は呟く。
そんな二人をよそに、燦はなお叫ぶ。
「だから、今回は任せておいて!」
親指を立てた。
「耀お兄さまはあたしと月子だけで対応するから!」
意気揚々にそう告げるのであった。
「……燦ちゃぁん」
月子が何とも困った顔をしたのは言うまでもなかった。
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