第200話 王の審判⑦

 ――王の審判。

 それは、一台の車がドーンタワーの前に到着した時から始まった。

 真刃と刀歌たちが乗った車である。

 彼らが停車したのは、海と隣接した高台。ドーンタワーの屋外駐車場だ。

 多くの車が停車している中、真刃は最も海に近い場所に駐車した。

 黒鉄の虎の姿の猿忌もすぐ傍で足を止める。

 ドアを開けて、三人は車外に出た。

 海風が、髪や服を揺らす。

 そんな中で、真刃がドーンタワーを見上げる。と、


「主君」刀歌が声を掛けてきた。「ドーンタワーの中を探るのか?」


「ああ。まずはそのつもりだ」


 真刃は答える。


「この場所は、今回の首魁が潜んでいる可能性が高い」


「はあ? なんでそんなことが分かんだよ?」


 と、剛人が尋ねてくる。この少年は未だに剣呑な眼差しだ。

 真刃は、少し苦笑いを浮かべつつ、


「名付きの輩には顔見知りがいてな。そいつは高みの見物を好む男だった。その男曰く、名付きとは、ほとんどがその男と同じような趣向の持ち主とのことだ」


 もう一度、頭上に目をやる。


「このタワーは有数の高所だ。高みの見物には持ってこいの場所だからな」


『確かに』


 ガチャリと爪音が鳴る。猿忌が主の元に近づいてきた。


『あの男ならば、好みそうな場所ではあるな』


「いや、それより!」


 すると、刀歌が叫ぶ。


「主君は名付きネームド我霊エゴスと戦ったことがあるのか!」


 次いで、純粋な眼差しで尋ねてくる。


「凄いな! いつ戦ったんだ!」


「それ、マジかよ? 名付きネームド我霊エゴスとの遭遇率は結構レアだぜ」


 と、剛人が疑わしそうな表情を向けてくる。

 正反対の反応を見せる二人に真刃は目を細めて、


「……古い時代・・の話だ」


 遠き日を思い出す。


「あらゆる意味で、名付きの異質さを思い知らされた男だった。一戦も交えたが、あの時、あの夜。オレ以上に奮戦していたのは――」


 そこで、刀歌を――今は亡き彼女・・によく似た少女を見やり、懐かしさと寂しさを抱いて、微かに口角を上げた。


「……オレの妻だったな」


「…………え?」


 目を瞬かせる刀歌。

 が、すぐに顔色を青ざめさせた。


「妻ッ!? 妻って!?」


「オッサン、かみさん持ちなのかよ!」


 剛人も愕然と目を見開いた。


「おい! ふざけんな! かみさんいんのにJC三人――いや、四人か? それとJSも一人いんのか? とにかくJCを隷者ドナーにしてんのかよ!」


 と、憤る幼馴染には構わず、刀歌は両手で真刃の右肩を掴む。


「主君!? 真刃さま!? 真刃さまって奥さんがいたの――」


 と、叫びかけたところでハッとする。


「も、もしかして、紫子という人なのか?」


「……な、に?」


 その名に、今度は真刃が目を瞬かせた。


「刀歌? 何故お前が紫子の名を知っているのだ?」


『え、えっと、それは……』


 真刃の問いかけに、刀歌よりも、リボンの蝶花の方が動揺した。

 そんな従霊の様子に、真刃は眉をひそめる。

 そして、


「蝶花?」


 問い質そうとした時だった。

 ――フオン、と。

 唐突に。

 一つの鬼火が、真刃の傍らに浮かび上がった。

 猿忌も含めて全員の視線が、鬼火に移る。


『真刃さま』


 鬼火が話し始める。少女の声だ。


『ウチ、見つけたよ! イエイ! 今回の黒幕見つけたよ!』


 褒めて褒めてと言わんばかりに、鬼火が真刃の周辺を舞った。


「見つけたか」


 真刃が、鋭く双眸を細めた。

 新たに命じていた敵の首魁の捜索が功を奏したか。


「よくやった。風凜。どこで見つけたのだ?」


 風凜と呼ばれた鬼火は『えへへ』と笑い声を零し、


『イエイ! 夜の国ミッドナイトの大観覧車! そこの一番上のゴンドラにいたんだ!』


「……大観覧車か」


 真刃は、渋面を浮かべる。

 候補に考えていた場所の一つである。最も遠い場所でもあるが。

 視線を海の彼方へと向ける。小さくではあるが、大観覧車の姿を確認できた。


引導師いんどうし、もしくは一般人の可能性はないか?』


 黒鉄の虎が、鬼火に尋ねる。


『ノット。それはないよ。長さま』


 風凜は答える。


『停止した観覧車の中で一人だけいるんだよ。取り乱すこともなく、脱出する様子もなく優雅にティータイム! ゴンドラの中にティーセットを持ち込んでいるんだよ! イエイ! もう不審者オーラ全開だよ! 黒幕以外には考えられないよ!』


「観客気取りという訳か」


 かつての道化のことを思い出しつつ、真刃は皮肉気な笑みを見せた。


「やはりあの男の同類ということだな。さて」


 真刃は、おもむろに高台の柵の前まで移動した。

 眼下には、夜の海が広がっていた。


「……ふむ」


 続けて、周囲にも目をやる。

 二百台は収納できる屋外駐車場。街路樹などは点在しているが、それ以外は何もない。

 近くにある建造物はドーンタワーと、各王国と本土へと通じる四つのブリッジのみ。

 ドーンタワー内を除けば、ここに人の気配はないようだ。


「ここなら問題はないな。刀歌」


「あ、うん」


 真刃に呼ばれて、刀歌が近づいてくる。


「先程の話は後でだ。いいか。お前はこれからドーンタワー内を探れ」


「タワー内を?」


 眉をひそめる刀歌に、真刃は「ああ」と頷く。


「首魁の居場所は知れたが、タワー内にはまだ一般人がいる可能性がある。お前と小僧はその者たちを救出するのだ」


「それはいいが、主君はどうする――」


 と、尋ねかけたところで刀歌は気付く。目を大きく見開いた。


「……主君、まさか……」


「ああ」真刃は頷いた。視線を、海を挟んで遥か遠くにある大観覧車へと向けた。


「ここからなら直線距離・・・・で突っ切った方が早いからな」


「……そうか」


 刀歌は、神妙な表情を見せた。

 が、すぐに微笑むと、ポヨンっと大きな胸を片手で打って。


「うん! 分かった」


 参妃は言う。


「安心してくれ。タワー内の人は私が守るから!」


 刀歌は真っ直ぐ真刃を見据えた。


「ああ」真刃も微笑む。


「頼りにしているぞ。刀歌」


「うん。任せて」


 そう応えてから、刀歌は真刃の背中に腕を回してきた。

 剛人が「刀歌あッ!?」と愕然とするが、刀歌はお構いなしだ。


「刀歌、頑張るから」


 ぎゅうっ、と大きな胸を圧し潰して抱き着く刀歌。

 猿忌は『ふむ。ここぞという時は参妃が最も積極的だな』と呟き、風凜は『ノット。ウチ、やっぱり妃たちは嫌い。体があるのはズルい』とぼやいていた。

 一方、刀歌は「ギュッとして」と、眼差しだけでおねだりしていた。

 真刃としては、旧知の忘れ形見である少年の、この上なく絶望じみた表情がとても気になったが、やはり、それよりも刀歌の方が大切だった。


「……刀歌」


 彼女の腰、首筋に触れて、強く抱き寄せる。


「決して無理だけはするなよ」


「……うん」


 刀歌の瞳に熱が帯びた。

 彼女としては、このままいつぞやの決戦前のようにキスまでしたいところなのだが、流石に幼馴染の前なので自粛する。代わりに、真刃の肩に顔を埋め、その背中に強くしがみついた。

 他の妃たちもいないこの好機チャンスに、しっかりと甘える参妃だった。


 ややあって、


「真刃さまも、気をつけて」


 名残惜しそうに離れて、刀歌が告げる。


「ああ。分かっている」


 真刃は頷いた。

 それから、わなわなと指を動かす剛人に、


「小僧」


「――ああン! なんだてめえッ! ぶっ殺すぞッ!」


 声を掛けたが、剛人は半ば狂戦士化していた。

 総毛立って、血の涙でも流しそうな形相である。

 真刃は嘆息しつつ、


「お前の話も後で聞いてやる。だが、今は一つ忠告しておいてやろう」


「はあン? 何がだ!」


 剣呑な態度を解かない剛人に対し、真刃は頭上を指差した。


「この後、すぐに雨が降る。蝶花。分かっておるな。刀歌を濡らすでないぞ」


『アイアイサー!』


 リボンを振って応じる蝶花。

 刀歌は「ああ。確かに」と納得しているが、剛人は怪訝な顔だ。


「雨って何の話だよ。ここは結界領域内だぞ」


「すぐに分かる。それよりも小僧」


 真刃は、海へと一歩近づいて告げる。


「刀歌を頼むぞ。そしてオレは――」


 皮肉気に笑う。


「お前の言う通り、そろそろ働こうと思う」


 言って、真刃は跳躍した。

 たった一歩で十メートルにも至る大跳躍である。

 高台の柵を越えて、向かう先は海だった。

 黒鉄の虎も続き、鬼火も『イエイ!』と叫んで海へと飛翔する。


「お、おい!? オッサン!?」


 剛人が目を見開き、柵へと駆け寄った。

 同時に蝶花がリボンを変形させて、刀歌を守るように大きな傘と成った。

 その直後のことだった。

 ――ゴウッッ!

 真刃が消えた海。

 そこから突如、巨大な水柱が立ち上がったのだ。

 当然ながら、膨大な水飛沫が剛人たちにも降りかかる。

 刀歌は傘で遮ったが、剛人はまともに土砂降りに呑み込まれてしまった。

 水浸しになる剛人。

 だが、そんなことには構わず、剛人はひたすら瞠目していた。

 何故なら、水柱を立ち上げたモノに目を奪われたからだ。

 それは、海底火山の噴火のような溶岩流の柱だった。

 黒煙の中で、煌々と輝く溶岩流が夜空を照らす。

 そして、


「……なんだ、ありゃあ……」


 灼熱より生まれ出た巨影に、呆然とした剛人の呟きだけが零れた。

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