第43話 時を越えた者の特徴・2(※ヒューイ視点)
――既に魂が入ってる体に別の次元から強引に魂が入り込んできたら、元々あった魂はどうなるか――
魂と体は密接に繋がっている。体が生きる為の機能を失うと魂との繋がりも切れて、魂は天へと浮上する――ってのも魔導学院の授業で習った。
怨念が強くて
「新しい魂が入ってきたからといって、元々あった魂が追い出される……とは考えづらいな」
「その通り。だけど、別の次元からやってきた魂もその体に急速に引き寄せられていく……全く同じ魂と魂はそれぞれ引かれ合う性質があるから」
シアンの持論には俺も心当たりがあった。
俺と
「記憶や知識と一緒に……魂も融合するって事か?」
「正解。仕組みとしては悪霊が人体に憑依するのと同じ。肉体の操作権利を奪った後、元々存在した魂を取り込もうとする。元々あった意識が負ければ、心身ともに乗っ取られる」
それを聞いた瞬間、心臓が
俺がヒュアランを殺して融合したら、俺が俺じゃなくなる――今までそんな風に恐れていたが、今のシアンの言い方だと殺した後あいつに体を乗っ取られる可能性もあるって事か?
何で勝った後でそんな目に合わなきゃならないんだ?
「……悪霊の憑依と同じなら、
「試した事はあるけど効果なかったんだって。魂が時を超えて来たってだけで、魔に染まった訳じゃないからね。魂と体を強引に切り離して
黙り込んだ俺の代わりにクラウス卿が質問し、シアンが答える。他人事でそんな話ができるこいつらが心底羨ましい。
頼むから殺して終わりにしてくれよ――殺した者勝ちにしてくれよ。
肉体の殺し合いが終わったら今度は魂の潰し合いが待ってるなんて、神様の悪戯にも程があるだろ?
(逆に考えれば、俺が殺されてもまだ生き延びるチャンスはあるって事だが……)
そんなチャンス、微塵も嬉しくない。
8歳の時に消えたきりのあいつが今どんな容姿をしてるのか知らないが、見知らぬ男の体を動かすのだって抵抗がある。
(……俺は、俺の体で、俺のまま生きたい)
心にかかった淀んだ靄が言葉を挟む気力すら奪う中、背後からモニカ嬢がか細い声で呟いた。
「……やはり、私が愛した妹は既にこの世にいないのですね」
活力のない目を伏せるモニカ嬢の微かな笑みは諦めか、自分の父親を死へ追いやったのが妹じゃなくて良かった、って笑みか――どちらにせよ何か元気づける一言でも言えりゃいいんだろうが、今の俺の頭はそっち方面に全く動いてくれない。
「まだ諦めるのは早いよ。憑依から融合までは結構時間がかかるみたいなんだ。実際に見てみないと分からないけど、まだ2年位ならまだ何とか出来るんじゃないかな?」
シアンの言葉にモニカ嬢の眼が大きく見開かれる。
どんな励ましより有効な一言に、初めてモニカ嬢の目に微かな光が宿った。
「何とか……出来るのですか?」
「融合しきってなければね。以前、同世持ちの魂を実験がてら色々イジったり、消滅させたりした文献を読んだ事あるんだ。その中に元の魂と時空を超えた魂の分離を試みたものがあったから、その術を使えば今の魂と、時を超えてきた魂を分離させれば助け出せるかも知れない」
「……君、この世界のシャニカ嬢を助け出すつもりでいるの?」
「それがセリアさんとの交際の条件だからね」
嬉しそうにニッコリ笑うシアンに薄ら寒さを感じる。
こいつが本当に魂を分離させる術を使えるなら、心強い味方になる事は間違いないが――
「お前、さっきから軽々しく喋ってるが……魂に関わる術は禁術指定されてるのは知ってるよな? お前の先祖の行いは、皇家や公爵から許可をもらってやった事なのか?」
以前ダグラスが体から魂を引き剥がす禁術を使っても大事にならなかったのはあいつが誰の許可を得ずとも禁術を使用できる<公爵>だからだ。
侯爵といえど誰の許可もなく禁術を使えば死刑になりえる。
「今のは全部ご先祖様が残した文献の話だから、僕に言われてもね……それにそれ言われちゃうと、この後僕、何も出来なくなっちゃうんだけど?」
「……禁術の許可なら、僕が」
「君、今、侯爵でしょ? 後で絶対モメるよ。それにアクアオーラ家が代々魂イジる術を受け継がせてるって事を知られたら厄介な事になる。そんな面倒な事しなくても、ここにいる皆が黙っててくれるだけでいいんだよ」
確かに、法では<禁術の使用は皇家あるいは公爵、及び彼らから許可が降りた者のみ不問とする>という事になってる。
公爵と同等の存在とはいえ、侯爵の立場にあるクラウス卿が禁術許可を出した事が公になれば間違いなくモメる。
シアンの口ぶりじゃ先祖はラリマー家にも許可を取ってないようだ。
「……ヒューイ君はそういう所、目をつむれる人間でしょ? じゃないと僕を利用としたセリアさんやアスカ様も不味い事になっちゃうよ?」
こいつ――雰囲気はともかく、嫌な奴なのは変わってないな。
「それに魂イジりだって悪い事ばかりじゃない。そこから発展した祝福や祝具はアクアオーラ領はもちろん皇国全体の発展に大いに貢献しているし、今回だって魂分離術が役に立つかもしれない。時戻りなんて尋常ならない力をこっそり私利私欲の為に悪用していたそっちの侯爵家より、ずーっとマシだと思うけどなぁ?」
「分かった分かった……黙っといてやるよ」
俺自身、そこまで法を重視してる訳じゃない。ヤバい相手にはヤバい手段を使わないと対抗できないって理屈や心情は理解できる。
ジェダイト家の事を持ち出されると強くは言えないし、大事にされると困るのはこっちも同じ――この状況でアクアオーラ家の罪を問いただしても何のメリットもない。
「……アクアオーラ侯。本当に、シャニカは助かる可能性があるのですか?」
以前と同じ――とまではいかないが、目と声に活力が戻りかけているモニカ嬢の問いかけにシアンは再び笑顔を作り出す。
ただ、それは笑顔というより苦笑に近い。
「理屈としてはね。ただ、何度も言うけど何処まで融合してるかにもよるし、仮にそこが大丈夫だったとしても二つ、問題点がある」
問題点――捕まえて魂取り出して融合しきってなかったら分離して終わり、って単純な話じゃないのか。
モニカ嬢が真剣な眼差しでシアンの言葉を待っている。
クラウス卿も――そうだな、セリア嬢の願いはあの子の願いでもあるからな。
(……俺も、自分の運命呪ってる場合じゃないな)
自分の運命を悲観するあまりに、また詰めが甘い事やらかす訳にはいかない。
今はこの状況をどうにかしてお姫様を安心させてやるのが先だ。
気持ちを切り替えてシアンに向き合うと、シアンは指先に小さな魔力の玉を作り出した――かと思うと、水色の光玉は放射線状に小さな魔弾を放った。
それぞれが防御壁でその魔弾を弾く。
「1つ目は魂って今みたいに攻撃してきたり、場合によっては魔法を使ってくる事もあるんだ。僕、魂分離術を使う時は殆ど無防備になっちゃうから、その間誰かに守ってもらう必要があるって事」
その問題点は俺も体験してる。
ヴェレーノ卿の魂は解放された瞬間、あの子を攻撃した――濃い魔力を利用して風の上級攻撃魔法を放つだけの意識があった。
シャニカ嬢は俺と同じ高魔力者だ。父親以上の魔力を保持している可能性が高い。
ただ、ここには皇国で一番魔力が強いとされるクラウス卿と
そこまで深刻な問題じゃないな――と思った所でシアンが言葉を重ねた。
「で、2つ目の問題が問題なんだけど……」
シアンは更に宙に複数の光玉を作りだし、指先の光玉に融合させる。
水色の光玉がさっきよりずっと大きく、眩しく輝き、張っている防御壁に先程より一層強い魔弾を打ち付けてきた。
「魂って魔力の塊みたいな所あるからさ、こんな風に2個3個って魂がくっつくとその分魔力も増していくんだよね……」
「なるほど。つまり、シャニカ嬢の魂は……」
そう言いかけて言葉を止める。
何回も時戻りを繰り返してる、とは聞いたが具体的な回数は聞かされていない。クラウス卿なら知っているかと思って視線を向けると、
「……シャニカが時を超えた回数は10回は超えてると思う。最悪、数十回いってると考えた方がいいかも知れない」
「そっかぁ……魔力の器や核が増える訳じゃないから、何十倍って事はないと思うけど……彼女の魂、君達で抑えられる範囲の魔力に収まってればいいね……?」
シアンの苦笑いに、誰も言葉を返せなかった。
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