第16話 黄色と水色の対立


 単純に黄金とか黄色とか、眩しい色の鎧や服を纏ってるからというのもあるけれど――何でだろう?

 何だか眩しくて恥ずかしくてレオナルドの顔が見れない。胸が物凄い位バクバクドッドッと激しく音を立てている。


「……エドワード卿、貴方もレネット卿と同じ考えですか?」


 私の挙動不審をよそにレオナルドはエドワード卿に問いかける。

 先程票を持っている中では一人だけ手を挙げなかったエドワード卿が小さく首を横に振った。


「いえ……私は反対です。この刑には大きな問題点がある。それをどう当たり障りなく説明しようか悩んでいた所でして……ああ、問題点と言えばアクアオーラ侯。海底牢は確か15年程前に起きた海底地震で岩盤の一部が崩れて以降使われなくなったと聞いた事があるが、それはもう修繕されているのかな?」


 思い出したように呟かれたエドワード卿の言葉にアクアオーラ侯は今始めて聞きましたと言わんばかりの驚きの表情に変わった。


「……岩盤が崩れた? あの強固な岩盤が?」

「おや、その様子だと知らなかったみたいだね……まあまだ君は侯爵になって間もないから知らないのも無理はないが、まずそこを確認してからこの話は進めるべきではないかな? ああ、それがいい。肝心の軟禁場所が使いものにならないようでは話にならないからね」


 アクアオーラ侯爵の反応にエドワード卿が意外そうに言葉を早める。まるで苦し紛れの一言が功を奏したように、語調には微かに喜びがにじみ出ている。


 この混沌とした状況の中で唯一希望を見出していた<海底牢でセリア説得して強制出産刑免れよう作戦>が儚く崩れ去ってしまったのはともかく、私の刑を少しでも軽い物にしたいというエドワード卿の優しさが心に染みる。


「……分かりました。確かに私もこの目で監獄島と海底牢を見ていません。帰り次第至急現場を確認して修繕しましょう。その間アスカ様とセリアさんは私の館で保護させて頂き」

「いえ、アスカ様の専属メイド……セリア・フォン・ゼクス・アウイナイトは事情は言えませんが大罪を犯しています。本来なら死刑となる大罪です。彼女が再びアスカ様を利用して悪事を企む可能性が否定できない以上、彼女とアスカ様を再び一緒にする事は断じて認められません。貴方が彼女に惚れ込んでいるのであれば尚更です」


 まだ私とセリアを諦めてないアクアオーラ侯の言葉をレオナルドが遮り、畳み掛けるように言葉を重ねる。


 そうだった――私に漆黒の下着を着けさせた事と優里の逃走補助の前科があるセリアはリビアングラス家の天敵だった。

 前者の罪はダグラスさんが大金積んで黄の公爵を黙らせ、後者の罪は多分皇家が何とかリビアングラス家を説き伏せたのだろう。


 だから事情は言えない――でもそれだけの大罪を犯している人間を逃げるかもしれない私の傍においておく訳にはいかない、というとても自然で当たり前なレオナルドの思考に絶望する。

 レオナルドが助けに来てくれたのはありがたいけど、代わりにセリアを使ってアクアオーラ侯を懐柔する有効なチャンスまで潰れてしまった。


 しかも、ここで『何で警戒してるの?』とか誰かに聞かれてレオナルドが8侯爵の前でセリアの罪を暴露したら私、セリアともども死刑になる気がする。

 ここで口を挟む言葉が全く思いつかない。


(お願い、誰も『大罪って何? そこの所詳しく!』とか聞かないで……!!)


 まだまだ襲い来る死刑の危機に、膝の上で両手を組んで全力で祈る。


 幸か不幸か、この異様な状況で誰も口を挟む事はなく――というか、レオナルドとは全く別の方向――隣の部屋から壁を超えて物凄くビリビリした黄色の魔力とヒンヤリした青の魔力、赤や緑の黒の魔力も微かに伝わってくる。

 多分、誰も口を挟まないのはこの荒ぶる魔力の主達が気にかかるからだろう。


 だけどその魔力の主達がここに来る事はなく、再びレオナルドの言葉が紡がれる。


「そもそも貴方があの専属メイドを好いているという時点で貴方にアスカ様を任せる訳にはいきません。その上アクアオーラ領自体隣のジェダイト領と近く、前ジェダイト侯を慕っていた者や反公爵派の残党がアスカ様の命を狙う可能性も否定できない以上、非常に危険です」


 ピシャリピシャリと言葉を重ねるレオナルドにイラっときたのだろう。アクアオーラ侯が嫌悪感を示した冷たい表情でレオナルドを睨みつけた。


「……じゃあどうする気ですか? アスカ様には他に恋い焦がれているローゾフィアの末息子君がいますが、先程勘当されかけてましたし……まあ勘当されてなくても異世界人ツヴェルフ嫌いの土地でツヴェルフを匿う方がアクアオーラ領よりよっぽど命の危険があると思いますけど。それに余程強固な場所でなければセレンディバイト公やダンビュライト侯がアスカ様をさらいに来て、また新たなトラブルを起こしかねない……何より刑は既に決まったんです。法と秩序を重んじるリビアングラス家がその刑を覆して罪人を囲うのですか?」


「刑を覆すつもりはありません……貴方以外に一人目の立候補者がいないのであれば、私が名を挙げましょう。アスカ様には私の家で私の子を産んで頂きます」


 レオナルドが言い切った瞬間、ピカッと窓の向こうが光ると同時に地響きと轟音が鳴り、思わず耳をふさぐ。

 再び顔をあげると窓の向こうには青空が広がっている。


 青天の霹靂――多分霹靂の原因はゲルプゴルトかなぁと思いながら周囲を見回すと、この場にいる全員が誰も驚いていな――あ、ロイドは驚いた表情で窓を開けて空と下を確認している。

 ああ、こんな大きな雷落ちたら巨獣達心配になるよね――って、いや、そうじゃない!!


(ねぇ、待って、レオナルド、今、何て言った……!?)


 驚いている内に目の前に誰かが立ったと思ってそちらの方を向き直すと、レオナルドが私に跪いていた。


(な、な、何……!?)


 戸惑っている間にガチャン! と音を立てて足枷が外れる。(ああ、レオナルドの魔力って黄の公爵と同じだから外せるのか)――と思いながら再び立ち上がるレオナルドを見ていると、清爽な笑顔で手を差し伸べられた。


「行きましょう、アスカ様」


 いやいやいやいや、ヤバい。尋常じゃなくヤバい気がする。

 まるで囚われのお姫様を助けに来た騎士そのもの――いや、実際はお姫様じゃなくて脱出図った罪人なんですけど――まるで物語のヒロインとヒーローのような状況に頭が半ばパニックを起こす。


(そうじゃない。私の子を、って……レオナルド私と子作りする気なの!?)


 荒ぶる頭で必死にレオナルドが来た時の流れを思い返す。海底牢に入れられる事にに対して尊厳がどうのって言ってる感じはあった。


 ――つまり、レオナルドは私が海底牢とか汚い所に軟禁される事は嫌だけど、別に私が産み腹にされる事は良いという事?


 分かってる。この世界の人達の恋愛と子作りは別って価値観は分かってる。だから別にレオナルドはおかしい事を言っている訳じゃない。


 その上で私を大切に扱うべき、と言ってくれるこの眉目秀麗な青年の優しさはありがたいけれど、先程の胸の高鳴りは何処へやら――今、私、ネットで見かけたチベットスナギツネのような表情になっている気がする。


「……公爵令息だからと思って大人しく聞いてれば随分と勝手な事を言ってくれるね? 君が私やセリアさんを信用ならないと言うように、私も君が信用ならない。口ではいいように言っておきながら、こっそりアスカさんを何処かに逃がそうとしているんじゃないの?」

「それを言い出したらどんな貴族もアスカ様を囲えなくなってしまいます。それに海底牢が使えない、他にアスカ様を隠せる場所が無いとなれば、誰からも手を出されない場所に囲うしかありません。リビアングラス邸はその条件に当てはまっています。私が一人目になるのが嫌な方はどうぞ、他の候補者の名をあげてください」


 二人の言い争いに室内がシン、と静まり返る。この状態で他の候補者を上げられるような人間がいるんだろうか? いたら悪いけどその人も頭おかしい扱いをさせて頂きたい。


「……君が今のアスカ様と子を成しても、余計な子が産まれるだけだよ? 可哀想だとは思わないのかい?」

「それが何か? そもそも家を継げない人間を余計な子呼ばわりするのは止めて頂きたい。私の異母妹はけして余計な子でもなければ、可哀想な子でもない」


 また食い下がるアクアオーラ侯はニチャアといやらしい笑みを浮かべる。


「違うよ、奥さんだよ。確か君、奥さんいるよね? いくら恋愛と子作りは別物といっても、それはあくまでだ。跡継ぎでもない子をよその女と作られたら、奥さん傷つくと思うけどなぁ?」


(……そうだ、レオナルドって、奥さんいるんだった!!)


 アクアオーラ侯の嫌味にすっかり忘れていた事実を思い出すと、ドッと血の気が引いていく。


「妻が傷つくかどうかを貴方に心配されるいわれはない。私が妻に直接どうしたいか、どうしてほしいかを聞きます。その上でアスカ様と妻、2人が極力傷つかない手段を取ります」

「それなら奥さんに聞いてから話を進め」


 アクアオーラ侯がまだ何か言いかけた状況でレオナルドに手を引かれ、強引に立ち上がらされる。


 でも、レオナルドについて行ったら子作り――奥さんいる相手とこれから子作り――これまで頭に上っていた血が急激に引いていったせいか、眩暈めまいがしてきた。その眩暈の気持ち悪さは頭の中にまで侵食してくる。


(無理、無理……奥さんいる相手と子作りなんて、絶対無理……!!)



 眩暈の歪みな波紋に支配される中、徐々に薄暗くもなっていく視界の中でその思考がグルグルと頭を巡った後、いつの間にか私の意識は途絶えていた。


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