第15話 助けに来たのは


「脱獄不可能の海底牢……そのツヴェルフと子作りしたい人間はそこに行って励まれればいい……そこの子の器の大きさであれば2、3日あれば十分満たせるでしょうしツヴェルフとの接触はその時限り、と考えれば確かに悪い刑ではないですね……」


 明緑のオジサンが感心したように呟く。確かにクラウスやダグラスさんから口づけされて注がれる魔力量を考えれば2、3日もあれば魔力は十分満たされてしまう。だけどそう都合よく「妊娠」までできるものなんだろうか?


「事に及ばれる際はちゃんと監視も付けさせて頂きます。暴力とか許しちゃうとやっぱりセリアさんに嫌われちゃうし、私もセレンディバイト公が恐いので。アスカ様は罪人ですがツヴェルフとしての役目を果たして頂く以上、丁重に扱わせて頂きます」

「脱走せずに罪を償う分にはそれで構わないけれど……この娘の器にそこまでする程需要あるのかしら? 子作り希望者がおらず、ただそこにいる禁固刑と変わらないようでは納得しない貴族達も出てくるのではなくて?」

「え、需要はあると思いますよ? 妊娠出産休息の約2年間、家にツヴェルフを囲わなくていい訳でコスパの面でもありがたいですし。誰も希望者が来ないって事にはならないんじゃないですか? まずそこのローゾフィアの末息子君に子ども作ってもらうとし」


「駄目だ!!!」


 いまいち現実味にかけた話が他人事のように耳を通り過ぎていく中、突然の怒声に全身が硬直する。怒声の主は――ラボン侯だ。


「死刑に反対し、それを免れた事で恩は返した! ロイドにはこの娘を諦めてもらう!!」

「父上、そんな……!!」

「駄目だ駄目だ! ただでさえ異世界人……それでも可愛い子や民や魔獣達の命の恩人であればと思って一度は受け入れたが、こんな恐ろしい異世界人の血が混ざった子などローゾフィアで育てられん!! ロイド、どうしてもこの女を妻にしたいと言うなら、二度とローゾフィアの地に足を踏み入れるな! 侯爵の話も無しだ!!」


 その言葉が響いた後、ロイドの拳に力が入ったのを見て慌てて話に割入る。


「あ、あの、ロイド! 私を庇ってくれようとする気持ちは嬉しいけど、私はラボン侯の言う通り、死刑にならなかっただけで十分助けられてるから……!!」


 端から聞いてるだけでもう十分状況が分かってしまった。

 想いを向けられてるのを断らなきゃならないのはとても心が痛むけど、これ以上状況を放置してロイドとこの人の関係を険悪にさせてはいけない。


「アスカ、でも……!」

「それに私の為に家や家族を捨てるような事をされても、私は貴方の決意や気持ちには応えられない! だから貴方を大切に思ってる人達を捨てるような真似はしないで……!!」


 ロイドの言葉を遮るように続けた言葉は思ったより強めに放たれて、ロイドに顔をそらされ俯かれてしまう。

 表情は見えないが歯を食いしばっている姿を見て、人を傷つけてしまった罪悪感が一気にのしかかる。


 それでも受け入れる訳にはいかない。クラウスとエレンのように私のせいでまた誰かと誰かの間に深い亀裂が入るような事に、誰かの人生を歪めてしまうような事になってほしくない。


 そんな事になる位なら――相手と自分の間に亀裂が入った方がまだマシだ。


「……息子の想いに応えられんのなら、もう二度と息子を呼び捨てにするな。ローゾフィアの民は家族以外に自身の名を呼び捨てにさせんのだ」

「そ、そうだったんですか……すみません……ロイド君、私、その辺よく分かってなかったわ。私、そんなつもり全然なかった。ただ、この世界で仲が良い人ができて嬉しいなと思っただけで……本当に、ごめんなさい」

「アスカ……」


 罪悪感が押し寄せて、ショックを受けているロイド君の顔を見る事が出来ない。部屋に漂う沈黙が重く心にのしかかる。



「……じゃあ仕方ない、アスカ様の最初の相手は私がします」



「……は?」


 この状況下で場違いな事を言い出すアクアオーラ侯に心の底から嫌悪感を込めた声が出る。

 そんな私の反応が心底意外だと言わんばかりにアクアオーラ侯に驚いた顔をされる。


「この刑を提案したのは私ですから責任は取りますよ。元々アスカ様に求婚する時点で子どもは作らないとなぁって思ってたんで……それに今のアスカ様は誰かと子作りしないとセレンディバイト公やダンビュライト侯の子が産めないでしょう? 彼らだっては作りたくないでしょうし」

「貴方……セリアが好きなんじゃなかったの?」


 後が継げない子どもを『余計』と言い放つ美男に心底軽蔑の視線と感情を込めて問いかけると、更に驚かれたように目を丸くして喋りたてられる。


「好きですよ? でもセリアさんは私の事が好きじゃないみたいで……そんなセリアさんを傍においておく方法ってアスカ様と結婚するしかないじゃないですか? そしてアスカ様が誰の子ども産んでも海底牢にいてくれる限り、私はいつでもセリアさんに会いに行けるじゃないですか? そういう状態にする為にまず私がアスカ様と子作りする、っていうのは別におかしい話じゃないですよね?」

「貴方、さっきから頭おかしい事ばかり言ってるけど……事故で頭打ったの?」


 アクアオーラ侯の勢いに一瞬そうなのかな、と思いかけたけど紫のオバサマの一言に(ああ、やっぱり向こうが頭おかしい事言ってるんだ)と安堵する。


 その後、何か会話が続けられているけれどずっと聞いていると頭が整理できない。一旦頭の中を整理する事に集中する。


 とにかく死刑は免れた。強制出産刑はかなり抵抗があるけど、また抜け出して変な人達に捕まって痛い目や酷い目に遭わされる位なら、頭おかしい人間から丁重な扱いを受けて子作り要員にされた方がマシかもしれない。


(ただ……さっきネーヴェに『地球に帰りたいなら絶対に妊娠するな』って言われたのよね……)


 そう――皇家が何を考えているのか分からないけど、私を地球に帰す為に何か考えてくれている可能性がある。


 ネーヴェは無表情でアクアオーラ侯を見てる。けど、少し眉間にシワを寄せている。

 今の状況はネーヴェにとってあまり宜しくない展開なのだろう。


 ただ――私にとっては今の流れはそこまで悪くないんじゃないだろうか?


 アクアオーラ侯の口ぶりから察するに、そのカルチェレなんとか監獄島の海底牢に私とセリアを連れて行くつもりなのは間違いない。


 だけど――この人はをまるで考えていない。


 とりあえずこの場は大人しく従って、セリアと合流する。

 その後、着替えか何かでセリアと二人きりになったタイミングでセリアを説得して、セリアにアクアオーラ侯を懐柔してもらえば、妊娠を避けて地球に帰るまでの時間稼ぎができるはず。


 そして私が地球に帰れば、セリアも海底牢にいなければならない理由がなくなる――ようやくどす黒い未来に一筋の光が差してきた。


 セリアも正直手強い印象はあるけど、公侯爵達を説得するよりまだ彼女一人説得する方がハードルが低いのは間違いない。

 そもそもセリアだってそんな監獄島の海底牢で一生私の世話をする人生なんて絶対嫌だろう。

 セリアに相当惚れ込んでいるらしいアクアオーラ侯はセリアの言う事なら聞いてくれるかもしれない。


 少なくとも、私一人で他の人間の監視下に置かれるよりはよっぽど助かる可能性が高い――と思って再び顔をあげると、挙手に入っているようだった。

 エドワード卿とジェダイト女侯爵以外の皆が手を上げている。


「じゃあこれで決まりですね。アスカ様には海底牢で本人の年齢や体力面を考慮して私含めて最低10人……約20年間の強制出産刑、その後は終身禁固刑という事で……」


 10人とか恐ろしい。テレビに出てくる大家族でもそんなに産んでる人なかなかいない。しかもそれは生涯を共にする相手との子だから為せる技であって、数日限りの縁の男相手にできはしない。


 育児しなくて良い分、大家族のお母さん達と比較するのはおかしいかもしれないけど、本当に私を産み腹としか考えてない男のエグさが物凄くて言葉にならない。

 しかも20年の後は禁固刑とか――一度海底牢に入ったら日の目見させない気満々の男にもはや嫌悪感しか抱けない。


「皆、ちょっと待ってほし」

「失礼します!!」


 エドワード卿の声が聞き覚えのある声と掻き消されると同時に、部屋の扉が開かれた。

 一瞬黄の公爵かと見間違わん程黄金や黄色に包まれた、眉目秀麗な青年――黄の公爵令息であるレオナルドの登場に部屋は再び奇妙な沈黙に包まれた。


「レオナルド様……いかがなさいました?」


 黄緑侯爵が少し迷惑そうな表情でレオナルドに問いかける。


「ここでアスカ様の裁判が行われていると聞いて……レネット卿、今どういう状況ですか?」

「そこにいるミズカワ・アスカの罪を裁く8侯爵……いえ、7侯爵裁判をしている所です。4対3で死刑にしない事に決まり、それならどんな刑を課すか、という話になった所、ミズカワ・アスカの専属メイドに一目惚れしたアクアオーラ侯がウェサ・カルチェレイゾラ監獄島の海底牢で軟禁の上、産み腹としての役目を果たしてもらう刑にしてはどうかと提案し先程6対1で決まった所です」

「ツヴェルフを監獄島の海底牢に押し込めて、産み腹に……!? そんな、次代の希望を担うツヴェルフを冒涜し、尊厳を踏みにじるような刑を皆さん認められたのですか!?」


 レオナルドの信じられないと言わんばかりの表情に全力で同意する。


「失礼ですがレオナルド様……この女はツヴェルフ以前に罪人です。皇家がツヴェルフと共謀してまた脱走を図る可能性がある以上、監禁するのに周囲を海で覆われ脱出不可能と言われる監獄島の海底牢は最適な場所かと。それにツヴェルフの役目を果たすだけで丁重に扱われる……海底牢で一生重い懲役刑を課される事になるよりはずっと軽い刑のように思います」


 そう言われると確かにそれよりはマシなのかもと思えてくるから不思議だけど――それと比較しても『強制出産刑』が黄緑侯爵が言うような『随分と軽い刑』じゃないのは間違いない。絶対逃げたい。


「……この方は確かに罪人です。しかし尊重すべきツヴェルフでもあり、何より私の命の恩人でもあります。命の恩人が悪名高い監獄島に送られ人としての尊厳が踏み躙られようとしているのを、助けられた者として黙って見過ごす訳にはいきません……!」


(えっ……!?)


 レオナルドの発言に思わず胸が高鳴る。そしてまるで窮地を助けてくれる王子様だか騎士様のようにレオナルドが輝いて見えて――思わず口元を抑えて視線をそらした。


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◆お知らせ◆

※此処から先、レオナルドと飛鳥に恋愛フラグが立つか立たないかとか18禁になるかならないか位の際どい展開がありますがこの2人の間に恋愛フラグは立たず18禁にもならないので桃色令嬢好きな方は安心して読んで頂ければ幸いです。


ついでに新作投稿しました。

「選ばれなかった紫色の侯爵令嬢~歪んだ心はきっと死ぬまで戻らない~」

紫のオバサマの若い頃のお話です。


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