第14話 最恐の再来


「……メイド?」


 私が言うより先に紫のオバサマがアクアオーラ侯に向けて呟くと、彼はキラキラした眼差しをオバサマに向けて流暢に語りだした。


「そうです、セリア・フォン・ゼクス・アウイナイト……! 私、先日襲爵の挨拶にここを訪れたんですが、その時宰相とラリマー公からアウイナイト家を私の領地で働かせてほしいという打診があった事を思い出しまして。良い機会だし実際に会ってから決めようと思って対面した時、ああ、この人が僕の探し求めていた運命の人だと確信したんです……!!」


 確かセリアはリビアングラス家に連れ去られかけた優里を助ける為に、ユンの家に単身乗り込んだはずだ。

 皇家が最も助けたかった優里を助けたんだから、当然皇家に保護されてると思ってたけど――


「セリアさんの両親は快くアクアオーラ領に来て頂ける事になったんですが、肝心のセリアさんが『私は自分の心にケジメがつくまで皇城で働かせて頂きます』の一点張りで……!! ひとまずセリアさんのご両親を連れてアクアオーラに戻った矢先、皇帝が崩御されたのでまたここに舞い戻って……その上今朝の新聞でアスカ様がこの世界にまだ残ってる事を今朝の新聞で知ってピンときたんです! あ、セリアさんのケジメってもしかしてアスカ様の事なのかな……!? って。彼女がアスカ様の専属メイドだったのは聞いてますから。だからアスカ様と結婚すれば着いてきてくれる! と思って咄嗟に求婚したんですけど……まさかこんな状況になるとは……」


 語るアクアオーラ侯の目の光がフッと消えてガックリと肩を落とす。

 本当にセリアは私を待っているんだろうか――チラ、とネーヴェを見ると丁度私を見ていたらしいネーヴェはまるでアクアオーラ侯の発言を肯定するかのように小さく頷く。


「それならこの子が死ねばケジメつくんじゃないの?」


 バッサリ切り捨てる紫のオバサマにアクアオーラ侯が再び顔をあげる。


「今聞いてる限り3対2で死刑優勢ですよね? ローゾフィア侯の意見は? 貴方が死刑って言った時点でアスカ様死刑になっちゃいますけど」

「ワシは死刑でいいとは思うが、そっちの方に票を入れると末息子との間に深い禍根が残りかねん。黒の若造にも多少恩がある。不本意だが現状3対3だな」


 ラボン侯は本当に不本意そうに息をつきながら首を横にふる。そんな父親の様子を見てロイドは少し安堵したような顔をしている。


 あの時、ロイド達を助けていなかったら私はどうなっていたんだろう?

 いや、まだ後一人票が入っていないから死刑を免れたと決まった訳じゃない――改めてアクアオーラ侯を見据える。


「という事はここで私が死刑って言ったら決定打になっちゃうじゃないですか。確か皇家や公侯爵家の代理裁判って誰が賛成で誰が反対したか、新聞に載りますよね?」

「そうですね。灰色の魔女が今後どうなるのかについては貴賤拘わらず注目を集めていますし、隠す理由もありませんので。結果は公表されるものと思って頂ければ」

「じゃあ反対です。そんなの絶対セリアさんに嫌われるじゃないですか」


 よし、これで4対3で死刑は免れ――


「……反対なさる方は本当にそれでよろしいのですね? そのツヴェルフが今後どんな悲劇を生み出しても後悔しないのですね?」


 ジェダイト女侯が再びその青緑の目と口を開く。その言葉が作り出した重い沈黙を切り開いたのはエドワード卿だった。


「それはどうかな……私達は未来を見える訳じゃないからね、後悔はするかも知れない。だがこの子を死刑にすれば、私は間違いなく止められなかった事を後悔するだろう。私は少しでも後悔しないだろうと思う道を選んだに過ぎないよ」

「そうですね。私達が生きているのは今ですもの。今良いと思った判断しかできません。それにもしかしたら悲劇でなく喜劇を生み出してくれるかもしれませんし……ごめんねウィーちゃん、夏桃なつももの時期に入ったら最上級の夏蜜桃かみつとう1箱、マリアライト邸に贈るね? 2箱の方がいい?」

「貴方は自分の意志で決めたのでしょう? いちいち私に謝る事ではないしここで堂々物で釣ろうとしないでくれる?」

「分かったわ、じゃあ後で話そうね……!」


 微塵も揺るがないエドワード卿とアルマディン女侯に安堵すると同時に、夏桃という美味しそうなフレーズにちょっと心が惹きつけられる。

 

「……ジェダイト女侯、やわい風で火を煽っても、より燃え上がるだけだぞ。最も、こいつらの火は強い風でも消せそうにないがな」

「そうですか……それが貴方方らが決めた道ならば、私もただ風の示すままに流れましょう」


 ラボン侯が呆れたようにため息ついて出した言葉にジェダイト女侯は静かに答えた後、再び目を閉じた。良かった、流れが変わらなくて。


「では、4対3で死刑は無しとして……引き続き死刑以外にどのような罪がいいか話し合って頂けますか?」

「あ、それなら今丁度思いついた事があるんですが……いいですか?」


 ネーヴェの言葉にアクアオーラ侯爵が手を上げて発言する。

 何だろう? 死刑にならなかったのはありがたいけれど、この人の言う事はちょっと――いや、かなり恐い。


「今回召喚された4人のツヴェルフのうち、2人は地球に帰り1人はただの終身刑ってなったら、ツヴェルフとの子を望む有力貴族の適齢期の令息達は皆リアルガーの番を求める事になります……それってリアルガー家にとってかなり都合が悪いと思うんですよ。アスカ様にその辺頑張ってもらうのはどうでしょう?」


 やっぱり――何だか凄く嫌な予感がする。


「ツヴェルフなら18年前のル・ジェルトのツヴェルフがいるじゃない」

「酷な事を言わないでくださいよ。大抵の男は40近い年上の女性より20前後の同年齢あるいは年下の女性の方が良いんです。それに弱肉強食の世界であるル・ジェルトのツヴェルフって勝負挑んでくるじゃないですか。しかもけして弱くない。だからよっぽど腕に自信がある貴族以外は手が出せないんですよ……勝てば何の問題もありませんが負けてしまえば家の恥ですから」


 アクアオーラ侯の発言で何故か何人かの冷めた視線が明緑のオジサンの方に向けられる。

 ル・ジェルトのツヴェルフが召喚されたのは18年前――と考えたら多分、恐らくだけどツヴェルフに負けてしまって恥かいた人に視線を向けているのだろう。


 当のオジサンは何を思っているのか――と思っていると、丁度目が合ってしまった。

 少し距離が離れているせいもあるけれど、その淀んだ目からは何の感情も読み取れない。


「……今そこの子はローゾフィア侯が言った通り2つの器にそれぞれ別の色の魔力を宿しています……相手の色をそのまま引き継ぐツヴェルフとしての価値すらないのでは……」


 ああ、私の魔力を確認していたのか――確かに私の中には今器いっぱいの薄桃色の魔力と、もう片方には僅かな暗い緑の魔力が少しだけ溜まっている。この人達が求めるような綺麗な色の子は産めないだろう。


奪取ロブで魔力を吸い取って殆ど空にした後、改めて魔力を注げばほぼほぼ同じ色の子を成せるはずです。侯爵家の跡継ぎを産む分には何の問題ありません。そして子を一人産めば片方の器が綺麗になりますから、公爵家の子も成せるようになる。そうすれば産み腹としての価値が十分にある……どうです? 彼女の刑は相手から子作りの要望があれば絶対に応じる……<強制出産刑>というのは?」


 どうです? と軽く提案されるにはエグすぎる刑だと思う。

 ただ、元々子作りの為に召喚されている事もあってか私の精神はドン引きするだけにとどまる。


(……ああ、18禁漫画やゲームに何かそういう展開ありそう……)


 ――なんて現実逃避を始めてしまった所でその対象が自分である事を思い出し、慌てて現実に戻ってきた時には会話が少し進んでいた。


「死刑ではない上にリアルガー家の負担が軽くなる点においてはワシは賛成だが……下手すればまたこの娘に逃げられるかもしれんし、相手が誑かされるかも知れん……こいつはそこの女豹以上の魔女だぞ。この国の公侯爵を誑かして世界を崩壊させかけたという異世界人を超えるかも知れん」

「ああ……最恐のツヴェルフ、ベイリディア・ヴィガリスタね……でも彼女はその持ち前の美貌と話術の他に公侯爵の色の下着を使って相手を洗脳したらしいじゃない。それを機に繊細な色染の技術は淘汰され、公爵家の色の下着は作られなくなって久しいはずだけど……?」

「染色師の家自体は無くなったら困るから皇家が暗に保護しているという話を聞いた事がある。いつかその家の人間も誑かすかも知れん……もし下着無しでここまで男を誑し込んでいるのであればその女以上の魔女になりかねんし……はぁ、何故よりによってこんな女に助けられてしまったのだ、お前は……!!」


 ラボン侯に睨まれたロイドの肩身が狭くなる。何だかごめんね、って言いたいけど話しかけたらラボン侯にすっごい睨まれる気がして言えない。


「もちろんその辺の対策はしますよ。例えば……そうですね、アクアオーラ領にある群生諸島の1つ、カルチェレイゾラ監獄島にアスカ様を軟禁するというのはどうでしょう? 皇城の座敷牢よりも逃げられる確率が低いですし、監獄島の海底牢は文字通り海の底……魔力探知も海が持つ魔力と魔力を通さない厚い岩盤に阻まれて届かない……仮にセレンディバイト公らがアスカ様を探しに来た所で見つかりません」

「か、海底牢……?」


 監獄島は何となく分かる。ただもう一つの聞き慣れない言葉を思わず聞き返すと、アクアオーラ侯に笑顔で答えられる。


「監獄島の地下から海底まで掘り下げられた、文字通りの海底牢です。ああ、勿論アスカ様とセリアさんが住みやすいように改装させて頂きますから安心してください」


 私の危機はまだまだ、続くようだ。


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