第13話 水色の侯爵


 恐らくダグラスさんと同じ位の年齢だろう、ネーヴェより少し水色が強い綺麗な目と長い髪――――男性だろうか、女性だろうか?

 怖い位綺麗に美しく整った中性的な顔立ちから、まだどちらか確証が持てないうちに目の前に立たれて、膝をつかれた。


「申し遅れました……! 私はシアン・ディル・フィア・アクアオーラと申します! 突然で申し訳ないのですが、どうか私と結婚してアクアオーラに来ていただけませんか!? 貴方が望むものは極力ご用意させて頂きますので……!!」

「……え?」


 この人は一体――何を言っているんだろう? 今の言葉が求婚である事は理解できた。

 私の手に触れた白魚のような手の感触から、男性だという事も。


 だけど、この緊迫した状況で初対面の美形から求婚されるという予想外の展開に嬉しさなど微塵も沸かず、胃がより一層痛みを伴ってキューッと締まっていくのを感じる。


「……アクアオーラ侯、ミズカワ・アスカを口説かれるのは後にしてひとまず席について頂けますか? 先に8侯爵でミズカワ・アスカの罪を裁いて頂かなければなりませんので」


 ネーヴェがスッと私とアクアオーラ侯の間を手で遮る。

 きょとんとした顔でネーヴェを見るアクアオーラ侯は何の話だかさっぱり分かっていないようだ。

 それでも皇子であるネーヴェの言葉を無視する訳にはいかないと判断したのだろう、数秒の沈黙の後スッと立ち上がり、頬を掻きながら私達とほぼ向かい合う場所に置かれた水色の椅子に座った。


 8人の侯爵が席に付いたのを確認したネーヴェが立ち上がり、上に向けた人差し指を自分の方に引き寄せる、手招きというより指招きのような仕草をすると開放されていた扉と窓が閉まった。


「……皆さん揃いましたので、改めて説明させて頂きます。今ここに座っているツインのツヴェルフ、ミズカワ・アスカはこの世界において数々の罪を犯しました。しかし彼女を裁くべき裁判官や裁判員達に他者の息がかかっている事が判明。公正な裁判ができなくなった事、また皇家及び公爵も公正な裁きを下せないと判断された事から、侯爵のみでの代理裁判を開く事になりました」


 自分の何倍も年上の人達相手に、突然の状況にも臆さずに説明できるネーヴェが凄い。

 今は灰色の質素なローブ姿だけど、きちんと飾り立てれば皇子様としてすごく様になったと思う。


「公爵達は隣室でここのやり取りを聞いていますが、自分達の意向を影響させないよう一切発言しないそうです……なおジェダイト女侯は発言しても構いませんが、貴方の票は無効となります。理由はお察し頂けますか?」


 ネーヴェに向けられていた侯爵達の視線が一気にジェダイト女侯の方に移る。伏し目がちに円卓を眺めていた彼女はしばしの沈黙の後、まっすぐネーヴェを見返した。


「……ええ、確かに私は彼女を公正な目で裁く事は出来ませんので……皆様方の判断にお任せいたします。ただ……」

「ただ?」

「……いえ、何でもありません。どうぞ皆様、私の事はお気になさらず」


 意味深な言葉だけを残してジェダイト女侯は少し俯き、目を閉じた。もうこれ以上発言はしない、という意思表示のように感じられる。


 そして私の方に他の侯爵達とロイドの視線が集まる。

 冷めた視線、心配そうな視線、怪訝な視線――色んな視線が集まって嫌な汗がじっとり吹き出るのを感じる。

 こんな中で一体何を話せというのか――緊張で声が喉の奥に引っ込んでしまう。


「……ネーヴェ殿下、申し訳ないが私は自分の領地外で起きた事には疎くてな……このツヴェルフに関しては地球帰還を図り、セレンディバイト公を意識不明に追いやった事位しか知らんのだ。余罪があるのなら教えて頂きたい」


 しばらくの沈黙を黄緑の侯爵の嫌な言葉が打ち破る。そんな、その罪だけでも死罪がよぎるレベルなのに余罪を追求されると――


「あらペリドット侯……貴方ちゃんと新聞読んでるの? この娘の余罪はまだまだたくさんあるわよ?」

「ゴシップ記事好きな貴殿と違って、私は自分と自領が関わらん話に興味が無いのだ。一通り目は通すが領地に関する事以外は読み捨てる。覚えているだけ無駄だからな」


 黄緑侯爵の若干棘のある物言いに紫のオバサマが眉を潜める。


「それは私を馬鹿にしているのかしら? ……即座に影響しない情報を脳に留めておけない自分の頭が足りないからって逆ギレされても困るんだけど?」

「ウィーちゃん、落ち着いて……! ウィーちゃんの所にいる男の人は躾が行き届いてると思うけど、男の人って短絡的な人が多いの。特に緑の男の人って本当どうしようもなくて可哀相な人達が多くて困っちゃう……今のセレンディバイト公よりはマシだけど……!」


 緑の人がどうしようもない位困り者なのはこれまで出会った人達でお察しだけど――ダグラスさん、何でこんなにアルマディン女侯に嫌われてるんだろ?

 ダグラスさんと初めて会った時の印象はちょっと変わってるけど普通に良い人だったし、パーティーでも漏れ聞こえてくる令嬢や貴婦人からの結構評判良かった気がするけど――


「……それでは私が知っている限りのミズカワ・アスカの行いを述べさせて頂きます。知らない方は参考にしてください」


 険悪な雰囲気にネーヴェは表情を一切変えないまま、淡々と容赦ない言葉を連ねていく。


 アシュレーを殴った傷害罪、貴族に啖呵を切った侮辱罪、情状酌量の余地があるとは言え神器を使用した不敬罪、私物を抜き取った窃盗罪、人前で寵愛ドレスを誤魔化した詐欺未遂罪、ツヴェルフ達と一緒に逃げようとした逃亡罪――


 私とネーヴェと優里しか把握してないはずの優里のおばあちゃんの日記を抜き取った所もしっかり数に入れられてる。本当に皇家が味方なのかどうか、分からなくなってきた。


「……私からは以上です」


 ネーヴェの言葉を最後にまた沈黙が漂う。さっきに比べて心配の視線の比率が減って驚愕の視線の比率が上がって、より一層胃が痛くなってきた。

 反論しようにも客観的な視線で見たらそういう罪になるよね、と自分でも思うから何一つ言葉が出ない。


「窃盗罪は知らなかったわ……ツヴェルフ召喚の日からまだ2節も過ぎてないのにそこまで罪を重ねていた事にも驚きだけど……それに一番肝心な所が抜けているわ。この娘は逃走の際にセレンディバイト公を意識不明に追い込み、ダンビュライト家を崩壊に追い込んだ元凶よ」


 そう言われるとぐうの音も出ない。もし私がこの世界の人間だったら、こんなツヴェルフが来たら(ヤバいの来た!)としか思わないだろう。


「……罪の重さから見ても今後生かしておくリスクの面から見ても、死刑が妥当ではないか?」

「そうですね……セレンディバイト公が意識不明の重体になられている間、うちの領地はあまり被害が出なかったので個人的にその子に恨みがある訳ではないのですが……正直死んでもらった方がありがたいですね……」

「やっぱり死刑しかないわよねぇ……」


 黄緑侯爵、明緑のオジサン、紫のオバサマの言葉がキツい。


「そんな……!!」

「ロイド、諦めろ……! これだけの大罪人と子を成されるとローゾフィアの名に大いに傷がつく! エドワード卿もそう思わんか!?」


 これだけの罪を聞きながら尚言葉を挟もうとしてくれたロイドの言葉がラボン侯に遮られ、皆の視線がエドワード卿の方に集まる。


 先程エドワード卿が私の罪状に驚いている表情を見ているだけに、どういう言葉を連ねるのか分からない。不安になりながら両手を組んでじっと背を見守る。


「……それだけの罪のたった1節で犯していた事には驚きだが、それでもこの子はセレンディバイト公の婚約者だからね。私情で申し訳ないが息子の友人が盲愛している婚約者を死刑に、とは言いたくない。君達も死刑死刑と簡単に言うが、この子を死刑にすると確実にセレンディバイト公からの報復が来るぞ? ああ間違いない。私はそれが恐いから死刑は反対だ。彼の怒りの矛先がこっちに向かないような罪がいい」


(ありがとうございます、エドワード卿……!! 驚かせてすみません……!!)


「そう言えば……ロットワイラーではこの子はセレンディバイト公の怒りから民を救った聖女って言われているんでしょう? そんな子を皇国で殺しちゃうと色々面倒な事にならないかしら? それよりはこの子にちゃんとお説教して、反省してくれたら皇城で一生軟禁する位で良いと思うの。それでこの子がセレンディバイト公とダンビュライト侯に『ちゃんとお仕事してね!』ってそれぞれ注意すれば円満解決なんじゃないかしら?」


 アルマディン女侯が優しい擁護が入る。一生軟禁も正直嫌だけど、死刑よりはまだ――


「軟禁刑は駄目だ。世話をする人間達が誑かされるリスクがある」


 私今この人達にどんな風に思われているんだろう? ダグラスさんに関しては確かに誑かして油断させようとした前科があるから否定できないけど。クラウスもロイドも誑かした心当たりないんだけど。そこの水色の侯爵様なんて初対面だし。


「もう……! 男の人が複数の女の人に惚れられたら色男とか器量が広いだの言って数を競い合う下品な事までするのに、何で女の人が複数の男の人に惚れられたら尻軽とか女豹とか魔女とか淫乱だとか悪し様に言われないといけないのかしら……!?」


 また可愛く頬を膨らませるアルマディン女侯にラボン侯が大きなため息を吐く。


「この2節でセレンディバイト公、ダンビュライト侯、アクアオーラのバカ息子とウチの末息子を誑しとるんだ。しかも今この娘の中にある2色はそれらのどの色とも違う……その2色の2人とは少なからず接吻以上の接触があるのは見て明らかだ。ワシは今までの人生でここまで尻が軽い女を見た事が無い。流石に魔女と言われても仕方なかろう……」

「あの、これは……!」


 咄嗟に声を出す、が、その後の言葉に詰まる。


 『これは他の女性とした後の人とキスしたら相手の中にあった魔力が分離して、その後にクラウスに抱きしめられながら寝た結果です!』なんて馬鹿正直に言っても絶対良い方向にはいかない。

 シーザー卿にはアランの事は話すなと言われたし、どう言い換える――久々に高速で頭が回りだす。


(暴漢に襲われた結果です、とだけ言えば……よし、嘘はついてない! それで行)


 自分に都合が悪い部分を伏せて再び言葉を紡ごうとした、その時。


「あの、アクアオーラのバカ息子ってもしかして私の事ですか?」


 きょとんとした顔でアクアオーラ侯がこちらの方を見る。


「さっきこのツヴェルフと結婚したいと言っていたお前以外に誰がおる?」

「それはそうなんですけど……そんな風に誤解されちゃうと困るのでハッキリ言いますね。私が好きなのはアスカ様じゃなくて、彼女の専属メイドのセリアさんです」


 また、室内が微妙な沈黙に包まれた。


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