第12話 8侯爵・2


「ウィーちゃん……! 久しぶりね、元気だった?」


 嬉しそうに微笑みかけるアルマディン女侯に冷めた視線を向けながら女帝のようなオーラを漂わせたオバサマは、こちらの方に歩いてきた。


「コンカシェル……何でここに灰色の魔女がいる訳?」

「あっ、そうなの……! 私もそれ聞こうと思ってたの! なのにラボン卿が破廉恥な言葉言ってくるからつい、カッとなっちゃって……!」


 アルマディン女侯が少し頬を膨らませて改めてラボン侯を見つめる。

 目一杯頬を膨らまさせず、ちょっとだけ膨らませる――それが可愛らしく見えるのは清純派の特権なんだろうか?


「このツヴェルフのこれまでの罪を8侯爵で裁かねばならんそうだ」

「あら、これまでの灰色の魔女の行いをかんがみれば死刑一択でしょう? 何故わざわざ私達に……」


 オバサマの冷たい視線が刺さる。殆どの侯爵はきっとこんな感じの反応なんだろうなと何となく予想していたけど、凄く気が重い。


「さぁなぁ……まあロイドが灰色の魔女に誑かされておるからワシが死刑を推すと色々面倒な事になる。お前らが死刑を推してくれ」

「父上!」

「まぁ……! セレンディバイト公やダンビュライト侯を誑かした上に、ロイド君まで……!? な、なんて……」


 ロイドが声を荒げるも目を丸くしたアルマディン女侯の綺麗な声に掻き消される。


 逆ハーレム築いてる人とはいえ見た感じ清純そうだし、付き従っている殿方達もキチッとしてるし、きっとハーレムに至るまでにそれぞれとの大恋愛や事件があったんだろうなと思う。

 人を誑かして脱走しようとした100%悪女として見られてる私は、そりゃ彼女にとって軽蔑対象になっ――


「何て、凄い子なの……!?」


 えっ――? って多分ここにいる人達と、これを聞いてる公爵達の誰もがそう思ったと思う。

 周囲の視線を一気に浴びる本人は口元を両手で抑えて、目をキラキラと輝かせている。


 そんな風に言われて一体どんな顔をすれば良いのか分からない。

 戸惑いながらアルマディン女侯爵を見つめていると、彼女の隣に立つ紫のオバサマの方にそのキラキラした顔が向けられた。


「ウィーちゃん、死刑なんて可哀想よ……! そもそもこの子はアシュレー君が強いからってすごすごと引き下がるような軟弱な男の子達に喝を入れてくれたのよ!? そしてあの……あのセレンディバイト公を射止めたのよ!? あの恐ろしい黒の公爵を……!」

「お前もあの若造と同類じゃろうが」

「酷い……! ウィーちゃん、ラボン卿がさっきから酷い事ばっかり言うの……! それでもこんな場だし耐えなきゃって思ったけど、まさか、黒の公爵と一緒にされるなんて、酷い……!」


 コロコロと表情を変えて、そのどれもが見苦しいどころか可愛い感じに見えるアルマディン女侯に、何ていうか――ちょっと幼くて我儘な印象を受けるんだけど許せちゃう感じ、まさに心身共にヒロインだからこそ為せる技に圧倒される。


「そこのじじいの口が悪いのはいつもの事でしょう? 貴方ももう40過ぎてるんだからいい加減落ち着きなさいよ、みっともない……!」


 圧倒されてないらしいオバサマがビシッとヒロインを突き刺す。こっちはこっちでヒロインに騙されない厳格な女帝感が凄い。


「……そうね、うん。しっかりしなきゃ。いつもはちゃんとやってるつもりなんだけど、駄目ね……ウィーちゃんに会うとつい学生時代に戻っちゃう。ウィーちゃん、あの頃みたいにシェリーって呼んでくれなくなったし、旦那さんも頑なに連れて来てくれないし……私、ウィーちゃんが一人も護衛を従えないでここまで来るの、本当に心配してるのよ?」

「皇都に来る際の送迎はヴィクトール様がしてくれるから護衛なんていらないわ。心配するだけ無駄よ」


 確かに馬車で来るより色神に乗せてもらった方が安全だし速いし確実だ。でもあのオジサマを送迎に使うオバサマ――絶対侮れない。


 アルマディン女侯からキラキラウルウルの瞳で見つめられたオバサマがため息を付いて紫色の席に座った。

 思い出した。紫の侯爵家マリアライト。って事は彼女はマリアライト女侯爵だ。

 彼女の後を追うようにアルマディン女侯が桃色の席に座り、その背後に殿方達が立つ。


(何か喋っておいた方が良かったかな……)


 オジサマがこの場に私を同席させたのは、侯爵達の私への好感度を少しでも上げさせる為だと思う。

 だからちょっとでも侯爵達と話せたら、とは思うんだけど――やはり想像した通り――いや想像以上に侯爵達の癖が強い。


(でも、さっきの発言を聞く限りアルマディン女侯は死刑は反対してくれそう……マリアライト女侯は厳しそうだけど、ラボン侯は『自分は死刑は推せない』って言っていたし……)


 今のところ2対1で死刑反対派が優勢――次の侯爵は、とまた開放されている入口の方を視線を向けると、見慣れた橙色が見えた。


 散々お世話になった、エドワード卿――見慣れたツナギ服ではなく繊細な刺繍が入った服の左肩にはマントを掛けてきっちり着こなした侯爵様バージョンだ。


 部屋に入ってくると同時に目が合って少し驚いた様子を見せながらも、すぐに視線をズラされる。


「ラボン卿、先日はどうも」

「おおエドワード卿、あれから特に変わりはないか?」

「あの夜はあれから飲み明かしましてね。酷い二日酔いになりましたがそれが覚めたら大分スッキリしましたし、先程可愛く艶やかなベヒーモス達に元気を分けてもらいました。毛並みもサラサラで生き生きと目が輝いていて……肌触りも実に良かった。何よりちょっと微笑ってくれたような気がしましてね。ああ、気のせいかも知れませんが」

「そうか。まあ触りたいなら止めはせんが、噛み付かれても文句は一切受け付けんぞ」


 ラボン侯、さっきと違ってエドワード卿に対しては大分語調が柔らかい。隣の領地だから仲がいいのかな?

 不思議に思っていると橙の椅子に座ろうとしたエドワード卿と再び目が合う。

 エドワード卿は少しだけ微笑んだ後、背を向けて席に座った。その笑顔だけでも心が大分軽くなる。


(エドワード卿が積極的に死刑を推す事はないと思うから……これで3対1か……)


 思ったより状況は悪くないのかもしれないと思う中、この光景にちょっと違和感を覚える。


「ねえネーヴェ……公侯爵達にお茶とか出さないの?」


 地球だったら会議や会合があったら客人にお茶くらい出す。だけどここにいるのは偉い人ばかりでメイドが一人もいない。さっきの騎士もすぐに戻ってしまった。


「会合の際はメイドや騎士達に情報が歪んで流出しないよう人払いしています。茶菓子はこれまでの会合で浄化では消毒できない強力な毒物が仕込まれた事が何度かあったそうで……その都度代々のダンビュライト公が癒やして大事には至らなかったそうですが今は飲食物は各自持参になっています」


 なるほど、今はクラウスが来ないから大事に至る可能性を懸念して各自持参になったと。確かに大事に至ったら皇家の責任も問われるだろうし、面倒臭い事になりそうだ。

 人をもてなす為のパーティーでもないし、要人が集まるからこそ一切の飲食物を提供しない――そういう考え方もあるのかと感心してる内にまた人が入ってくる。


 首元にヒラヒラフワフワした薄緑のジャボ(それの名前は以前セリアが雑談してた時に教えてくれた)、鮮やかな緑色のベストに膝下まで伸びるジャケットに濃い緑ズボンにこれまた膝下までくる暗い緑の靴下――エドワード卿とは系統が違うけど、これもザ・貴族の服装だ。


 ただ、遠目から見ても何処か違和感がある。その中年男性が近づいてくるにつれて違和感の正体が判明した。


 服や身なりはちゃんとしてるのに、目の下のクマが酷い――と思うと同時に目が合ってしまったので会釈すると、向こうが目を細めて視線を反らした上で先程私が座っていた明るめの緑の席に無言で座る。その後ろに全身を甲冑で覆った護衛が佇む。


「おい凡人、この状況何かおかしいと思わんのか?」


 ラボン侯の問いかけにビクりと体を震わせた明緑のオジサンは弱々しい声を紡ぎ出す。


「お、思いましたが……後で説明があるだろうと思ったので……皆さんに説明の手間をかけさせるのも悪いかと……」


 ボソボソと喋る。そういえば高校にこういう自信なさげな先生いたっけ。職場にもいた気の弱いオジサンにも似てる。どんな場所にも一人はいそうな、やや暗めのオジサンだ。


「お前はそんなだから凡人と言われるのだ。減るものでもなし、気になる事があるなら即座に聞けばよかろうに。あれこれ言うても全くちぃーっとも変わらんなお前は。イライラを通り越して心配になってきたわ。おい、人が話しかけとるんだぞ、ちゃんとこっちを見んか!」


 弱々おどおどしている割にこっちを頑なに見ない辺り、単に気の弱いオジサンではないようだ。声かけづらいなぁと思ってる間に新たな人が入ってくる。


 肩にかかる緩やかな黄緑色の髪と目の、威厳あるその姿と体格は黄の公爵と重なる。緑がかった軍服に厚手の薄緑のマント――腰には剣も携えている。

 相当腕の立つベテラン騎士なんだろうな、と思わせる黄緑の侯爵は頑なにこっちを見ないオジサンに怪訝な眼差しを向けた。


「フィリップ、どうした? お前は会う度いつも何かに怯えているな」

「あ、ああレネット……今日はいつにも増してあちら側の圧がキツくて……」

「いい加減圧くらい慣れろ。全くお前は……」


「あ……」


 顔を上げた黄緑の侯爵と目が合って思わず声を上げる。彼本人には見覚えはないけれど――彼から感じる、ある人物の面影が私を固まらせた。


「フィリップ……何故灰色の魔女が何故ここにいる?」

「あ、後で説明があると思います……」

「そうか……それなら今あえて聞く事もあるまい」


 黄緑の侯爵は私から視線をそらして黄緑色の席に座る。


(……話しかけれそうな雰囲気じゃないな)


 今いる席からあの辺りまでかなり距離もあるし、あの2人が私にどんな印象を抱いているのかは不安が残るけど――あの黄緑の髪を持つ人に話しかける勇気はない。


 怖そうな印象を受けるのもそうだけど――もしかしたらという不安が私をすくませる。


(これで6人揃った……後2人……)


 入り口の方を注視する。ロイドについては色々聞きたいけど、今聞くと場が物凄くややこしい事になりそうだし、ただでさえ私をよく思っていない人間の印象を尚更悪くする気さえする。

 胸がかなりうるさいけど今ロイドにあれこれ追求するのはやめておこう。


 胸を抑えつつじっと入り口を見据えていると、青緑色の髪と目を持つ女性が部屋に入ってきた。

 青緑の、チャイナドレスのような服にケープを羽織った穏やかなそうなお姉さんの目が一瞬厳しい目になった後、真っ直ぐに私を見据える。


 間違いない――あの色、あの魂の色と同じだ。遠目からでも体が反応してしまう。胃がキュウっと縮こまって痛みすら覚える。


「これは……どういう事でしょう? 何故ここにミズカワ・アスカがいるのですか?」


 柔らかくも冷たさを帯びた声からは驚いてる事以外の感情が見えない。どう思われているのか――という思考はまた別の声に掻き消された。


「ミズカワ・アスカ様!? お会いしたいとは思っていましたが、まさかこんな所で会えるなんて……!!」


 ジェダイト女侯の後ろから司祭の人が着るような水色の法衣をきっちりと着こなした中性的な顔立ちの人が現れ、私と目があうやいなや、その目を丸くして口元を緩めてこちらの方に駆け寄ってきた。


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