第11話 8侯爵・1


 妊娠しないでくださいって言うのは一体どういう事――と言いかけた時、ネーヴェが眉を潜めた。


(あ、そうか、あの魔道具があるから……)


 さっきわざわざ魔道具映石の説明してくれたのは『誰もいないが監視はされている』と伝えたかったからだろう。


 さっき黄の公爵が『皇家もまだ何か隠し事をしてる』みたいな事を言っていたし、部屋に入る前だってネーヴェが私にテレパシーを送ろうとしていた所をシーザー卿に警告されて止めている。

 今、ネーヴェの動きは公爵達に見張られてる可能性がある。


 ネーヴェはそれ以上何も言ってこない――言えないんだろう。今の発言だって相当リスクがあったはずだ。


「……ネーヴェの目って凄く綺麗よね。空みたいというか、透き通ってるから綺麗な海岸に広がる水色と透明が混ざったような、そんな感じ」

「……そうですか」


 しばらく見つめてしまってた事を取り繕ってみると素っ気ない返事が返ってきたので、気まずい表情を作って視線をそらす。これで上手く誤魔化せてたらいいんだけど。それにしても――


(……皇家がまだ私を助けようとしてくれているとしたら、何でだろう……? 私を助けてもいい事なんて何一つ無いはずなのに……)


 私の知らない所で何か動いているんだとしたら、ちょっと気味が悪い。身動き取れない状態だから尚更。

 ただ、今はとにかく重い刑が課せられない事を祈るのみ――膝の上で手を組んで神様に祈ると、


「アスカ!」


 聞き覚えのある声が響いて顔をあげると、部屋の向こうから朱色の髪と目を持つ少年がこちらに駆け寄ってくる。


(やっぱりロイドだ。一緒に来ていたルージュはいないみたいだけど……)


 そのかわり、ロイドの後ろには横にも縦にも大きい、朱色の甚平のような衣服に大きな毛皮を羽織った、とても筋肉質でワイルドなお爺さんがいる。

 『イケオジ』と言うには明らかに年齢制限に引っかかりそうだけど『イケジジ』って言うには身長がおかしい――なんて考えている間に気づく。


(あっ、私、シーザー卿にローゾフィア家の人達と関わった事言ってない……!!)


 しまった――いや、でも、『クラウスに攫われた後って事に出会った』って事にすればいけるかな? オジサマだって今日の新聞を読んだと思うけど、さっき何も言わなかったし何とか誤魔化せ――


 あれこれ考えを巡らせている間にロイドが私の目の前まで来た。


「アスカ、まさかこんな所で再会するなんて……! しかもその足枷は一体……!?」

「え、えっと……話せば長くなるんだけど……」


 足元にある黄金色の鉄球に視線をずらしながら答えようとすると、突如赤の公爵の声が響き渡る。


『ラボン侯……! お主、アスカ殿と知り合いだったのか!?』


 その場にいた皆が一斉に声の発生源の方に目を向けると、円卓に置かれた魔道具の上部が真っ赤に光っている。


「ワシは知らん! しかし、この末息子のロイドと今ベヒーモスと待機している娘のルージュがルドニーク山で氷竜に襲われてな、このツヴェルフに助けられた際、ロイドが惚れてしまったそうなのだ。全く……大切な家族や民、相棒達の命の恩人である以上邪険にもできんし、跡継ぎにしないとは言えローゾフィアに異世界人の血が混ざる事になろうとは、これ以上にない屈辱……!」


 言い終えると同時に大柄なお爺さんがドンッと円卓に拳を叩きつける。


(えっ、末息子……って事はこのお爺さん、ロイドのお父さん!?)


 何度もロイドと『ラボン侯』と呼ばれたお爺さんを見比べる。

 まあ、高齢の男性に子どもが産まれる話自体は有名人とかでもチラホラ聞いた事あるから無理じゃないんだろうけど――って待って、それより今何か聞き捨てならない事も聞いたような気がするんだけど。


『……どういう事だ、シーザー卿?』


 ロイドに確認しようとした矢先、黄の公爵の声が響く。心配していた状況になりそうで意識が完全にそちらに向いてしまう。


『さあねぇ……ボクは知らないなぁ。クラウス君にさらわれた後に出会ったんじゃないかな?』

『そこだ。そもそも何故攫われた? 白は攻撃魔法を使えんし、貴殿はいかなる魔法に対しても強いはずだが』

『ふふ……ロベルト卿、ボクは男で彼女は女性だよ? 愛を交わしあった訳でもない異性と24時間ずっと一緒いたら色々問題があるだろう? ボクは君と違って女性に監視をつけるような事はしたくなかったしねぇ。その隙を突かれてしまったんだ』

『……侯爵家の人間がミズカワ・アスカと知り合いなのは予想外だった……これは侯爵裁判もやめ』

『別に良いじゃありませんか。貴方が言った通りアスカさんの日頃の行いの結果ですよ』

『しかし』

『この方法を選ばれたのは貴方です。そして3公爵の賛同も得たんですからもうつべこべ言わないでください』

『くっ……こら、カルロス、聞きたい事を聞いたならいい加減通話を切断しろ!! そっちじゃない、右から2番目のボタンだ!!』


 怒りを帯びた声にブツン、と赤い光が切れると同時に音声も途切れた。向こうの空気をちょっと不味くしてしまったようだけど、大事には至らなかったようだ。

 サラリとかわしたシーザー卿と強引に押したオジサマに感謝する。いや、感謝して良いのかどうかまだ分からないけど。


「何じゃ今のは……まあよい、ところで何故そのツヴェルフがここにおる?」


 呆れたような声を出すラボン侯が私を見下ろしてくる。デカい。黄の公爵よりもっとデカい。ここまでデカイと2メートルあるんじゃないだろうか?

 しかも甚平からちらっと胸板の厚さとか首の太さとか――あわよくば後2分程見事な筋肉を眺めたかったけれど、ジロジロ見たら失礼なのですぐに視線をそらす。


「後で皆さんに説明しますが8侯爵が揃い次第、このツヴェルフを裁いてもらう予定です。ちゃんとその目で見て公平な裁きを下されるように、という公爵達の計らいで本人も同席する事になりました」


 私より背の低いネーヴェが臆する事もなくラボン侯を見据えて答える。その姿には皇族としての気品と威厳を感じる。


「ほお……? それならこの娘に死刑を課しても良い訳だな? 全く、黒の若造や白の侯爵のみならずロイドまで誑かしおって……村の者や魔獣を癒やしてくれた事には感謝するが、それすらロイドを誑かす為の作戦だったという可能性もありうるしな……」

「父上、アスカはそんな人間じゃない! 自らの正体を明かすリスクを犯してでも俺達を助けてくれたんです!! アスカは悪いツヴェルフじゃありません!!」

「ツヴェルフに良いも悪いもないのだ、ロイド。この女は異世界の人間。この星の人間の血を穢し脅かす存在である事に何の変わりもない。お前がどうしてもその娘と子を成したいなら勝手に成せばよいが、子どもは成人……いや、10歳になったらローゾフィアから出ていってもらうぞ! 汚れた血をローゾフィアで広げられたら困るからな!」


 ロイドの反論を遮るように背を向け、物凄く不機嫌そうにどっかりと朱の椅子にラボン侯が座る。今の言い方だととりあえずは死刑にはしなさそう――ってちょっと待って。子どもって何!?

 今度こそ確認しなくちゃ――とロイドの方を見て一つ息を吸い込むと、


「あら、早いですねラボン卿」


 鈴のような可愛らしい声に視線を向けると、そこには桃色のケープとワンピースを纏った鮮やかなピンクの髪を後ろで薄紅色のリボンで綺麗にまとめている、聖母のようでいて、かつ少女のような――不思議な雰囲気を醸し出す美女がいた。


(うわぁ可愛い……まるでゲームや漫画の清純ヒロインみたいだわ……)


 年齢を感じさせない優しく穏やか雰囲気をまとう美魔女は地球にいた頃にもよく見かけたけど、髪の色や目が地球には無い色なだけについファンタジー世界のヒロインを重ねてしまい、思わず見惚れる。


 ヒロインの両脇にはこれまたヒロインに相応しい、麗しの貴公子がその美貌を衰えさせる事なく順調に歳を重ねたような殿方達が2人並んでいる。


「コンカシェル嬢か。お前は本当に顔が変わらんなぁ。もう40も超えただろうに」

「ありがとうございます。ラボン卿もその肉体に衰えが見られませんね。あら、そちらの子は……?」

「末の息子のロイドだ。侯爵になりたいと言い出しおったから連れてきた」

「そう……逞しい子ですね。良い侯爵になりそう。ロイド君、私はコンカシェル・ディル・フィア・アルマディンよ。よろしくね?」


 可愛い笑顔で微笑みかけるヒロインにロイドは戸惑いながら会釈する。ディル当主でアルマディンだから、この人がアルマディン侯――


「言っておくがこいつはお前の性癖には合わんぞ」

「そんな、性癖だなんて……! 破廉恥な発言はやめてください!」


 眉をちょっと潜めて嫌悪感を示すアルマディン女侯を殿方達が庇う。

 殿方達からの敵意を持った眼差しを向けられたラボン侯は気だるげに後ろに立つロイドの方に振り返る。


「ロイド、この女豹には気をつけろ。こいつは見た目こそ甘いが隙を見せれば心を食われる。一切心を許すな」


 この清純なヒロインが女豹とか想像がつかないなと思いつつ、そう言えば以前ルクレツィアがアルマディン侯について何か言ってたなと思い出す。

 そう、あれは確か、コッパー家を出る直前――


――逆ハーレムと言えばアルマディン女侯爵を忘れていました! <愛人侯あいじんこう>と呼ばれる彼女は確か今現在6人の夫を従えていらっしゃいますわ!――


 血の気が引く。まさか、この清純ヒロインが6人の夫を従える愛人侯――って事は両脇の殿方は、もしかして――


「おお、女豹の次は女狐が来たぞ」


 衝撃で頭が真っ白になりかかりつつも女狐が気になって、ラボン侯が指で指した先をつい追ってしまうと――


「ローゾフィア侯、久々に会うなりあんまりな言いようではなくて?」


 紫色のスーツ姿に豪華なマントを羽織った、国を背負う女王様の風格すら感じる凛々しい印象の、鮮やかな紫の長髪と目を持つ、美しいオバサマが明らかに不機嫌な眼差しをこちらに向けていた。


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