第10話 2つの爆弾発言
強面のナイスミドルからの突然のトイレ確認に、恥じらいと戸惑いを覚える。
だけどこれからどの位拘束されるのかも読めない今、枷を付けられる前に行っておいた方が良いのは間違いない。
「あ、ありがとうございます……じゃあ、お言葉に甘えてちょっと行ってきます……」
黄色の人って空気読まないっていうか、空気壊す事に本当抵抗無いな――と優里のメイドだったユンを思い出しながら入口の方に歩こうとすると、また黄の公爵に呼び止められた。
「悪いが脱走防止の為にトイレの前まで監視をつけさせてもらうぞ。ゲルプゴルト」
黄の公爵の影から黄金の角が――と思ったら、そこからぬるりと大きな馬が這い出てきた。
凄い。燃え盛るオーラのような黄色の翼と黄金の角を生やした
キラキラなオーラが翼からも体からも漂ってて、額から生えた大きな角はギラッギラに輝いていて、かなりカッコいい。
(でも確か黄の公爵の怒りに反応して雷落とすのよね、この色神……)
色神相手だと仮にトイレから逃げ出してもすぐに追いかけて来られそうだし、怒らせないように気をつけないと――と思っているとゲルプゴルトが先に歩き出す。
どうやらお手洗いまで案内してくれるらしい。親切だ。
「さて、我らは別室へ移動して侯爵達が揃うまでダンビュライト侯の処遇を……」
「あ、あの……! クラウスはこれからどうなるんですか?」
黄の公爵の気になる文言に反射的に食いつくと、厳しい表情で見据えられる。
「……白の騎士団との決裂に関しては我らが裁く事ではないが、各地の怪我人の治療もロクにせずに貴様を探し回った挙げ句、独断で隣国に侵入し今回のロットワイラーとの一件を招いた罪は重い。本来丁重に扱わねばならない
「でもそれは、私を助ける為で……その……」
確かにクラウスには短慮な面があるけど、これまでのクラウスの行動は全て私が原因だ。クラウスが裁かれるのを黙って見てる訳にはいかない。
「大丈夫ですよ、彼は色神を宿しているのですぐ死刑にはなりません。跡継ぎができるまではせいぜい厳重に監禁されたり、まあまあ酷い目に合う程度です。ただ……私は先程も言った通りクラーケン討伐に行かなければならないので、ダンビュライト侯をこれ以上拘束し続けるのは厳しいんですよねぇ」
私の感情をここで見透かしたのか、オジサマから穏やかな励ましと今後に関する提案が続けられる。
「どうでしょう? 彼にはしばらく皇国中の魔物の被害にあった人間達の治療に回ってもらうというのは? 魔物討伐が遅れ、怪我人が増加している影響で
「ああ……こちらも治癒師の数も足りておらんからワシ的にもクラウスに回ってくれるとありがたいが……」
全員から視線を集めたクラウスがフイッとそっぽを向く。明らかに納得していないようだ。威厳も強さも滲み出てるこの人達相手にそっぽ向けるメンタル、凄い。
「……もし反抗的な態度あるいは反旗を翻えすような態度を取るようなら、お嬢さんの罪に彼の罪も加算すれば良いんじゃないかな?」
しれっと嫌な事を言うシーザー卿の言葉にクラウスがこちらに向き直すけど、その睨みつけるような表情はやっぱり納得してないみたいで――
「ダンビュライト侯……手荒い真似はしたくないんですが、貴方がそういう態度を貫くなら私も強引な手段を取らせて頂きますよ?」
ヴィクトール卿の睨みつけるような視線と冷たい声に凄く嫌な予感がして、慌ててクラウスの元に駆け寄る。
青の鞭で作られた輪っかを近くで見たら、まるでガラスのように固く透明な板1枚を隔てた向こう側は海のようで、その中にクラウスが漂っているように見える。
私が近づいてきた事でドンドン叩くのを止めたクラウスは、両手をガラスにべったり貼り付けて寂しそうな目で私を見つめてくる。
「あの、ちょっとだけクラウスと話をしたいんですが……」
「駄目だ。貴様ら、少しは自分達が罪人だという自覚を持て」
罪人――罪を犯した人間。その自覚があるから話したいのに、そこまで甘くはないようだ。
でもさっきオジサマが『こちらの言葉はクラウスに聞こえるようになってる』って言ってたから――
改めてクラウスに向き直り、1つ息を吸った後、一言一言声を詰まらせないように気をつけながら言葉を紡ぎ出す。
「クラウス……今皇国で魔物に襲われている人達の中には、私がちゃんと覚悟決めて地球に帰ったり、ダグラスさんの所に戻ってれば傷つかなかった人達も少なくないと思う……私が迷ったから、私のせいで傷ついて、苦しんで、悲しんでる人がいるの」
自分の言葉が自分の脳に響くにつれて、目の奥からこみ上げてくるものを感じる。
「それなのに、私は今、どうする事もできない……だからクラウスに助けてほしいの。クラウスならそれができるから。私を助けてくれたのと同じように、皆も助けてほしい……お願い、クラウス」
こちらに向かって必死に何か叫んでいるクラウスを宥めたくて頬の辺りを撫でるように触れる。
もし侯爵達に死刑を宣告されたらクラウスとも、ダグラスさんとも、これが今生の別れになるかもしれない――そんなぼんやりと寂しい思考が過る。
「クラウス……今までありがとう。私、この世界で貴方に会えて良かった。私、お願いばっかりで私からはクラウスに何もしてあげられなくて、ごめんね?」
泣きそうな顔のクラウスの額に向けて軽く口付ける。不思議と額に向けて口づける分には何の抵抗もなかった。
そして私の腰のあたりで目を潤ませてこっちを見上げる猫ダグラスさんの額も撫でる。
「ペイシュヴァルツ……ダグラスさんに伝えてくれる? 器のヒビが治って良かったって。ダグラスさんにも……会えて、良かったって……けど……」
けど――そう、けど、だ。喜びだけじゃない。この人にはちゃんと言わなきゃいけない事がある。
「……いくらカッとなったからって、強引に襲うの良くない!! 私に対して何か変な魔法まで使おうとしたでしょ……!? 私、本当に、本ッ当に怖かったんだから!!」
その時の感情が込み上がってつい声が上ずってしまう。そしてでも――と言いかけた所で言葉が詰まる。
『でも、ずっと見守ってくれてありがとう、それは凄く嬉しかった』――なんて言ったら私があの黒い子猫の正体を知ってる事に気づかれてしまう。
(それに……見守ってくれてありがとう、嬉しかった……なんて続けたら、この人懲りないどころか調子に乗りそうじゃない?)
『酷い、怖かったんだから、馬鹿……! でも見守ってくれて嬉しかった……!』なんて一連の台詞を聞いて本当に心から反省する人間がいるだろうか?
むしろ惚気のエッセンスとして軽く捉えられてしまうのではないだろうか?
私が感じた恐怖を軽く見られてしまうのは困る。そこはちゃんと真摯に受け止めて反省してほしい。でもだからといって『怖かったんだから』で終わらせたくもない。
好きっていう感情が今もハッキリ心の中にあるのはダグラスさんがずっと見守ってくれたからで、私の中の黒の魔力を抑えてくれたから、傍にいようとしてくれたからで――でも『猫だったでしょ?』とか言うと何か私も恥ずかしいし、ダグラスさんも多分知られたくないと思ってるだろうし。やっぱり襲うのは良くないって事はちゃんと重く受け止め――って、色んな感情と思考がグルグル頭を巡る中、ハッと我に返る。
(私、オジサマ達の前で何言ってんの……!?)
さっきのトイレ発言どころじゃない。赤の公爵と黄の公爵は固まっているし、シーザー卿はちょっと口とお腹を押さえて明らかに笑いを抑えている。
オジサマは笑顔で大猫ダグラスさんを見ていて、その大猫ダグラスさんは――目を大きく見開いてフレーメン反応を起こしている。
どうしよう、この状況――
「ブルルルル……!」
後ろでゲルプゴルトが鼻息荒くしてる。あ、これ、お手洗い行かなきゃ雷落とされるかもしれない。
「あ、す、すみません! それじゃ、行ってきます!」
慌ててゲルプゴルトに向き直ると、ゲルプゴルトはフサフサの尻尾を翻して颯爽と部屋を出ていくので、それに大人しく着いていく。
おかしな空気に半ばパニックになりながら逃げるようにその場を後にしたのもあって、部屋を出る前に赤の公爵と黄の公爵がワナワナと震えている事にも、シーザー卿が円卓に伏せって震えている事にも、猫ダグラスさんが顔を俯けている事にも閉じ込められてるクラウスがぼうっと放心している事にも――何1つ気づけなかった。
ゲルプゴルトにお手洗いまで案内されて用を済ませた後、再びゲルプゴルトにエスコートされて部屋に戻ってくると、ネーヴェしかいなかった。
公爵達が出ていって静まり返った部屋の中、部屋の右奥の方にネーヴェが座っている。朱色の椅子と橙色の椅子の間にある白い椅子に座るよう促されて素直に座ると先程の黄金の球が着いた枷が浮かび上がって、私の左足に勝手にハマった。
その枷の部分にゲルプゴルトがちょっとだけ足を乗せて魔力を込めた後、壁をすり抜けて消えていった。多分、すり抜けた先の部屋に公爵達がいるんだろう。
「……その枷は解除できる魔力が限られているので、今魔力を込めたゲルプゴルトかリビアングラス公にしか外せません。その球はかなりの重さですし、強引に歩こうとすれば電撃が走る仕様です」
「……この世界の人って電撃好きなの?」
ネーヴェは先程の一件に言及する事無く淡々と足枷について説明してきたのでつい呟いてしまう。
カーティスの電撃トングといい、今なお外せないでいるこの両腕の腕輪といい、この黄金の球といい――ちょっと突っ込まずにはいられなかった。
「人を傷つけずに大人しくさせるのに電撃は扱いやすいだけです」
確かに熱だと火傷してしまうし、氷は凍傷になってしまう。
電撃もやりすぎると内蔵が傷むような気もするけど。行動を制限する分には体を損傷させない程度の電撃が一番都合良いのかもしれない。
会話が途切れたのでチラ、とネーヴェが座っている椅子を確認する。透明な素材で作られた椅子だ。
皇族の椅子だから一番豪華――という事はなく、公爵の椅子と殆ど同じ作りだ。
「……皇家って、公爵家より何か謙虚というか、質素よね」
色神を宿し絶大な力と富を有する公爵家と、その公爵家が色神を保有し続ける為に必要不可欠なツヴェルフを召喚できる皇家。
以前クラウスが『皇家と公爵家の立場は対等だ』と言ってたけど、その割には何だか皇家の肩身が狭い気がする。
何気なく呟いた言葉にネーヴェからの反応はない。やっぱり基本的に私とは話したくないのかな、と話しかけるのをやめると、しばしの静寂が流れる。
(……これからどうなるんだろう?)
少し開いた窓からは微かに馬のいななきや馬車が止まるような音が聞こえてくる。もう足枷付けてしまったから窓の方に行けないけど、侯爵達が続々到着しているっぽい――と考えていた、その時。
「……アスカ、貴方は今地球に帰りたいと思っていますか?」
ポツリと呟かれたネーヴェの言葉に一瞬頭が真っ白になる。
「か……帰れるものなら……」
「次は迷いませんか?」
ネーヴェの言葉がグサリと刺さる。
死刑にはなりたくない。だけど、ダグラスさんやクラウスともう二度と会えなくなってもいいのか――そう考えると即答できない自分がいる。
ダグラスさんにはさっき感謝の言葉を伝えそびれてしまったし。
ただ、この世界に対する心残りはそれだけ――じゃない。だけど自分はこの世界に望まれてない。命の危険に脅かされるのも懲り懲りだ。
地球に帰りたい大きな理由も1つ増えた。帰りたい理由が、いっぱいある。
地球に帰れるなら絶対帰りたいのに、何で――ネーヴェの言葉に答えられないんだろう? ただ『もちろん』って頷けばいいだけなのに。
迷った結果色んな人に迷惑をかけてしまった。だから軽い気持ちで返答できない、そんな気持ちがあるから。
そう、また、迷うかもしれないから。今だって、即答できない位には迷っているから。
ネーヴェに答えを返せないでいる内に騎士が銀色の筒みたいな物を抱えてきた。
「失礼します。映石をお持ちしました。2時間分の魔力を込めています」
ネーヴェが騎士に円卓の中央に置くように指図すると、騎士はその通りに置いて去っていく。
「……あれは映石と言って、映像を転写したりこちらの映像と音声を離れた場所に送ったりする事ができる魔道具です」
ネーヴェが私を見上げる。単に魔道具を説明するにしては真剣な顔をしていると思ったら、口が微かに動くか動かないかと言った位の小さな声を紡ぎ出した。
「アスカ……これから貴方がどうなるか、僕にも分かりません。貴方とこうして話す機会はもう二度と来ないかもしれない。なのでこれだけは言っておきます」
ネーヴェのその真剣な表情――真っ直ぐな透き通るような水色の眼差しに目が離せない。
「地球に帰りたいという気持ちが少しでもある間は、絶対に妊娠しないでください」
12歳の少年から飛び出た台詞のエグさにまた頭が真っ白になった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
※次話より8侯爵達が出てきます。本編ではまだ未登場ですが既に完結済みの「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~相手の妹に消えてほしいと思われてるみたいです。~」に出てきた侯爵達も出てきます(読んでなくても分かるように書くつもりではありますが興味がありましたら読んでみて頂けたら嬉しいです……!)
ついでに短編の「断罪された瑠璃色令嬢~とある異世界の死に戻り過剰ざまぁ対策?~」を読んで頂けたら(あ、こいつもしかして……)と思える部分があるかもです。
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