第9話 行き着く先は
「侯爵によく思われていないとしたら、それはこの娘の日頃の行いのせいだろう? それにパーティで貴族に堂々と啖呵を切ってみせた勇ましさはそちらの侯爵にとっては好印象だったのではないか? 一概に不利な立場とは言えん」
貴族達に良い印象を持たれる事をした記憶が一切ない以上、日頃の行いが悪いと言われるとぐうの音も出ない。一概に不利な立場でしか無くない? 赤の公爵も腕組んで考え込んじゃったし。
「ああ……私もそうだが、諸公らが侯爵に一言でも指図すると中立にはならんし、彼らが私達の態度を見て忖度する可能性もある。14会合の前に8侯爵だけで話合ってもらおう。我らはこれから別室に移動し、向こうのやり取りには一切干渉しない……どうだ?」
「うーむ……ワシはその案には同意しかねる」
赤の公爵が呟いた後、大猫ダグラスさんも頭の上にでっかい✕マークを浮かばせた。クラウスの方を見るとこちらも白い✕マークがいっぱい浮かんでいる。
「……後の2人は?」
「ボクは賛成でいいよ。その子を公正に裁く事にこだわるなら、その辺が手のうちどころかなと思うしね」
シーザー卿はチラリと私と目を合わせて微笑む。この展開まで予測していたのかどうか、この表情からは全く分からない。
「……念の為確認するが、貴殿はこの騒ぎの中ずっと行方を眩ませていた……新聞にはこの娘を連れて各地を飛び回っていたとあったが、その最中に侯爵に会ったりしたのか?」
「いや、この2日間彼らと一緒に食事した位だね。ああ、彼女はツヴェルフの部屋で食事してもらったし、彼らに彼女を保護している話もしていないよ。きっと今日の新聞を見て2人とも驚いてるだろうねぇ」
「侯爵達が館に泊まっている間も会わせなかったのか? それは」
それは、逆に不自然では――と言いだけな黄の公爵の言葉を遮るようにシーザー卿が言葉を被せる。
「会わせると色々面倒な事になりかねないと思ったからねぇ。君も知っているだろう? ジェダイト家は毒と薬……それらを利用した暗器の使い手が多い。この子がいる事に気づかれて食事に毒を盛られたり、毒を塗った暗器使われたりして勝手に仇討ちされたら困るからね。ついでにフィリップ君は顔に出やすいし、言い逃れも下手くそだからジェダイト女侯に察せられないよう会わせなかった。いいねぇ、皆の所の侯爵は忠実かつ有能で」
シーザー卿が小さくため息をつくと他の公爵達の表情が固まった後、皆少し視線をそらしてちょっと変な空気が漂う。
さっき赤の公爵が『高い身分になればなる程我も癖も強い』と言ったばかりなだけに、何でこんな空気になったのか察してしまう。
「……ヴィクトール卿は? 言っておくが侯爵達の感情を見透かした上で判断するのは認めんぞ。その時点で公正ではなくなってしまうからな。今この場でどうするか決めてくれ」
変な空気を取り払うように黄の公爵が再び確認に入るとヴィクトール卿が視線を落とし、しばしの沈黙の後穏やかな言葉を紡いだ。
「……分かりました。賛成しましょう。ただし条件があります。アスカさんはこのまま8侯爵の会合に同席させてください」
「何故だ?」
私もそう思ったのとほぼ同じタイミングで黄の公爵が問いかけると、ヴィクトール卿が少し眉を下げ、人を見透かしたような目で黄の公爵を見据え返す。
「歓迎パーティの一件や魔物狩りで神器に触れた事、寵愛ドレスの偽造、黒と白の対立にツヴェルフ帰省計画の首謀者……それらの事を面白おかしく新聞書き立てられて、この子はすっかり野蛮で礼儀知らずで狡猾なイメージがついてしまっています。が、実際はそうではない……広大な領地とそこに住む民を統治する侯爵が一時の記憶や事実と異なるイメージで人を裁くのはどうかと思いませんか?」
「なるほど……一理あるな。だがこの娘は何かしらの魅了の術を使うかも知れん。会わせる事には抵抗がある」
「別室からここの様子を見ていればいい。もしアスカさんが何かしらの術を使ったら言いますよ。貴方も注視していればいい」
「……分かった、映石を用意させよう。これで3対3か」
黒と白の話は一切聞かない、って言ってた割にはちゃんと多数決には入れてくれるんだ――と思いつつ、室内に漂う沈黙が怖い。
どうなるんだろう? 誰かが反対って言えばと思ったけど、条件を提示した上で賛成したオジサマが『やっぱり反対します』って言うとは思えない。
イメージと実際は違う、と言ってくれた事はちょっと、いやかなり嬉しいけれど、だからと言って『会えば皆分かってくれる』という展開は物凄く困る。
初対面の人とちょっと話した位で悪評を覆せるような自信はないし、そんな魅力もない。
こんな何処にでもいるような人間に何が出来ると言うのか。しかも我も癖も強い人ばかりの場所で。
(オジサマお願い……! 私の感情が見えるならどうか思い直してください……!)
「……条件を付けても良いのなら、ワシも賛成にしよう」
「条件の内容次第だ」
予想外の人物に予想外の方向に思い直されて愕然とする。
違う、思い直してほしいのそっちじゃない……!!
「ジェダイト女侯を数に入れるな。前ジェダイト侯は反公爵派……アスカ殿のお陰でそれが露見したが、女侯にとってはアスカ殿は仇のようなもの。とても公正な裁きを下すとは思えん。シーザー卿が危惧したとおりアスカ殿と対面するやいなや仇討ちに出る可能性も考えられるし、女侯も別室で……」
(確かに仇討ちされたくないし、その条件自体は凄くありがたいけど……!!)
命を気遣ってくれる感謝の気持ちと(違う、そうじゃない)の気持ちが心の中で激しくせめぎ合う中、勝手に話が進んでいく。
「……分かった。ジェダイト女侯の意見は数に入れん。たが女侯がこの娘に対面した時にどういう反応を示すのかは確認しておきたい。彼女はツヴェルフ暗殺計画に加担していたという証拠がないだけで、反公爵派ではないとは言い切れんからな。有事の際はダンビュライト侯がいる。死ぬ事はない」
「ふむ……確かにクラウスがいれば死にはせんか……分かった、それで構わん」
待って、そこは構って。もし仇討ちってなったらクラウスに治してもらえるにしたって私、その間は痛い思いをする訳で。
すっかり痛みに鈍感になった――と思いきや、命の危機を感じるような痛みはやはり物凄く痛い。
痛みもそうだけれど(これ絶対ヤバいやつ)って体が全力で死の接近を告げてくる恐怖は出来る事ならもう二度と感じたくない。
(しかも暗器ってあれよね、飛び道具とか隠し武器でスパッといかれる、絶対痛い奴じゃない……しかも毒塗られてたら絶対苦しい奴じゃない……!!)
思えば魔物狩りで魔物に石投げられたのなんて序の口で、その後エレンに痛めつけられたり、ジェダイト侯に全身切り裂かれたり、ダンビュライト邸で神器がぶつかった衝撃波で壁に叩きつけられたり、ダグラスさんに両手焼かれたり。
雪崩に巻き込まれたり、アランにお腹蹴られたり首絞められたり、カーティスにトングでバチバチされたり洗浄機かけられたり脱出する時に何本も矢が刺さって海に落ちたり――思い返したら私、よくここまで生きていられたなと思う。
でもこれだけ痛い目にあったからって『数十秒から数分位の毒や暗器の痛みなんて全然平気! どんと来い!』なんて思えない。嫌だわ。絶対嫌だわ。
仮にこの後死刑になってどうしようもなくなったら、せめて苦しまないように死なせてもらいたい。それも絶対嫌だけど。
今、私の身を守れる物は何もない。せいぜい防御壁を張る位だ。その防御壁を打ち破られたらと思うと――ヤバい。何としてでもジェダイト女侯の同席は阻止しないと。
「あ、あの……すみません!! クラウスに助けてもらえるから死ぬ事はないって、それはそうかもしれないんですけど、その前に痛い目にはあいますよね!? 私これまでこの世界でかなり痛い目にあってきてるので、こ、こ、これ以上痛い目にあうのはちょっと勘弁して頂けたら……!!」
なりふり構わず必死に言葉を紡ぎ出すと公爵達の注目を一気に浴び、室内にまた沈黙が漂う。
「……アスカさんは今、酷く怯えています。やはりジェダイト女侯は別室の方がいいのでは? 女侯が反公爵派かどうか気になるなら私が確認しますよ?」
「駄目だ。貴殿が確認すべきは女侯がこの娘に対面した時の感情だ。だが刑も決まっていないのに痛い目に合うのは確かに理不尽だ。ネーヴェ殿下、ミズカワ・アスカが攻撃される事が無いよう護衛を頼めるか?」
黄の公爵が部屋の隅で座っているネーヴェを見据えると、ネーヴェがスッと立ち上がる。
「分かりました。僕はここでアスカを守りつつ、侯爵達の様子を見守らせて頂きます。それではそろそろ侯爵が集まる時間ですので、皆さん一度退室していただけますか? 隣の部屋を休憩室として開けてありますので、そちらに移動なされるといいでしょう。アスカは僕が改めて防御壁をかけますのでこちらに来てください」
部屋の隅で座っていたネーヴェに手招きされて(まあ護衛も付けてくれたなら、よっぽどの事がなければ大丈夫よね……)と思いつつ若干重い足取りでそちらの方に向かう。
「ヴニャン!」
突然の鳴き声に振り返ると、私に付いてきたらしい大猫ダグラスさんが黄の公爵に長い尻尾を掴まれている。
尻尾って人間で言うと何処のポジションなんだろう? 引っ張られたら痛いのは間違いない。
「失敬。しかし貴公も一応公爵代理として来ているのだから、私達と共に別室待機だ。それとネーヴェ殿下、私はまだこの娘を信用している訳ではない。この後逃げ出したりしないよう足枷を付けさせてもらう」
黄の公爵がパチンと音を鳴らすとズシン、と音を立ててバスケットボール位の大きさの黄金色に淡く輝く球が床に転がる。
球がバチバチと雷光と音を立てていて、嫌な予感しかしない。
球から黄金の鎖で繋がった金属の輪っかに黄の公爵が魔力を込めると、輪っかがパカリと開いた。
多分これ、一度身に付けたら黄の公爵にしか外せないんだろうな――と冷や汗がじわりと吹き出る。
「ああ、枷を付ける前に1つ聞いておくが……」
すぐ身近にまで近づくとその身長の高さにちょっと驚く。見上げれば端正で精悍な顔立ち。
その顔から作り出される厳しい表情も、少し怒りを帯びたような声は恐いけれど、その威厳に満ちたオーラは自然と出ているのか意図的に出しているのか分からないけど――これまでのやりとりで、1つだけハッキリ分かった事がある。
「
この人――普通に良い人だわ。
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