第8話 風に運ばれ


「この子を守りたい人間と、潰したい人間……どちらの手も入った裁判はある意味平等ではあるけれど『公正』とは言えない。そんな裁判は君の望む所じゃないだろう?」


 シーザー卿が問いかけると黄の公爵が眉を顰めて1つ息を吸った後、低い声を紡ぎ出す。


「当然だ。私が望むのは公正な裁き……私自身はその娘は死刑あるいは終身刑が妥当だと思うが、それを無理やり押し通そうとは思っていない。だがその娘を裁きを下さず、このまま無罪放免する事は絶対に許さん。いくら皇家や諸公らがその娘を気に入っていたとしても、その娘の罪を看過すれば他の貴族達の反発は必至……新たな反公爵派が生まれる可能性すらある」


 確かに、黄の公爵の言ってる事は正論だ。罪を犯した人間が『偉い人間に気に入られているから』なんて理由で無罪になるなんて、あっちゃいけない事だと思う。


「そうだねぇ……確かにボク達はこの子に情が湧いてしまっているし、君の言う通りこの子を無罪放免にしてしまったら貴族達から反発されるだろう。どうする? この城にいる騎士やメイドから適当に裁判員を見繕って、簡単な裁判を始めようか?」


 裁判員――裁判官と一緒に裁判を傍聴して被告人の罪を決める人達の事。

 小学生の頃に日本でも裁判員制度が始まって、いつか自分も裁判員に選ばれて犯罪者の罪を決める事になるのかな、と幼心に不安に思った記憶がある。


 もし突然『犯罪者を裁いて』って偉い人達から言われたら、プレッシャーで押し潰されそうだな――と思いながら黄の公爵を見てみると、あまり乗り気じゃないのか渋い顔している。


「被告人の罪を裁くのは中立の人間でなければならん……悪いがこの娘に関しては、皇家も諸公らも信用できん。皇家はこの期に及んでまだ私に隠し事をしているみたいだからな……皇城の者から裁判員を見繕うのは承諾しかねる」


 チラ、と黄の公爵が視線を向けた先――窓際の隅にはネーヴェが座っていた。

 こんな威厳に満ちた強面の大人の男性に厳しい視線を向けられても、ネーヴェは表情を崩していない。ただ、その発言に対して何か反論するつもりもないようだ。


「ボク達も皇家も信用ならない……それなら君が皇国中から裁判員を選ぶかい? ボクはそれでも構わないよ? 君のその実直さと誠実さは信頼に値するからね」

「シーザー卿、無茶を言うな……皇帝の崩御に新皇帝の即位、ダグラスが意識不明の間に増加し今なお各地で蔓延る魔物の討伐、それに伴う怪我人の治療や襲撃された街や村の立て直し……ただでさえ忙しい中、誰の手も触れてない完全中立の裁判員を何人も探して裁判をする暇などなかろう。その上ロベルトはロットワイラーに面した領地を管轄する身として今後向こうとの会合にも出ねばならんだろうし……なあ、この状態が落ち着くまでアスカ殿の件はひとまず保留とせんか?」


 赤の公爵が呆れたように2人の会話の間に割って入る。

 状態が落ち着くまで保留――今言っていた状況がすぐに落ち着くとは思えないし、凄くありがたい提案だ。


「ボクはそれでもいいけど、保留中は誰がこの子を保護する? ダグラス卿やクラウス君には任せられないよね? 絶対この子に絆されて逃げられるのが目に見えているし。今の皇家がちょっと信用ならないのはボクも同意見だから、皇家も駄目だ。ああ、お嬢さんに情が移ってしまっているカルロス卿もヴィクトール卿も駄目だね。きっとボクが保護するのも駄目なんだろうね」

「ふーむ……そうなるとロベルトの所でいいのではないか? ワシは構わんぞ」


 髭をいじりながら呟いた赤の公爵の言葉にヴィクトール卿が反応する。


「ああ、そうですね……それがいい。私も式典が終わり次第、ウェスト地方の魔物討伐に向かわねばならないので……落ち着いたら裁判なりなんなりしましょう」

「おや、魔物討伐ならこれまで休んでいたダグラス卿に任せれば良いだろう? 散々ボク達に迷惑をかけたんだし」

「そうしたい所ですが生憎相手が10本足の大王蛸クラーケンでして……ダグラス卿には荷が重い。アスカさんの事が気がかりでしたが、ロベルト卿が保護してくださるのであれば安心してウェスト地方に行けます」


 ヴィクトール卿がにっこり微笑んで私の方を見ている。

 この流れ――もしかしてこの流れがシーザー卿の作り出した流れなんだろうか? 違和感を覚えたのは私だけではないようで、室内に威厳のある声が響き渡る。



「勝手に決めるな……! お前らの話には乗らんぞ!」

「おや、この子に勝手に逃げられるのが嫌な君にとっても、良いアイデアだと思うけどね? 君の所にいればこの子をさらいたい人間も、殺したい人間も、悪用したい人間も手が出せない。そして君自身がこの子の人となりも確認する事もできる。人を魅了できるような子なのかどうかもね。ああ、カルロス卿が思い付いたにしてはすごく良いアイデアじゃないか」


 この厳格な雰囲気の人の、しかも私の死刑あるいは終身刑を望んでいる人の館で過ごすなんてかなり胃が痛くなるけれど――でも、この人、悪い人じゃない気がする。

 今のやり取りからしても、突然殺しにかかってくるような人じゃな――


「ヴォォォォォン!!!!」


「何だ!?」


 突然、映画に出てくる怪獣のような物凄い咆哮が響き渡り、黄の公爵が勢いよく立ち上がった――かと思うと次の瞬間、赤の公爵が座る場所の近くの窓の前に立っていた。  

 謎の咆哮と黄の公爵の瞬間移動で頭の中が驚きで一杯になる中、視界に入っている赤の公爵が1つため息を付いた。


「ああ、心配せんでいい……ラボン侯が連れてきたベヒーモスだ。最近、野生のベヒーモス3体の調教に成功したらしくてな……むやみやたらに皇都の民を驚かさんよう、ここには連れて来んように言ったんじゃが……ワシらに見せびらかしたいんじゃと」

「ローゾフィア家がいくら魔獣使いの一族と言え、野生のベヒーモスが簡単に懐くとは思えんが……!?」


 黄の公爵が困惑の声を上げる中、この世界のベヒーモスがどんななのかちょっと見てみたくて、私もこっそり立ち上がる。

 そして赤の公爵と黄の公爵が覗いているのは別の、誰も覗いでいない窓から下を見下ろす。


 丁度皇城の門の前――石造りの通路に馬車の2、3倍はあろうかという位大きく筋肉質っぽい巨獣3体が、騎士や兵士たちに取り囲まれているのが見えた。


(あ、ちょっとだけ小さい方に乗ってるのって……ルージュと、ロイド?)


 ちょっとだけ小さい巨獣の上には赤茶色の――多分あの時助けた魔獣と、目立つ朱色の髪と遠目からでも何となく少年と分かる男の子――ここからじゃ断言はできないけれど多分、ロイドだ。隣の巨獣には朱いポニーテールの女性はルージュ。

 そして一番大きい巨獣に乗っている隣の体格の大きい男の人……あれがローゾフィア侯爵だろうか?


「縄をかけんでもこやつらは暴れはせん! 我らローゾフィア家の永久の相棒となりうるベヒーモス達に縄をかける事は我らと敵対する事と同じと思え!」


 巨獣の上に仁王立ちして放っている声がこっちまでハッキリ聞こえてくる。凄い声量の持ち主――って、あの人、かなりデカくない?


「そうだ……裁判員なら丁度良い者達がいるではないか……」


 背後で呟かれた黄の公爵の言葉に振り返ると、公爵達は皆席に座っていた。

 どうやら私が初めて見るベヒーモスやローゾフィアの大きな人を眺めている間に皆席に戻っていたらしい。窓の傍にいるのは私と大猫ダグラスさんだけになっていた。


 私も席に戻ろうと静かに移動する中、黄の公爵の言葉が続けられる。


「……これまでも重要な裁判で法が汚されている事が判明したケースは何度とある。その場合は皇家及び公侯爵による代理裁判が認められているのは貴殿らも知っているだろう? その内の皇家と公爵が公正な裁きを下せないのなら……もうすぐここに集まる8侯爵にミズカワ・アスカの罪を裁いてもらうしかない」


 席に着くと同時に黄の公爵の結論が紡ぎ出された。


「彼らは普段地方にいる。この娘に魅了されている可能性は極めて低い。そしてツヴェルフ逃亡から皇帝の崩御まで……この間は諸公らもダグラス卿の時止めと公務に追われ、侯爵と接する機会は殆ど無かったはずだ。今からここに集まる侯爵はこの娘を裁く点においてまさに中立……立場も申し分ない、これ以上にない裁判員だ」 

 

 ロベルト卿が言葉を続けている間に頭の中から8侯爵に関する情報を引っ張り出す。


 侯爵――大魔道具という特殊な魔道具を使って皇国の地方を統治する領主達。


 まず真っ先に橙色――コッパー家のエドワード卿の姿が浮かんだ。

 アーサーとリチャードのお父さん。魔道具作りが大好きで、私の魔護具の眼鏡を直してくれた上にコッパー家を出る時には銃まで託してくれた、まさに命の恩人。


 エドワード卿はそれとなく庇ってくれそうな気はする。だけど接点を持っていると気付かれる事を恐れて庇われないかもしれない。

 こっちとしてもこれまですごくお世話になった人に迷惑をかけたくないから、それは仕方ない。

 ただ、率先して死刑を推す人じゃないのは間違いないと思う。今はそれだけでもありがたい。


 次にローゾフィア家――ルージュとロイドの家。『困った事があったら力になる』って言ってくれていたけど、果たしてこの状況で助けてもらえるのか――当主じゃない以上、あまり期待しない方が良い気がする。

 私を助けようと無理して彼らの立場が悪化するような状態にはなってほしくないし。


 そしてジェダイト家――今の侯爵は、私を殺そうとした元ジェダイト侯の娘。間接的にだけど侯爵が死ぬ原因になってしまっている私に対して好意的だとはとても思えない。


 後はアクアオーラ家にペリドット家、アベンチュリン家に……ああ、後2つ何だったっけ? 思い出せない。

 ただその5家と私は全く縁がなくて、黄の公爵が言った提案は私にとって圧倒的不利な状況だという事。


 だって私、この世界に召喚された時の歓迎パーティーでアシュレーに掌底かました挙げ句に貴族に喧嘩売っちゃってるのよ?


 魔物狩りで神器使った事も悪印象持った人もいるみたいだし、その後の襲撃で有耶無耶になっているとは言え私が寵愛ドレスを誤魔化した事も広まっていてもおかしくない――本当に、圧倒的不利だわ。


「……アスカ殿をよく思っておらん貴族も多い。侯爵達もけして中立とは言い切れんのではないか?」


 私と同じように考えたのか赤の公爵が黄の公爵に問いかけると、黄の公爵が厳しい眼差しで赤の公爵を睨んだ。


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