第45話 とある妹の四面楚歌(※シャニカ視点)


 サウェ・カイムの上空で拘束球フェッセルンから解放されたのは不幸中の幸いだった。

 色神避けに植えていたトリコイコイがこんな時にも役に立ってくれるなんて。


 私の記憶の解析すると言ったきり、ラインヴァイスも動かない。解析にかなり意識を集中させているんだろう。

 コロコロと背中で転がってみても呼びかけてみても反応がない。


 全ての状況が私に味方してくれている――これを逃したらもう、チャンスは無い。


 真下を見れば細い川沿いに豆粒のようなサウェ・カイムが見える。

 自分にかけられている詠唱阻止サイレスの強さを確認する。これだけ地面と離れていれば、激突する前に詠唱阻止の範囲を振り切れるはず。

 

(振り切った所で浮遊術を使えば、運が良ければそのまま逃げられる……運悪くても気の力で衝撃を和らげる事が出来る)


 ル・ジェルトの民の子である私の身体能力は、この世界の人間達より大分秀でている。

 その上、瞬間的にしか使えない、魔力とは違う見えない力――気の力も少し扱える。 


 指先一つで岩を砕くとか、魔物の急所を見抜くといった常軌を逸した技は使えなくても、上空からの落下に合わせて気を地面にぶつける事位はできる。

 気の力は詠唱阻止の影響も受けない。


 だから――詠唱阻止をかけて上空に隔離した程度じゃ、私は止められない。

 

(そう……私は姉様より強いから。だから私が、過去に戻ってきた)


 最初の私の、最後の記憶が脳裏を過ぎる。


 私より魔力も体力も劣る姉様より、体が頑丈で気力も扱える私の方が過去を変えられると思ったから――だから姉様の制止を振り切って過去に戻ってきた。


 私が何度言っても、『貴方が死ななくてもきっと道が開けるはずだから』と引き留めた姉様の、泣きそうな笑顔はもう、ぼんやりとしか思い出せない。


 もう何度時戻りを繰り返しただろう。どれだけの年月を繰り返しただろう――失敗したり邪魔されてばかりで、私はまだ誰一人助けたい人を救えていない。


(……感傷にふけってる場合じゃない。これからの事を考えないと)


 あの女が死ななかった『今』――そして私が今まで一度も体験していない『今』はこれから何が起きるのか、全く予測できないのが不安だけど――


広範囲予測映写機ビュープロフェシーの前で死んで、過去に戻ればまたやり直せる……だから、ビュープロフェシーの所まで行けば、私の勝ち……!)


 何日か前、ビュープロフェシーはリビアングラス家の令息が点検するらしいってダンビュライト侯が意地悪く煽ってきたけど、焦る必要はない。

 ビュープロフェシーの保管庫の鍵は私が持ってる。


 服や体を調べられたら危なかったけど、ダンビュライト侯はそうしなかった。本当にツイてる。


(ここから飛び降りて詠唱阻止を降りきった後、サウェ・カイムでマナベリーを食べないと……)


 私が逃げた事がダンビュライト侯に知られたら、魔力探知を仕掛けてくるのは間違いない。

 あいつの魔力は強すぎる。私の魔力隠しマナハイドは暴かれる可能性が高い。魔力の色を誤魔化した方が確実に隠れられる。


 その後、変化の魔法で姿を変えてジェダイト邸に戻ってビュープロフェシーの前で死ねば、今回の周を終わらせられる――


(……もう、絶対に失敗しない)


 ざっくりとこれからの見通しを立てて、私は純白の大鷲から飛び降りた。





 ――そして無事にサウェ・カイムの近くに着地した数時間後。

 ダンビュライト侯の凄まじい魔力探知にヒヤリとさせられたものの、ほぼほぼ見通し通りに事は運んだ、けど――


「解錠したってどういう事!?」

「それが……ヒューイ様の命令だそうで。正式な書面も出ておりますので、迂闊に逆らえばジェダイト家の崩壊は免れないと判断しました」


 年配の司祭に変化した後、ジェダイト邸に入り家令に状況を確認すると、ヒューイ卿が解錠した上での点検をリビアングラス家に依頼したという。

 そして見事に解錠して、点検している――それを聞いた時は血の気が引いた。


(ビュープロフェシーの時戻りは、『時を戻りたいという願い』と、『肉体から切り離された魂』がないと発揮しない……点検でその力が発見される事はまず、無いはず……)


 だけど、女の好みの変化が著しい以外は有能な軟派公子――あの女の第二の浮気相手からの指示という事もあって、どうにも嫌な予感が拭えない。

 その予感は続く家令の言葉で的中する。


「あの様子ですと、恐らくシャニカ様も見つけ次第拘束するように言われていると思われます……変化の術では目の色を変えられない以上、今は保管庫に近寄らない方がよろしいかと。コッパー家の令息が10分置きに魔力探知を仕掛けてきてますので」


 魔力の色は色を濁す事で変えられても、目の色は変わらない。色レンズも目をよく見られればバレる――確かに、彼らに近づくのは危険過ぎる。

 コッパー家の令息高魔力者の魔力探知によって透明化と魔力隠しで保管庫に忍び込む、という手段も封じられた。


 致し方なく変化の術を解いて、殺風景な執務室で待つ事、数時間――渋い表情の家令が入ってきた。


「……先程彼らの様子を確認してきたのですが、保管庫の鍵を付け替えていました」

「は……!?」

「これもヒューイ様からの指示だと言われ……コッパー家の令息がかなり殺気立っておられた事もあって、口を挟む事が出来ませんでした」


 保管庫へと向かうと、執事が言った通り新しい鍵に付け替えられていた。

 館の中にあった工具で従僕達に解錠を試みらせて、数十分――全く開けられる気配がない。


 この中に入る事さえできれば、過去に戻れるのに――イライラの中で、ふと、思い出す。


(そうだ、保管庫には天窓があるじゃない……!!)


 保管庫に差し込む、数階分の高さに備え付けられた天窓から降り注ぐ微かな光を思い出し、館を出て浮遊術で空を舞う。


 館の中央に位置する小さなドームのてっぺんには、様々な青緑のガラスが組み合わさった円形のステンドグラスがハマっている。

 細やかな幾何学模様はビュープロフェシー同様、古代の遺産なのだろう。だけど――


(……どうせこの世界は終わる)


 躊躇なく強めの魔弾を放つと、ステンドグラスはバリン、と大きな音を立てて割れた。


 落ちるガラス達の後を追うように保管庫に降り立つと、青緑の空間にぽつんとビュープロフェシーが置かれていた。


 格子状の柱を支えにした、魔晶石製の大人の腰程の高さのテーブル――これが私を何度も過去に飛ばす、未来への可能性を繋いでくれる大魔道具。


(……私が死ぬ時は、いつも貴方に見送られる)


 もう何度、時戻りを繰り返しただろう――そして今も、時戻りしようとしてる。

 もう、戻りたくないのに。早く幸せな未来に辿り着きたいのに。


 あの女も、あの男達も、何で――この世界を掻き乱すような真似をするんだろう?


(次は確実に殺してやる……!!)


 ビュープロフェシーの天板に落ちていた、大きめのガラスの破片を首に当て、滑らせようとした、その時――体の動きが止まった。


 天井からまばゆい光が降り注いで――眼の前に純白の大鷲が舞い降りる。


「間一髪……間に合ったみたいだね」

「そのまま動き封じておいてね」


 憎たらしいダンビュライト侯が安心したように微笑い、その横に忌まわしい色が並ぶ。


「なん、で……何であんたまで来てるのよ!?」

「あ、その言い草……もしかして過去の時戻りの中で僕とも何かあった?」


 やっぱり? と言いたげな苦笑いは、忌々しい記憶を鮮明に浮かび上がらせる。



 ジェダイト家の伝承の中に『時戻りをする際はアクアオーラの一族に気をつけろ』という警告があった。



 領地間の争いでジェダイト家が時戻りをする際に最も被害に合う宿敵は、禁術に手を染めてまで時を超えてきた者を執拗に狙う――


 そんな伝承を重視して、障害になる前に消そう、とアクアオーラ家は禁術を使用している、と告発した時があった。


 その周の最後にこいつは私の前に現れて、魂を引き出され、消されかけた。

 その時もこの場所にいたから、ギリギリ逃げる事が出来た。

 それ以降、アクアオーラには触れないでいたのに――


 ある意味誰より厄介な存在を前に、絶望が押し寄せる。


 今、相手は一人じゃない。魂に関わる術を使うアクアオーラ侯に、国随一の魔力を持つダンビュライト侯――おまけに高魔力者のヒューイ卿と、姉様までいる。


 どうして、と思う中、足元に水色の魔法陣が浮かび上がる。


 水色が徐々に灰色の魔法陣に変わっていくのと同時に、体の中で何かが蠢くのを感じる。

 まだ体を傷つけていないのに、魂が、体から離れる感覚を覚える。


 時戻りと、この男に魂を引き剥がされた時と同じ、感覚―― 


(……嫌だ、こんな所で、終わりたくない)


 あの女を殺した後の未来は分かってる。何が起きるか、何処で起きるか、日付も、場所も。


 何をどうすればいいか、分かっているのに。もう少しで全て解決するのに――


(何回も何回も痛い思いして死んで、生きてきたのに……こんな所で絶対、終わりたくない!!)


 まだ、私は――終われない!!


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