第114話 惑わし合う男と女・2
私の行動にダグラスさんは
(そりゃ見るよね。こんな意地の悪い動作、目が離せないわよね……!)
彼が手袋を外した理由は恐らく――私の手に冷ややかな水滴が伝う程、器に着いた結露。
器全体に付いているそれは手渡す際に確実に手袋を濡らす。彼はそれを嫌がったんだろう。
――どうする、完全に油断していた。
かき氷の器は片手に収まる程小振りな物。受け渡しの際に手に触れられるのは必至。机に置いてもその器を取る際に思念を読み込まれる可能性がある。
今度から私も手袋付けて行動するようにしよう。でも、今は手遅れ。この状況、どうすれば――
そう時間をかける事無くこの状況を打破する方法を1つ、それがはじき返された際の策を1つ思いつく。
私の人間性が大いに疑われる策ではあるけれど、この状況でこれを思いつく私の頭もなかなか捨てたものじゃない――正気を疑われる行動でしか勝機を見出せない自分が、かなり悔しいけど。
スウ、と息を吐き、真正面から未だ戸惑う彼を見据えながら器に刺さったスプーンを手に取ってかき氷を掬い、彼の前に突き出す。
「はい、口開けてください」
「アスカ様何やってるんですか!?」
セリアが私の狂気的な動作に驚きの声を上げる。
「こ、子ども扱いしないで頂けますか……!? じ、自分で食べますから器をください……!」
馬鹿にされたと思ったのか、ダグラスさんが勢いよく立ち上がって器に手を伸ばしてきたので後ずさって避ける。
(よし、良い反応……!!)
相手が少し怒った事を逆手に、ショックを受けたように振舞う。
「子ども扱い……!? そんな……これは地球では、喧嘩した恋人や夫婦が仲直りする際に、当たり前にやってる行為だったんですけど……ここでは子ども扱いにしてる事になっちゃうんですね! ごめんなさい、私……!!」
(よし、後はパニックになったフリしてこれ一気に掻き込んで無かった事にすればいけるッ……!)
その後起こるであろう激しい頭痛を覚悟してかき氷を掻き込もうとした瞬間、スプーンを持っていた右手が動かなくなる。
震えて全く自由の効かない右手から、禍々しい魔力を感じる。そして魔力の発生源がチラ、とセリア達の方に視線を向けるとヨーゼフさんがすっと立ち上がった。
「恋人達の時間を邪魔してはいけませんな。邪魔者は退散しましょう」
ヨーゼフさんの言葉が合図となってルドルフさんもセリアも立ち上がって部屋を出ていく。
去っていく彼らの方に向けようとした足も、思うように動かず――ただ顔だけ扉に向けた状態で彼らを見送る羽目になってしまった。
「飛鳥さん……さっきの言葉、もう一度言って頂けますか?」
背後から低い声が聞こえる。顔は動くけど――今、彼の方を見るのが恐い。
「わ、私何か変な事言いましたか? 恥ずかしさのあまり、何て言ったか吹き飛んじゃいました……」
「喧嘩した恋人や夫婦が仲直りする際に当たり前にやってる行為……それはつまり飛鳥さんは私の事を恋人だと思っている、と捉えていいのですか? 私と、単に子づくりするだけの関係にはなりたくない、と思っていると……?」
(言えと言った割には一言一句覚えてるじゃない……!)
振り返ってキッと睨むと、縋るように見つめられている事に気づき、直ぐ様目を逸らす。
だけどその表情はしっかり目に焼き付いてしまっていて、この状態と彼の台詞も相まって顔がどんどん熱くなっていく。ヤバいヤバい、ヤバい。
「ああ、すみません……飛鳥さんも私と、その……愛のある関係、を望んでいると思ってなかったので、戸惑ってしまって……いや、貴方は元々子づくりに愛を求めていましたね……」
震える声がそこで途絶え、僅かな沈黙の末に自信に満ちた物に切り替わる。
「……貴方は本当に、素直じゃない」
突然の小馬鹿にするような言葉と笑みにときめきが一気に失せていく。相手はその笑みを柔らかい物に変えて言葉を重ねた。
「分かりました。そういう事なら是非、私に餌付けしてください」
餌付け? これ餌付けなの? え、この行為に別の言い方ってないのかしら? あーん? やだ何かちょっと言葉が卑猥に聞こえる。うん、あーんって言う位なら餌付けで良い――ってそうじゃない!
「な、何言ってるか分かってます? どう考えても恥ずかしい行為ですよ?」
「これが飛鳥さんにとって恋人夫婦の仲直りの行為だと言うなら、大人しく受け入れましょう……大丈夫です、人払いは済ませましたので何ら問題ありません」
自分でやっておきながらつい突っ込んでしまった私の言葉をものともせずに自信に満ちた微笑みで答えるダグラスさんは、さっきとは別の意味でヤバさを醸し出している。
今のダグラスさん、何言いだすか全く予測できない。
(もういい、とにかくかき氷溶ける前にさっさと食べさせて部屋に戻ろう……!!
)
でも――何か見ちゃいけない物を見るような気がして、思いっきり顔を逸らしてスプーンを突きだす。
スプーンから伝わる感覚で相手が口に含んだ事を察して引き上げてはまたすくって差し出す事、数回――
「……終わりました」
空になったお皿から恐る恐る視線を向けると、ダグラスさんは顔を真っ赤にしながら口元に手を当てて視線を床に向けている。
「……予想以上に……羞恥心を煽られる行為でした。飛鳥さんが私に餌付けする事を好むなら抵抗はしませんが……次は私が飛鳥さんに餌付けしたい……ああ、飛鳥さんが既に食べ終えているのが残念でならない……!」
(食べ終えた後に行動して良かった……!!)
相手の、舌打ちしてきそうな程悔しそうな表情に心の底からそう思った。
「しかし……とても甘くて儚い割に酸味と冷たさを主張し、一気に食すと頭痛を引き起こす、まるで貴方のような氷菓子はすごく美味しかった……貴重な体験をありがとうございます」
どう返せばいいのか分からない感想をスルーして、空になった器をローテーブルに置きに行く。
「……すみません、少し調子に乗ってしまいました。仲直りできたのが嬉しくて、つい……」
無言のまま移動した私が機嫌を損ねたと思ったのか、顔を俯かせて謝られる。本人的に煽った自覚は無いようだ。
「……食事、ちゃんと取ってください。ヨーゼフさん心配してましたよ?」
「そうですね……飛鳥さんにも心配かけてしまいましたね。これからはちゃんと取るようにします」
発言に触れずに食事を取るように促すと、ダグラスさんは困ったように微笑む。
(……この位のダグラスさんが丁度良いんだけどなぁ……)
この人の感情の振り幅が大きすぎるのは時間が経つにつれて収まっていくのだろうか?
後3週間、この人と接さなければならない状況に不安しかない。
でもとりあえず危機は脱したようだ。ダグラスさんは改めて机に置いた手袋を手に取り、手を通している。
「じゃあ、私はこれで……」
ようやく戻れる――その開放感に満ち溢れつつ振り返って扉の方に歩き出すと、壁にかかった男女の写真が収められた大きな額縁が視界に入った。
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